変態令嬢の落とし方
王太子である私には手に入れたい令嬢がいる。彼女の髪は太陽のように輝く波打つ金色、瞳は宝石のような紫、陶器のような肌に薔薇のような色気のある唇にバランスが取れた完璧な体型。
まるで女神を体現したような『残念な変態』だ。
※
私はミリタリアム王国の第一王子ユリウスとして生を受けた。
国王である父譲りの金髪と赤い瞳に、王妃である母譲りの整った容姿、ある程度は優秀で何不自由なく育ってきた。
15歳の時に王太子に任命され、王妃に相応しい婚約者を探さなければいけなくなったが簡単には見つけられなかった。
王族では珍しく恋愛結婚をした両親からは「ちゃんと口説いて、人の心を掴んでこい。好きな女の子ひとりも掴めんようでは、大勢の国民の心など掴めんからな」と言われ、選ぶのがより難しくなった。
夜会や舞踏会へ行き様々な令嬢に会うが、私に近づく令嬢は甘い香水の香りを撒き散らし、媚を売って次期王妃の権威を狙う者ばかり。
他人を陥れることで自分をよく見せようとする汚さにうんざりした。
18歳になったが社交界で理想の令嬢に出会うことができず、諦めて有能さで婚約者を決めようと我が国で最難関の学園の大学院に入学した。
良い相手はいないかと一年早く入学した乳兄弟のギルバートに相談してみた。
「それなら俺の学年の伯爵令嬢クラリッサ・クレヴィングが非常におすすめだ。テストはほぼ満点の天才で見た目も完璧」
「それだけ優秀なのに私の婚約者候補に何故名乗りをあげないんだ?」
「クレヴィング伯爵は優秀な娘を手放したくないんだろう。まぁ、他の婚約の申し出も断ってるらしいけどな」
確かに1つ年上のクラリッサは社交界では群を抜いて美しい令嬢だったが、それほど優秀ならば愛はなくとも婚約者にちょうど良い。
そのうち俺から接触すれば他の令嬢と同じく王妃の座に食いつくだろう……その程度にしか思ってなかった。
ある日、クラリッサが隠れるように裏庭の奥へ入っていくのを見かけ、いつも堂々とした振る舞いの彼女がそんな怪しげな行動するのが不思議で内緒で追いかけた。
隠れ庭のベンチに座るとクラリッサは鞄から分厚い手帳を取り出し、眺め始めたのだが異変が起きた。
彼女は手帳をめくるたびに恍惚とした表情になり、息づかいが荒くなり、ヨダレまで流れ出しそうではないか。
何を見ている、完璧な君はどこへ行った、なんだその緩みきった表情は!私は手帳の中身が気になってどうしようもなく、自然と行動に移っていた。
「やぁ、クラリッサ嬢。何を見ているんだい?私にも教えてくれるかい」
「───ユ、ユリウス殿下!あ、いえ、ここここれは殿下にお見せするほどの事は何も……ほ、本当でございましゅ……ぁ」
普段の完璧な姿からは想像できない彼女の動揺があまりにも初々しい反応で、ますます手帳の中身が気になる。同時に知らない男の絵姿だとしたらどうしてやろうか、という嫉妬も湧いてきた。
「クラリッサ嬢?この私が気になっているんだ」
「……誰にも言わないで下さいますか?」
そうしてクラリッサの手帳を受け取り確認すると全て同じ少女の絵姿や下手くそな字の手紙だった。
「これは誰だ?」
「い、妹のキャロルの絵姿と幼少期にもらった手紙なのです。4つ年下で、とても可愛くて大好きなんです」
「───!」
そういうとクラリッサは顔を真っ赤にして告白する。完璧でお高くとまった人形のような令嬢かと思っていたが、可愛らしいところもあるじゃないか。
「そうか、妹が好きなのは素晴らしいことだ。私にも年下の王子と王女がいるが……なかなか可愛いからな」
「殿下……!」
そうクラリッサに言って、最初の『妹想いの優しい姉』と思っていた認識の甘い私に喝を入れたい。彼女は私に気を許したのか、それとも開き直ったのか妹の事を語りだした。
「これがキャロルが2歳のときの絵姿です!もう天使です。はぁ……尊いですわ」
「……そ、そうだな」
「1歳2ヶ月と3日目には『ねぇた』って呼んでくれたんですの!キャロルは天才ですわ!」
「……あぁ」
「あとですね!これはキャロルが5歳の時の誕生日に使った花のしおりで……」
妹への愛の熱量は凄まじく、ただの妹思いの姉ではないと認識を改めた。病的なシスコンで、ストーカーで、収集癖もあって、こいつは変態だ……誰だクラリッサを完璧な令嬢と言ったやつは!変態だぞ!!妹は無事か?
