第九話
俺のステータスプレート、普段は鞄の底にしまってある。というか、殆ど利用することがないのが事実だったりする。
汎用スキルしかもたない者たちは他人に見せたりすることもあるそうだが、ユニークスキル持ちは国次第で災厄の種になりかねないから厳密に管理する必要がある。
実際俺もそうだった過去があるので、痛いほどよくわかる話だ。
久方ぶりに見る、この板は黒い。文字が銀色なので、ある意味では読みやすい。
ミラさんのスパルタ教育の成果もあり、文字の読み書きはそこらの大人と大差ないほどに出来るようになった。勿論、計算は日本の義務教育課程+高校一年生6月までの能力もある。読めさえすれば、計算くらい訳ないのだ。
それで俺のステータスプレートに書かれている内容はというと、上から氏名の欄にヤマダ=カツトシ。汎用スキルと書かれた欄があり、そこには『通訳』と書かれている。これが『翻訳』であれば、文字も読めたかもしれないのに。とツッコミを入れたいところだ。
それにしても、だ。今思い出してもミラさんとの勉強は酷かった。何せ彼女、キツイのだ性格が! そして、すぐ殴る蹴るのだもの。
っと、余りの苦痛に思考が別方向へと向かうところだった。
最後にユニークスキルと書かれた最も下に書かれた欄に、俺の問題のスキルが書かれている。その名も『触手』
最初にステータスプレート見た時のこと。まず、あのミラさんがドン引きしていた。あの気丈なミラさんが、だ! そして当然のように、俺自身もドン引きだった。
だが、問題はそれで終わりではない。
冒険者ギルドはユニークスキル持ちということで是非にと登録をと勧めてくる。
これはミラさん曰く、否応なく強力であることが有名なユニークスキル持ちであるとのことで、冒険者ギルドとしては何としても確保したい人材なのだとか。
それ故に冒険者ギルドでは登録に際し、そのスキルがどのようなものなのか確認する必要があるのだと言い出した。
俺やミラさんとしては、とりあえずはユニークスキルは後回しで汎用スキルの有無を確認したかっただけなのだが、そうもいかずにユニークスキルの確認へと事態は進行していった。
「ミラさん、俺、スキルの使い方とか知らないんだけど? 汎用スキルは常時機能してるけどさ」
「念じてみたら良いんじゃないの? でも何と表現したらよいのかしら、嫌な予感がするわ」
「うん、俺も、かな」
当然だろう、俺のユニークスキルはその名も『触手』なのだから。
職員に連れ出されたのは、冒険者ギルドに併設されている訓練場という場所。何の訓練だよ? と訊きたいがまあ、戦闘訓練だろうな。
「一応ユニークスキルだし、人払いは?」
「ええ、今責任者の呼び出しと共に行っていますよ」
俺の受付を行ってくれた職員の女性は気の利く方だったらしい。お陰で有象無象の視線に晒されることは避けられた。
責任者と呼ばれた白髭を生やした爺さんが現れ、実践が開始される。
「念じれば良いんだな? 知らねえぞ」
それだけはきちんと言っておかねばならないと考え、その後に『触手』と心の中で言葉を呟く。
直後、ぞわぞわとした何かの気配が背後に現れた。
「うわぁぁ!」
「なっ、なんだよ、何が起こってんだよ?」
「でも何か思っていたのとは違うわね」
だから、何なんだよ! っと俺は自分の肩口に目をやると、背中、右肩甲骨の辺りから腕が一本生えていた。しかも何だこれ、白い毛むくじゃらだ。
勝手に動く腕はその手のひらを俺へと向けてくる。
「おっと、肉球! 何の手だ?」
右肩甲骨から生える腕を俺は左手で掴んでみた。感触を確かめるためである。
勝手に動いてくれる毛むくじゃらな腕は、左手で撫でまわしても何ら問題はなかった。
「爪の出し入れが可能か。じゃ、猫だろ! 猫の手でも借りたいって、か?」
「カットス、私にも触らせなさいよ」
「でも、こいつ、俺の意思と関係なく動いているっぽいから危ないかもしれないよ?」
「はあ? カットスのスキルでしょ? 制御しなさいよね」
「そんなこと言われても、やり方がわからねえし」
念じてみろと言われ、念じたら出てきただけなのだ。制御しろと言われても、はいそうですかとはいかない。
そこは心の中でその人は敵ではないよ、と。但し、性格は『ど』が付くくらいキツイから気を付けようと注意した。
「いいわね、この肌触り。あとこの肉球の感触」
「大丈夫、なんですね?」
「なんでカットスがそれを言うのよ?」
そんなこと俺に言われても、俺の方が訊きたいわ!
ミラさんは猫っぽい腕に敵視されることなく、なでなでぷにぷにしていた。その後方では、受付を担当してくれた女性職員がそわそわしている。触りたいのだろう? 触りたいんだよね?
責任者の爺さんはただ見つめているだけだったが、俺の視線に気づくと一定方向を指さす。
「あの案山子を標的に、何か指示を」
「攻撃ということでよろしいので?」
頷く爺さんの指示である。
「だ、そうだ。ミラさん、離れて移動するから……」
爺さんの指示など聞こえないかのように肉球ぷにぷにを繰り返すミラさんを剥がし、案山子の前まで移動しようかと思った矢先、それは起こった。
なんと、猫っぽい腕が伸びたのだ。しかも更に飛び出した爪は案山子を無残にも粉みじんにしてしまった。
「うわっ」
「うわって、どういう?」
「俺、何も……。移動しようとはしたけど、攻撃するつもりはまだ」
問題だ、大問題だ! こいつ、俺の意思系統とは別に本当に勝手に動いていやがるのだ。見た目こそ、触手っぽくなくて猫っぽいから良かったものの。これはないわ。
ミラさんは音を極力させないように、俺の傍から離れようと後ずさっていく。
「でも、まあ、俺自身を害することはないようですよ。ほら」
俺の指さす先、猫っぽい腕の肉球は今、俺の頭を撫で回しているのだから。
「問題はないの。ライス殿と共に我がギルドの主力となりえるだろう」
「マスター、いや、まずいですよ。勝手に動いているって話じゃありませんか?」
「なあに、ユニークスキルとは大概が意味不明の代物だ。比較的安全だと思うがな」
爺さん、冒険者ギルドの責任者であるだけあって大物だよ。その態度が、な。
ユニークスキルの持ち主である俺自身でさえ、ビビッているというのに。
と、そんなこともあったが今は関係ない。
それで俺が今ステータスプレートを眺めている理由は、記載がいつの間にか増えているからだったりする。
それも、ユニークスキルの欄に……。




