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第百九話

「あれが件の魔王か? まこと、禍々しき出で立ちに闇の底より這い出てきたかのような見事な黒髪。しかし、戦場にあって兜も被らないとは、些か戦というものを舐めすぎではないか?」


「いえ、兜で視界を遮られることを嫌ったのでしょう。私も任務の内容次第ではありますが、兜被らないことは多々ありますので」


 第三騎士団団長殿の問いに答えたのは私ではなく、リグダールだ。若干、団長殿の受け答えが硬いのは相手が私の隊の者だからだろう。


 既に夕暮れ時は過ぎ去り、天上には二つの月がのぼる。今日の近月は半月か。

 雲はそう多くもないが、時折月明かりを遮り、辺り一帯を暗闇で覆い隠す。

 そのような状況にあり、私の肉眼で戦場を正確に把握することは不可能に近い。

 私に少ないながら見て取れるのは、月明かりに煌めく刃の光と何かが蠢いているという程度のものでしかない。しかも、賊の扱う武具は大抵黒塗りの艶消しが施された物が多く、その機会すら非常に稀なのだ。


 リグダールは言うまでもなく、汎用スキルに『遠見』をもつ。但し、夜目が利かないために苦労しているようではある。

 また、第三騎士団団長殿には私が帝都の雑貨屋で手に入れた遠見筒というガラスと金属で出来た細工物を手渡している。

 これは魔具ではない。単純な細工物であるが過去の勇者の知恵の賜物であるという話を売り子から聞いた。このような戦略物資に匹敵する代物が、街の雑貨屋に平然と無造作に並べられているのがラングリンゲ帝国の国力を示していると言えるだろう。


「これ幸いにと救援に駆け付けるという企ては失敗に終わりましたな。マッチポンプ感が否めず、私は些か気が引けておりましたゆえ一安心ではございますが」


「フェルニル殿、現状を齎したのはジャガルの商人であろう? 私たちは何も関知しておらぬのだ。関与を疑われるなど心外である」


 腐っても侯爵家の息女、腹芸はお手のものか。知らぬ存ぜぬで通すようだ。

 その見た目こそ麗らかであっても、やはり上級貴族の腹の中身は真っ黒であるらしい。

 為政者というものはこうあるべきなのかもしれないが、下級貴族の末席に加わったばかりの私には到底真似できそうにない。


「魔王とやらが出てきた以上、ここは退くべきであろう?」


「ですがもう少し、このまま様子を観察しておきたいところです。何せ、私たちは彼らの中枢に身を投じることになるのですからね」


「だが、はぐれた一部の野盗がこちらまで獲物と見做すやも知れぬであろう?」


「では少しだけ、後退することにいたしましょう。」


 確かに野盗如きと見下すのは浅はかだ。

 帝国の野盗はエルフやハーフエルフの構成員が大半を占める。それは個々の戦力が半端ではないことを示すことに繋がる。

 帝国市民であるエルフ及びハーフエルフは、我が国の兵卒を遥かに凌ぐ戦力を有しているという評価報告書を前に読んだことがある。我が国ムリアの賊と同等だと考えるのは愚を犯すに等しい。


「リグダールは周囲の警戒及び索敵を。アラン副隊長、馬車を反転させ後退する。但し、第三騎士団団長殿の遠見筒で戦場をギリギリ確認できる位置までだ。

 団長殿はアランに指示をお願いいたします」


「あい、わかった」


 私自身を含めた隊のものは三名しか存在しないため、すぐに指示出しは完了する。第三騎士団から合流した騎士・従騎士たちには引き続き周囲の警戒に努めてもらうため、事態に変更でもない限りはそのままだ十分だろう。


「隊長、連結した荷車が邪魔です」


「すまぬ。ほ、補佐官殿、荷車の連結を一度解いてはもらえぬだろうか? 反転後、今一度の連結をお願いしたい」


 あぁ、やはり私にはこのような複合部隊の指揮は向かない。

 早く任務とやらを完遂し、元のこぢんまりとした小隊長に戻れる日はいつになるのか?



◇◇◇ ◇ ◇◇◇



 父上とカットスは共に馬車の外へと出て行った。


 これから馬車の外は野盗との戦場になることが十二分に予想される。

 だから私はカットスに代わり、子供たちの面倒を引き受けたの。


 そして私は今、非常に緊張している。なぜなら私は戦う力を有していないから。

 攻め込んできた野盗がこの馬車に押し入るようなことになれば、私はこの子たちを護れる自信がない。でもその際には、この身を挺してでも守るつもりではあるわ。

 出来ることなら、カットスには私の傍に居てほしい。でもそれは叶わない、望んではならない願い。


「ミラ様、ライアンが居ないの!」


「ライアン君は外にいるはずよ」


「サリア、迎えに行ってくるね」


「――はっ? えっ? 待ちなさい! サリアちゃん」


 突然のことで呆気に取られてしまったのは、私の痛恨のミスだ。

 あっという間にサリアちゃんは馬車後方の幌を捲り、外へと飛び出して行ってしまった。


「ああ、もう! ガヌ君、悪いけど双子をお願いね。御者さんもこの子たちのことを気にしてあげてください」


 言うだけ言って、返事も聞かずに私も馬車を飛び出した。

 馬車の外は幌で遮られていたとは思えないほどに喧騒に満ちていた。

 防風林の中は私が移動してきた時にはまだ睨み合いの段階であったはずが、既に野盗との間で戦端が開かれているのかもしれない。

 今、居るのが戦場のど真ん中だということを理解し、私の全身に震えが走る。いえ、だからこそ急いでサリアちゃんを見つけないとダメなのよ!

 もう、本当にどこに行ったの? あのお転婆娘は。

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