だけどいつも冷静で優雅で完璧な彼女から考えられないほどの、へにゃりとした無防備な恥ずかしそうな笑顔が可愛くて……惚れた。
※
「ユリウスもなかなか変態だな」
「黙れギルバート……言うな……自覚はある」
「とりあえず信者がいるほど人気はあるのに、婚約者がいないのは爆弾持ちだったからか。まぁ頑張れ」
早速ギルバートに接触した感想を言った結果がこれだ。変態を好きになる自分も大概おかしいことは十分承知したが、惚れてしまったものは仕方ない。
王命で婚約を申し込めば簡単だが、以前より両親から「きちんと口説け」との言葉もあるので保留にした。
念のため両親である国王と王妃に確認すると「浪費癖の傾国令嬢に比べればシスコンなど可愛いものだ」「頑張って妹の存在に勝つのよ、ふふふ」と軽く言われて終わった。
それから私はクラリッサに意識してもらえるように花を送ってみたり、夜会でダンスに誘ったりしたが一切効果は感じられなかった。
むしろ「先日はお見苦しい姿を見せ、お付き合いさせてしまい大変申し訳ございませんでした。何卒お忘れいただければと思います」といつもの完璧な人形のような振る舞いで距離を置かれる。
つまらない。
勝手に距離を置こうとするのも気に入らない。
彼女のあの姿は幻だったのか……と再び確認したくて隠れ庭に通うようになった。するとある日、またニヤニヤと令嬢らしからぬ緩んだ笑顔でヨダレを拭きながら手帳を見るクラリッサに遭遇できた。
前と同じくシスコンを発症しており、前回が幻でなかったことに安堵する。
「また手帳を見てるのか?」
「ユリウス殿下……ごきげんよう。乙女の秘密を覗くなど、殿下と言えど感心いたしませんわ」
声をかけたものの、今回のクラリッサは一瞬で完璧な仮面をつけ冷静に返してくる。私が見たい姿はそうじゃない。
「私の前では隠さなくても良いぞ。クラリッサ嬢の妹の話は面白かった。また聞かせてくれないか?」
「……お忘れになってとお願いしたはずですが」
「楽しかったのに忘れるのは勿体ないだろう?」
「えっと……その……気持ち悪くないんですか?先日はあまりの動揺と興奮で酷い姿をお見せしたのに……」
彼女の仮面は落ち、酷く困惑した顔で聞いてくる。おそらく前回はあそこまでシスコンをさらけ出すつもりもなく後悔し、自分の嗜好が異質なのを自覚しているのだろう。
「私はむしろ好ましかったが?」
「そ、そんな……本当ですか?話しても良いんですか?」
「あぁ、だが私の前だけにした方が良い。他の者たちは確かに受け入れにくい事実ではあるだろうからな」
「はい!殿下とだけの秘密にしますわ!あぁー話したいことがいっぱい!」
それから隠れ庭でクラリッサとお互いの弟妹の話をするようになった。
表で見せている完璧な姿はなく、無邪気に妹愛を語る可愛い姿を自分だけが知っている事が嬉しかった。
「キャロル嬢は君の重度のシスコン具合を知っているのか?」
「いいえ、完全に隠してますわ。ドン引きされて嫌われたくありませんもの」
「ならその収集癖だけでも止めれば良いものを……記憶力が良いのなら記憶に留めればどうだ?」
「以前試したのですが……キャロル成分が足りず満点を逃し、成績が落ちてしまいましたの……」
「………………酷いな」
「えぇ、無念ですわ」
話す顔は可愛いが、内容はいつも残念だった。でも私にはとても楽しい時間になった。
※
「クラリッサ様!大丈夫ですか?クラリッサ様は研究でお疲れなのだわ」
「アリーナ様……皆様も、ご心配なさらないで、少し目眩がしただけですわ。テラスで休ませていただくわね」
「それでは俺がお連れしますよ」
「いえ、私は一人で大丈夫ですから」
夜会の最中にクラリッサがよろめいたようで、彼女の信者達が本人よりも顔を青ざめさせて心配している。彼女は立ち去ろうとするが男がひとり離れようとしない。
