第十一話
遠征の度に吹き飛ぶ依頼料とは別の収入元を得た俺は財布の中身とは違い、心なしか足取りは軽い。そう、今までが酷かったのだ。獲物が全部相棒のご飯だったのだから。
今回はあれだけの素材もある。武具の修繕費用を考慮しても、マイナスになることはないだろう。そう思いながら荷車を引き、宿へと返しに戻る。
「あっ、魔王さん。鳩が来てました、これ」
「ありがとう、ブラウ。師匠からだな」
この世界、魔法があるくせに情報伝達手段が古臭く、伝書鳩か早馬くらいしかない。だが、それが悪いとは言わない。この世界にはこの世界のやり方があるのだろうさ。
緑色の蝋で封をされた小さな筒をきゅぽんと開くと、丸められた紙切れが出てくる。手紙なんだけど小さな紙切れである以上、必要最低限のことしか書かれていないのだ。
「で、なになに。課題の終了はまだか? と。うーん、まだ無理だな」
「課題って何をやっているんです?」
「前に教わった魔法の第二段階を俺自身で展開できるように、だな」
「えっ? 魔王さん、魔法も使えるんですか?」
俺がこの世界に呼ばれた当初考えていたのと違い、万人が魔法を操れるわけではないらしい。魔法に関する学び舎は存在するという話ではあるが、何よりも素質がものをいうのだとライスさんに教わった。
「魔法なんて言っても俺のは大したことは出来ないよ。スキルが見た目以外では有能すぎるからさ」
「魔法まで使えるなんて、益々魔王様ですね。魔王さん」
既に師匠から課せられた課題はクリアしているのだけど、実践で試したことがないのだ。実践で試すとなると守るにしろ攻めるにしろ、超一流の相棒が速攻で魔物を倒してしまい、俺の出る幕が全くないのだ。
いくら説明しても理解しない相棒が忌々しいところだ。
「なら、スキルを使わなければ良いじゃないですか?」
「そうは言うがこのスキル、もう二度と停止できそうにないんだ」
「ブラウ、玄関口の掃除終わったの? サボってんじゃないわよ、あんた」
「ああ、お母さんに見つかった……」
ブラウが母親の雷を受けてこの話は流れてしまったが、俺のユニークスキル『触手』はもう止められない。隠すことは出来ても、キャンセルすることは叶わないのだ。
この相棒、戦闘行為以外では物分かりが良い。翻って戦闘行為となると、完全に俺の言うことすら聞こうとしなくなる。本当に困ったもである。
師匠とはライスさんのことなのだが、一応この街に住んでいる。冒険者ギルドとの兼ね合いもあり、この街に籍を置いている。ミラさんは冒険者登録をしていないけれど、ライスさんと共に暮らしている。
武具を修繕に出しはした後は、俺を酷使する気満々なギルドに大見栄切って10日も休養するといった手前、暇なのだった。
ライスさん親子が暮らすのは、町の最北部にある閑静な住宅街。俺が定宿にしている月の栄亭は町の南部にほど近い。
その距離に大したことはなく、2時間も歩けば移動に事足りる。
武具がなくて平気かと問われても街中の上、相棒は素手でも凶悪なのだ。素手の方が凶悪だと、言い切ろう。何せ、捕まえればそのまま喰らうからな……。
この世界色々とチグハグだ。個人宅の門扉にピンポンがあったりするのだから。
とりあえず、ピンポーン!
「はーい……、あら、珍しい」
「鳩が届いたついでに顔を出しました」
出迎えてくれたのはミラさんだ。普段はそうでもないが、このミラさん時と場合により燃えるような赤髪が本当に燃えているのではなかろうかと思えるほど恐ろしいことがある女性だ。
「ちょっと何か不穏なこと考えてたでしょ?」
ほら、この通り。こえぇぇ。
「いやあ、気のせいでは? ところで師匠は?」
「父上なら中で研究しているわよ。そんな所に突っ立てないで、入りなさいよ」
当然、お邪魔しますよ。顔を見せに来たのに、追い返されても困ってしまう。
ミラさんなら、この気分屋のミラさんなら十二分にありそうだから怖い。
「いらっしゃい、カットス君」
「鳩を、手紙を拝見したのですけど。課題自体は出来ていますが、実践経験がありません」
「なんで実践経験がないのよ? おかしいじゃない」
「いや、だって、俺の相棒は優秀すぎて」
「相棒ね。確かに相棒と呼ぶのが相応しいかも。どうせ、言うことを聞かないんでしょうよ」
「戦闘中以外なら素直なんですけどね」
なんでミラさんはこんな蓮っ葉な性格なのか? ライスさんは温厚でとても柔らかい物腰の御仁だというのに。いや、だからかもしれないな。
「ですので、まだ課題は完全にクリアとは言い切れません」
「じゃあ、なんで来たのよ」
「いやあ、質問がありまして。これを見てください」
俺は加筆されたステータスプレートを披露する。
「あぁ、これは珍しいタイプのユニークスキルなんだね?」
「やはり前例が存在したんですね」
「何よ? どういうこと?」
理解が及んでいないミラさんに、俺はステータスプレートに追加で書き込まれた内容を説明した。
「うわ、更に悪質になっているんじゃないの?」
「そんな言い方はないですよ。相棒はかなり強く、便利に育っているのですから」
俺が擁護すると、今まで大人しく隠れていた触手が俺の頭を優しく撫でる。撫でる触手の形状は猫っぽいアレだ。
ミラさんが猫っぽいのに触れようと手を伸ばしても、触手はそれを受け入れずに払いのける。
「くっ、ちょっと生意気になったんじゃないの、この子?」
そんな言葉が聞こえても触手はミラさんを無視し続けた。
「全く、面白いよね。君のユニークスキルは、さ」
「ええ、俺もそう思います。多少、グロいところもありますけど」




