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第百十六話

 あと少しだ。あと少しで、魔法円と重なる三角形に細かい飾りの入り混じる魔法陣の色は完全に変わるだろう。

 それは『びぃむ』のチャージが完了したことを示すサインとなる。


「ライアン、もうすぐいける!」


 俺は声を張り上げた。

 リスラはピクリと体を強張らせたが、振り返ることはなく許容してくれたらしい。

 ライアンが『びぅむ』の射線を塞がないよう厳命していたけど、戦闘という状況下で守り通すのは難しかった。

 今もアグニの爺さんが、俺とリスラの前方でアサシネイト・バブーンに追われ逃げてきた野盗をファルコンスケイルごと殴り飛ばしたところだった。


「付近はしばらく安全だ。後退だ、後退急げ!」


 アグニの爺さんは颯爽と俺の右側へ移動し、ライアンとキア・マスは俺の左側へと戻ってきた。



「リスラ?」


「大丈夫です。しっかりと捕捉できています!」


「相棒『びぃむ』よろしく!」


 赤黒い閃光だけが音もなく発射され続ける。『びぃむ』の太い柱はただ真っ直ぐに突き進む。

 おや? 『びぅむ』の弾速が以前よりも少しだけ速いように感じる。

 今回は俺の正面からではなく、やや離れた位置から発射されているため、伸びていく閃光の先端を見逃すようなことはない。

 夜間であることも有効に作用していると言えるだろうな。


「今です!」

 

 今回最も重要な役割を担うのは、俺と相棒の目となっているリスラだ。

 リスラの左手の人差し指の動きに連動する形で、相棒は砲身を動かしているからだ。


 そのリスラが至近であるにも拘わらず、大声で合図を出す。

 この合図は、逃げ回る野盗集団へと追い縋るアサシネイト・バブーンの群れに『びぃむ』直撃したことを示している。


「そのまま、薙ぎ払え!」


「お願い!」


「ギッ!」


 俺の言葉は相棒へ向けたものだが、続くリスラの声音には祈りのようにも聞こえる。


 俺の立てた計画では、アサシネイト・バブーンの群れに『びぃむ』の接触を確認した直後、リスラの左手と連動させている相棒の砲身を向かって左側にある防風林の境までを残りの時間を十分に使い薙ぎ払うというものだ。

 タイミングを十分に計る必要があり、薙ぎ払うスピードも適度でなくては『びぃむ』の伸びしろが足りくなるという、かなり面倒な計画だった。

 勿論、相棒とリスラには事前に説明してある。


 想定外であったのは、『秒』という時間の単位をリスラが理解できなかったことだが、そこはイチ、ニ、と数を数えてもらうことで解決に導いた。

 

 今のところ、俺の計画通りと言えるだろう。

 『びぃむ』は薙ぎ払われている最中にも直進を続けている。

 強襲され壊滅しつくした野盗の小集団とアサシネイト・バブーンの後続の群れを、車のワイパーが雨を押し流すかの如く、次々に掻き消していく。


 但し、全てが順調ということでもない。

 相棒が幾重にも枝を巻き付け補強していたはずの砲身部分に、異変が発生していた。

 開口部である先端から砲身そのものが、緩やかに淡い光の粒子に変化し大気へと溶け出していた。これは当然、『びぃむ』を束ねたことで起こった不具合だろう。

 道理で、相棒がすんなりと同意を示さないわけだ。

 

 先ほどまで発射され続けていた『びぃむ』が途切れる。

 開始から三秒強といったところで、弾切れが訪れたのだ。

 防風林の間近で直進を続けていた赤黒い閃光も、枝垂れ花火のように大気中へと消えてゆく。

 その様はとても美しいが、それまでに失われた命の数は膨大だ。


 今回は俺の意思で行ったことで、これまでのように不可抗力ではない。

 いや、悩むのは全てが片付いた後にするべきだ。

 ただ、なんという皮肉だろうか? 視界不良につき惨状が目に入らないことで俺の心に大きな乱れはないのだ。



「……残敵、右方向に五頭のファルコンスケイルと騎乗者を確認。アサシネイト・バブーン二頭と交戦中」


「追うか? 小僧」


「いや、交戦しているなら都合が良い。共に無傷ではないだろうからな」


 引き続き交戦中であるのならば、最終的にどちらかが倒れることになるだろう。

 傷を負った状態で開拓団を襲撃するとは考えにくい。それが野盗であろうとも、アサシネイト・バブーンであろうとも、だ。



「では、ライアン様。急ぎ、ミラ様の元へ戻りましょう」


「そうだな、その前に……。

 おい、馬鹿野郎! お前に話しておくことがある」


 話? ああ、戦闘に入る前に、ライアンは俺に何かを告げようとしていたんだっけ。


「お前が大馬鹿野郎なお陰で、俺の想定より早くケリがついた。

 だから、よく覚悟して聞け! ……ミラが重傷を負った」


「……は? なんで? ミラさんは馬車の中に居たはずだろ!」


「発見したのはガヌらしい。だが、受けた衝撃が大きすぎためか、今は口が利ける状態ではない。原因は俺たちも知らない」


 トクンと静かに鼓動が鳴る。

 今の今まで燃えるように滾っていたはずの俺の血潮が急激に冷めていく。

 いや、嘘だ! と、叫んだつもりが声に出ていない。


「今は兄さんが対処している。急げ、行くぞ」


「カツトシ様、参りましょう」


 リスラが俺の右手を掴み立ち上がらせる。

 俺はいつの間にか、蹲るような姿勢をとっていたことに気付く。

 立ち上がりはしたが、膝から下に力が入っていかない。


「相棒、ごめん、運んで」


「ギッ!」


 相棒に運んでもらいながら考える。

 体の力が抜けきってしまっただけで、俺はまだ冷静だ。そのつもりだ。

 子供たちの馬車が襲われたというなら、ガヌ君が発見したというのはおかしい。

 何があった? なんで、そんなことに……。

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