「クラリッサ嬢は私がエスコートしよう」
「で、殿下……」
「譲ってもらえるかな?」
そう言って微笑むと男は勝手に『二人はそういう仲』と勘違いをして、王太子である私に対して身を引いていく。
周囲にいた信者たちは「なんて美しいお二人なの」と顔を赤らめて囁いている。クラリッサとお似合いだと噂を広げてくれるだろう自分の容姿の良さをこの時改めて両親に感謝した。
テラスに行き人払いをして、彼女に問いかける。
「クラリッサ嬢……ただの目眩ではないのだろう?」
「はい。今朝キャロルが大切に育てていた花がついに咲いたのです。その喜びの笑顔があまりにも素晴らしく可愛くて天使で……私は鼻血を出しすぎて貧血になりました」
「──ふっ、くくくく。またか」
「ユリウス殿下、鼻血を防ぐ方法をご存じありませんか?」
「分かったら教えてやる」
本当にクラリッサは面白くて、間抜けなところが可愛い。
何度か同じようなことがあり、私がエスコートすることでクラリッサを狙うライバルは随分と数を減らした。
※
デビュタントで見た妹のキャロルはさすが姉妹と言うべきか、クラリッサ程ではないものの美しい令嬢で人気は高そうだった……本来ならば。
クラリッサはキャロルを狙う男の本気度を『誘惑』という手段で試し、惚れられ、即座に切り捨てていた。
恋をしかけていたキャロルには同情を禁じ得ないが、今は見守ることしか出来ない。
それだけではクラリッサは止まらなかった。「あの程度でキャロルを誘うなど……社交界から消してやる」と言って、私に令息の黒い噂の証拠を提出したときは驚いた。
才能の使い道は間違っていたがその情報収集能力は素晴らしく、王妃になっても役に立ちそうで、ますますクラリッサを気に入った。
隠れ庭で出会って1年半ほど経ち、誰よりも距離は近くなったはずだが、クラリッサは相変わらず妹のことばかりで未だに私を意識した様子はない。
もちろん他の令息たちとの噂すらないのだが……。
私の周囲からの評価は王太子で家柄よし、容姿よし、頭脳もよしの優良物件。『王太子の本命はクラリッサ嬢』という認識は国王を含め社交界ですでに浸透し、クラリッサも耳にしているはずなのに意識してもらえない……。
「うわぁ、ユリウスはヘタレなの?」
「イサーク……私は恩人のはずなんだが?」
「ごめんごめん、ねぇそのクラリッサ嬢は鈍いだけ?ちゃんと口説いたことあるのかい?」
「は?」
他国へ留学している時にできた親友イサーク・ダジリルタ第4王子に指摘を受ける。
彼は母国の継承権争いに巻き込まれ暗殺されかけたのをきっかけに、数ヵ月前から匿っていた。
どうやら私は自分の地位やプライドに胡座をかいていたのかもしれない。
私はもうすぐ20歳で、クラリッサは21歳になる。お互いに大学院に在籍しているので婚期は他の貴族よりは遅くても許されるが、さすがに……
「イサークありがとう、目が覚めた。次からストレートに行く」
「あぁ、俺も恋がしたーい!」
「平民街から出ない限りは無理だろ」
「でも貴族のしがらみがなくて楽なんだもん」
「もん言うな……」
次の夜会か学園で会えたら、初心に戻ってきちんと口説こうと決意する。
早速、学園の隠れ庭でクラリッサを見つけ話しかけようとしたが様子がおかしい。いつもは笑顔で手帳を見ているのに、今日は開くことなく表紙を見つめ泣きそうな顔をしていた。
「クラリッサ嬢、何があった」
「ユリウス殿下…………キャロルが……家出したんですぅぅう……なんでなの。お父様はそのうち帰ってくるから放っておけって、酷いわ……ぐずっ」
他人から見れば想像に容易い。妹キャロルは完璧なクラリッサと比較され劣等感を抱き、尚且つ良かれと思って男性を試していたクラリッサに対して、気になる男性を奪われ嫌気がさして出ていったというところだろう。
