第百四話
「ここは一発派手にカツトシ殿に開戦の狼煙を上げていただくというのはどうじゃろうか?」
「っとっと、爺の戯言は気にすんな。
お前は出来ることをやればいい。出来ないことを無理してやる必要はないからな」
姿がを消したライアンもまだこの場に存在していたようで、アグニの爺さんの無茶ぶりを即座に却下してくれた。
ライアンは今は消えているが、その姿こそ幼児ではあってもやはり中身は師匠とそう変わらない大人。師匠とは違う意味で俺の心情を汲んでくれているところが多々ある。
今の俺が覚悟の出来ていない状態で『びぃむ』をぶっ放すということに、かなりの抵抗があることを察してくれているのだろう。
「わかった。ありがとう」
それでも確認する必要はあるか。
「相棒、『びぃむ』は?」
「無理すんなと言ったばかりだろうがっ!」
相棒の触手の先端からサッと差し出された黒光りするステータスプレートを素早く確認すると『びぃむ』の文字は掠れていた。
「残念、弾切れだわ」
ふぅ、と息を吐きだし安堵するライアン。
まぁ、先日のシギュルーとの一件での一発が確実に無駄撃ちであったことは間違いない。
ただ、それでも安心している俺が居る。
「さっきのは斥候で先走った連中かの。野盗の騎乗した大部分はまだ遠い位置に居るようじゃ」
「所詮、野盗だからな。指揮系統がまともに機能しているとは考えられねえ。俺はもうちょい寄ってくるまで、待機だな」
アグニの爺さんの視線と相棒の触手は近くの何かを捉えている。
姿を見せていないライアンだが、気配そのものまで消せているわけではないようだな。
「じゃあ、俺は移動するよ」
「うむ、カツトシ殿に武運を」
「魔王に武運を」
「あ、あぁ。二人にも武運を」
戦いに赴く際の験担ぎや祈りのようなものなのだろう。俺も二人の言葉に、同じように返しておいた。
まず俺が目指すのはリスラの所だ。伏せって待機している荷馬車の直下なら、この喧騒の中であっても声は届くだろうからな。
俺が移動を開始した直後に馬車列の前方の防風林では野盗の襲撃が開始されたようで、双方の怒号が騒々しく唸りを挙げ始めていた。師匠の築きつつある土壁に彼らは焦りを見せ始めたのかもしれない。
ただ幸いにも、アグニの爺さんの言葉にあるようにトカゲに騎乗した野盗の大部分はこちらに近づいてきている最中であるらしい。しかし、俺の目ではまだ何も捉えられてはいない。
――パンッ!
周囲の確認は相棒に任せ、俺はただひたすらに前を見て走っている最中に何かが弾けるような乾いた音が響く。
この音は相棒の『射程+1』での副次的な効果によるもの。今まで相棒の射程距離は三十メートルほどであり、『射程+1』となることで五十メートルほどに伸びた。概算の距離はあくまで俺の感覚によるものだけどね。
射程距離が伸びたことで触手の移動速度がトップスピードへ乗ることになったようで、トップスピードは音速を超えたらしい。たぶん。
今までの三十メートルという距離では足りず、そこまでのスピードに達していなかったのだと考えられる。
音速を超えると衝撃波が発生するという話を誰かに聞いたことがあったような、誰だったか? 誰に聞いたかは忘れたけど、それをソニックムーブと呼ぶのだと覚えていた。
それこそ大気が弾け、放射状に拡散した音であるらしい。
と、考えつつも一応確認してみると――
それだけではなかった。
どうやら、トカゲを駆り走り回る野盗を相棒の射程圏内に捉えたようで、幹から分岐した枝先がトカゲの頭を貫通していた。
その貫通した枝で吊り下げるようにしたまま、相棒は太い幹の先端を開くとトカゲを丸呑みにするつもりらしい。
ただ疑問としては騎乗していた野盗がいるはずなんだが、どこへいった?
俺は立ち止まると周囲を見回し、すぐに発見した。尻もちをつき、怯えた表情で後退る男を。乱れた髪の中から覗く耳は細く長いことも確認できた。
ここが帝国内である以上、その人口比率を考えれば野盗なる者たちも当然エルフやハーフエルフが多数を占めるのは道理だ。人族もそれなりの数が存在するとは思うけどさ。なんか、やるせないな。
「食わないで、俺は旨くないぃぃ」
既に相棒の射程圏外に逃れていたため、野盗に追撃は行われない。
男は慌てふためいたまま立ち上がるともたつく足を叱咤しつつ、防風林の方へと走り去った。
俺の心情的にはこの戦闘領域から離脱してほしかったのだが、そう上手くはいかないようだ。
何はともあれトカゲは無事に相棒に『収納』された。
「相棒、そのトカゲは食料にするつもりはないから、全部使って良いぞ」
「ギッ!」
今まではサムズアップが返ってくるところで、実に短い声が返ってくる。逆に分かりにくいんですがね。
相棒の『びぃむ』の燃料にトカゲの何を用いるのかは未だ謎だけれど、それは相棒にお任せするのが一番だろう。
あまり撃ちたくはない。しかし、持っている手札はいつでも使えるようにしておくべきだ。例えそれが鬼札であったとしても。
「相棒、移動中に出来るだけ多くのトカゲを確保しよう」
「ギギッ!」
うん、頼もしい返答をありがとう。
ごめん、本当はまだ意味がわからないんだ……。