でもクラリッサは溺愛しているキャロルが、まさか自分に劣等感をいだいているとは想像できないのだろうな。
「なんでなのキャロル……私の愛が重すぎることがバレてしまったのかしら。なら妹への愛を封印しなければ……私さえ我慢できれば……戻って来てくれるはずだわ……」
「君にできるのか?私には難しそうに思えるが」
「妹のためならば……止められるはずです。それに私も21歳になり婚約者を決めなければならないのに、お父様にもご迷惑をおかけしてますわ……誰もこんな欠陥のある私はいりませんもの」
彼女はつらそうに顔を歪め、先程止まったはずの涙がまた溢れ出す。
約16年もの想いを捨てれるのか?では私はもう君の無邪気な笑顔は見れないのか?完璧な仮面を被って頑張っていたのは、妹に尊敬されたかったためだろう?
私はクラリッサが誰よりも努力していることを知っている。
「クラリッサ嬢、君は変態だ」
「……っ、はい。知ってます」
「妹のためにシスコンを止めると言っているが、結局妹のためと言っている時点ですぐに限界がくるぞ」
「そうかもしれません、でも……」
「だが、私は好ましいと思っている。誰かを一生懸命に愛する姿を可愛いと思った。私なら悪癖ごと受け止めてやれるし、暴走しそうなら駄目だと教えよう」
「ユリウス殿下……?」
「私はクラリッサ嬢を愛しく思っている。私と婚約してくれないか?そのままの君も、君の大切な妹もまとめて幸せにしてやる」
「……!」
「どうだ?」
「ゆ、ユリウス殿下が私を……好き?キャロルも幸せに……そんな……本当に……夢みた……ぃ……」
「クラリッサ!」
クラリッサは気を失った。
私は屋敷まで送り届けたが、馬車の中でも彼女は起きず返事が聞けずに、その晩はモヤモヤしながら過ごした。
※
翌日、クラリッサの父親クレヴィング伯爵が私の元を尋ねてきた。
「ユリウス殿下、娘クラリッサへの婚約申し込みは本気なのでしょうか?……その、クラリッサは……」
「重度のシスコンなのだろう?もちろん知った上で申し込んだのだ。表の彼女は完璧で王妃に相応しい。悪癖は私がきちんとコントロールしてみせる」
「なんと寛大なお方だ!ユリウス殿下ほどの相手はいないでしょう。恋愛に興味のなかった娘が変わったのは殿下のお陰ですな」
「クラリッサ嬢は受けてくれそうか?」
「間違いないでしょう、珍しく妹キャロル以外のことで失神する程ですから、よほど前から殿下を慕っていたようです。今夜の夜会にでも連れてきましょう」
「楽しみに待っているよ」
ちなみに妹は無事が確認されており、平民に紛れて楽しく過ごしているとクレヴィング伯爵は言っていた。できるだけキャロルを自由に過ごさせてあげたいから、クラリッサには内密にと口止めされた。
そして迎えた夜会で、テラスで待っているといつもは淡い色を選ぶクラリッサが私の瞳と同じ色の真っ赤なドレスを着て現れ、気持ちが高ぶる。
「ごきげんよう、ユリウス殿下……先日は送ってくださりありがとうございます。お話したいことがございます。宜しいでしょうか?」
「あぁ聞かせてくれ」
「私の容姿や頭脳を好ましいと言う方はたくさんいらっしゃいましたが……妹への執着をちらつかせると誰もが『悪い冗談』だと本当の私を見ず、完璧令嬢という理想だけを求められてきました。より私は欠陥品だと実感しましたわ。そんな中、妹だけが私に完璧を求めません……より執着が深くなり、でもそれを隠して日々我慢して爆発した結果が殿下と隠れ庭で出会った日です」
クラリッサは語り出す。
「そんな私でさえも好きだと言ってくれたのはユリウス殿下が初めてです。そのままでも良いと言ってくれて夢のよう……私は初めて妹以外の人が輝いて見えました。私はユリウス殿下をお慕いしております」
「そうかクラリッサ、私もだ」
ようやく婚約できる!私は嬉しさのあまり、彼女を抱き締めようとしたが……寸止めをくらう。
「あ、でもお願いがあるんです!」
「……なんだ?」
「ユリウス殿下は妹も幸せにしてくれると仰いましたよね?」
「あぁ」
「妹が屋敷に帰ってくるまで待ってくれませんか?キャロルに殿下を紹介してから婚約したいのです」
「分かった。できるだけ待つが、国王と王妃から通達がきたら諦めてくれ」
「はい!大好きですユリウス殿下」
その言葉を受け、私はようやくクラリッサを抱き締めることができた。もう彼女は私だけのものだ。
と相変わらず彼女に対して認識の甘い私を殴り飛ばしたい。
1か月後、顔色の悪いクレヴィング伯爵が私を尋ねてきた。彼は震える手で一冊のノートを差し出したので、表紙を見ると『運命の出会い計画書』という馬鹿げたタイトルが書いてある。
「……殿下、今更ですが本当にクラリッサで良いのですか?私は娘の考えが分かりません」
クレヴィング伯爵は額を手で覆い項垂れる。早速読むとそこには私とキャロル嬢が恋に落ちるあり得ないストーリーが書かれ、王妃にクラリッサ、側妃にキャロルが仲良く収まってめでたしという残念な計画書だった。
「妹もまとめて幸せにする」この言葉をクラリッサはそのように捉えたらしい。妹に好きな人ができたら全力で援護するとか、王妃の妹という立場を利用する良からぬ者から守るという意味だったのに……
「これは酷いな」
「クラリッサは、殿下はそれは素晴らしいお方だと舞い上がっております。だからキャロルも殿下と出会えば好きになり、殿下も天使のように可愛い妹を好きになると思っているようで」
「……何が何でもキャロル嬢を隠し通してくれ。キャロル嬢が社交界に出てきたら、クラリッサは信者を使って外堀から埋めてくる」
「でしょうな。最善を尽くします」
相変わらず妹が関わると斜め上なんだか下なんだか、予想外の行動に出る。普段であればクラリッサの予想外の出来事は面白いのだが、私を妹と共有しようなど……キャロルがショックで再び家出する未来が見える。
まったく……クラリッサにはどんなお仕置きをしようか。
※
しばらくするとクラリッサが数日前に妹を見つけたと報告しに訪ねてきた。妹を見つけ喜んで計画を実行したら叱らねばと思っていたが、どうも元気がない。目も少し赤いようだ。
「何かしたんだろ」
「はい……キャロルに……嫌われてしまったのですぅぅう……消えたいぃぃぃ」
平民街の祭りに興味をもって通りがかったらキャロルを発見したらしい。そこに恋仲らしき男もいたため、思わず悪癖が出てしまったらしい。
そうしたら妹に初めて反撃されたようで、精神的に死にたくなったようだ。
「キャロル嬢に関しては私に相談してから動くように。まずは無理に屋敷に連れ戻さず、自由に過ごさせろ」
「そんな!せっかく見つけたのに……会えないなんて……見るだけも駄目かしら?」
「キャロル嬢が好きなら私の言うとおりにした方が良いぞ。まぁ見る場合は絶対にバレるな」
「はい!」
そう言って少し元気になり、執事に用意されたお茶を飲み始めた矢先、緊急の手紙が私の手元に届けられる。
送り主はイサークからで、知らない間に出国したらしく、我が国に婿入りするために王位継承権を放棄してくるから手伝ってくれというものだった。
しかも婿入り先の希望は『キャロル・クレヴィング』と書かれていた。以前からイサークは平民に恋をしていたようだったが、偶然にも相手は家出中のクラリッサの妹だった。
どうやらイサークにはクラリッサのお試しが効かなかったようだ。
そして、なんてタイミングの良い……いや運命的と言うべきか。
「クラリッサ、数ヵ月耐えてくれ。君がまわりを困らせることなく、ちゃんと良い子でいたら、約束通り君も妹もまとめて幸せにしてやる」
「はい!大人しくしてます!」
私はイサークと連絡を取りつつ、秘密裏にクレヴィング伯爵に話をつけると、彼らは物凄く喜んでくれた。
真っ先にイサークとキャロルを引き合わせて婚約を済ませてしまえば、クラリッサのキャロル側室計画は完全に潰せる。説明してもクラリッサは妹に関しては何をするか分からない。他のことはあんなにも優秀なのに……
さて、どうしようかと思っていたら伯爵から提案が出た。
「当日は部屋に閉じ込めておきます。キャロルが関わるとクラリッサは普通ではありませんので、物理的にどうにかします」
と言われてしまった。娘に対してそれで良いのかと思ったが、任せることにした。
※
イサークとキャロルの顔合わせ当日、私は柄にもなくソワソワしていた。
今日ようやくクラリッサと安心して婚約が出来るかもしれない期待感と、彼女の暴走により顔合わせを壊される不安感に揺れていた。
「ユリウス……心配なら同席すれば良かったじゃないか。一応、王太子推薦の縁談なんだから」
「でもイサークが恥ずかしいから来るなって……」
「真面目か!俺は今から行くぞ」
「ギルバート……はぁ、私も行く」
私は結局クレヴィング伯爵家の屋敷に来てしまい、自分の情けなさをどうにかせねばと反省する。使用人は私の来訪に驚くことなく、温室まで案内してくれる。
むしろ「ユリウス殿下が来てくださり助かりました!」と感謝される。私は嫌な予感がしてならないし、ギルバートは面白い展開を期待してニヤついている。
温室につくと早速彼女の声が聞こえる。
「行かせませんわ!私はまだキャロルを諦めてませんことよ!」
私は眉間を揉みほぐしながら天を仰いだ。クラリッサは脱走した挙げ句、二人の顔合わせに突入し、婚約届けの提出を阻止してるらしい。
君が諦めきれなくても、私はクラリッサとしか結婚するつもりはないのに、彼女には私の本気が伝わりきってないようだ。
馬鹿な彼女も可愛いが、今回はさすがに無性に腹が立ってきた。
「私の可愛いクラリッサは駄目な娘だね、皆を困らせてはいけないと言ったはずだよ」
「ユリウス殿下……!」
クラリッサは私の笑顔を見るなり、顔が青ざめる。どうやら自分の行動が駄目なことだとは自覚があるようだ。
姉の奇行にキャロルをはじめ皆の目が死んでいる。折角今まで隠していたのに勿体ない。
「クレヴィング伯爵、クラリッサとの婚約届けが待ちきれなくてな、無礼を承知で直接取りに来た。ついでにイサークとキャロル嬢の婚約届けも受け取ろう」
「殿下、ちょうど 2つの婚約届けが出来上がったところです」
「そんなっ!」
私は来訪を知らせてないのにも関わらず、クレヴィング伯爵は当たり前のように答えてくれる。私は有能な臣下と義父を得たようだ。
問題はクラリッサだが、幸せそうな親友イサークの邪魔はしたくない。軽くイサークに挨拶して、「キャロルが足りないぃぃい」と叫ぶクラリッサを無視しつつ横抱きにして運び馬車に乗り込んだ。
隣で笑いを堪えてるギルバートもあとで説教だ。馭者席に乗っていろ。
「クラリッサ……先程の行動は何だったのかな?大人しく待っていろと言っていたよね?答えてごらん?」
「絶対に怒ってますよね……」
「……答えてごらん?」
「………………幸せすぎるので妹にも分けたいなぁって、ちょっと考えがあって」
「ほぅ、それが側室計画か?」
「なんでそれを!」
みっちり説教した。クラリッサのシスコンは好ましいが、迷惑はかけてはならない事。いかに私がクラリッサだけを愛しているかという事 などなど。
次に暴走しそうになったら、今回の説教を思い出して抑止力になるレベルまで淡々と語る。
彼女は顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりと面白くて必要以上に説教してしまった。
彼女は完全に燃え尽きた灰のようになっている。
「私はイサークとの縁談を用意したことで、宣言通りキャロル嬢を幸せにしたんだ。勝手に突っ走らずに私を信じろ」
「大変申し訳ございません……肝に命じます」
「分かれば良い。反省したな?……もし王城に引っ越すまでの間、キャロル嬢に直接的な迷惑をかけなければ褒美をやろう」
「褒美ですか?」
「王妃教育や公務は大変だ。癒しが必要になるだろう。城にクラリッサの趣味の部屋を特別に設けてやる。手帳だけじゃ収まらないだろ?」
「───ユリウス様!あぁ素敵です!実はたくさん隠し持っているんです。全身全霊をかけて次期王妃として励みますわ!ユリウス様大好きですわ!」
予想通りクラリッサは満面の笑みで喜んでくれる。私はようやく美人で有能な変態令嬢を手にいれた。
※
半年後、キャロル嬢に確認したがクラリッサはきちんと約束を守ったことで穏やかに過ごせたようだ。
約束通りクラリッサに趣味部屋を作ったのだが、クラリッサは数日引きこもってしまった。
せっかく同じ城にいるのに、全く会わない日があるとは思わなかった。1日2時間までと決め延長は要相談とした
王城に来たキャロルに何を思ったのか、クラリッサは完成した『キャロルコレクション専用部屋』に案内して、キャロルは戦慄していた。
「お姉様……この部屋は……」
「私のキャロルコレクション専用部屋よ!これはキャロルが初めてくれた花のしおりでしょ。これは3歳の時のキャロルの枕カバーでしょ。それにデビュタントの時の使い終わった香油の瓶でしょ、それとねこれが去年」
「捨ててください」
「…………!」
「捨てますね~」
「キャロル許してぇ~!私の元気の源なのぉぉぉ」
収集物を捨てられそうになり、クラリッサは絶望した顔で私に助けて欲しいと目線を送ってくる。
確かにこの部屋がなくなると公務に差し支えがでそうだ。だが私が助け船を出す前にキャロルが話し出す。
「どうしようかなぁ~美味しいお菓子が食べたいなぁ」
「私室に異国で話題のお菓子があるから食べましょう!空き箱はちょうだい。キャロルと仲良くお菓子を食べた記念の品にするわ!……駄目?見逃して?」
「…………今回だけよ」
「嬉しいわ!キャロル大好きよ!ユリウス聞いたでしょ?お菓子にしましょう」
「そうだな、執務室でダジリルタの新規の交易書類と戦ってるイサークも呼ぼう」
キャロルも諦めの境地に至ったのか、今では姉の残念な反応を楽しんでいるようだ。以前はどこか距離があった二人だが、今は彼女たちの仲が良くなり微笑ましい。
お陰でクラリッサの致命的な暴走は激減し、比較的落ち着いたシスコン活動をしているので、私の心も穏やかだ。
「ん!とっても美味しいですね……ってお姉様は私を見すぎです」
「だって美味しそうに食べてるキャロルが可愛くて、ふふふ」
「ユリウス、クラリッサさんを止めてくれないか?キャロルが減る」
「悪いなイサーク、私はそのクラリッサの間抜けな笑顔が好きだから止められない」
「ユ、ユリウス……!恥ずかしいわ」
「じゃあキャロル嬢を見るのをやめることだな」
「そんなぁぁぁぁ……」
「「はははは」」
「ふふふ」
「もうみんな酷いわ……ふふ」
ぶれないクラリッサが面白く3人で笑い、つられて本人も笑いだす。
愛する人たちと笑い合うこの光景を守りたい。そのために国を守ろう。
私の愛する美しい変態と共に。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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