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第四章 血刀 -1-


 意識が浮上するにつれて、ぼんやりとした頭で自分が眠ってしまっていたのだと気付く。

 目をゆっくりと開き、そこで、蒼汰は思い出したように気付く。


「……そうか、ここ僕の家じゃないんだ」


 美海の家に連れて来られ、彼女に慰めの言葉をかけられているうちに、いつのまにか寝てしまっていたのだろう。身体を起こすと、床に簡易のマットの上でタオルケットにくるまった美海が可愛らしい寝息を立てているのが視界に映った。

 女の子を床で寝させてしまったことに少し胸を痛めながら、しかし蒼汰にそこまで優しくしてくれる彼女に、蒼汰は心の中で感謝の言葉を紡いだ。

 まだ寝ている彼女を起こさないようそっとベッドから降りて、蒼汰は美海の部屋から出た。


「おはようございます」


 洗面台を借りてからリビングに顔を出し、蒼汰は美海の母親と挨拶を交わした。


「あら、おはよう。昨日は疲れてたのねぇ。美海ちゃんの布団で可愛くぐっすり寝てたわよ」


「あの、昨日はご飯の用意をしてもらったのに、スイマセンでした」


「いいのいいの。主婦って言うのはね、せっかくご飯を作っても飲み会一つで食べてもらえなくなるものなんだから。気になんかしてられないわ。――それより朝ご飯は食べる? 夜食べてないし、トーストだけじゃなくて色々用意しちゃうわよ?」


「いえ、そんな迷惑は――」


 ぐぅ。

 遠慮しようとした矢先、胃袋は空気も読まずに空腹を訴えた。


「……いただきます」


「うんうん。了解です」


 くすくす笑う美海のお母さんは、どこか嬉しそうにキッチンに入っていった。

 楽しそうな家族だなぁと思い、そして、自分がちゃんと心からそう思えていることに蒼汰は安心した。昨日までの重く暗い気持ちはもうなかった。

 そこに、起き抜けの美海が顔を見せた。まだどこか眠そうに眼をこすっている。


「おはよう、美海」


「おはよ」


 朝には弱いらしく、美海は可愛げに「ふぁ」と小さく欠伸交じりに答えた。


「……で、泣き虫蒼汰はもう大丈夫なの?」


「その言われ方は嫌だなぁ……。まぁ、美海のおかげで何とかなってるよ」


 そっと自分の胸に手を当てる。その鼓動は穏やかに一定のリズムを刻んでいる。昨日の荒れ狂った音はどこにもない。


「乗り越えられた?」


「……それは、違うかな。一朝一夕であんな事実を受け入れて、乗り越えられやしないよ。今だって、ちゃんと考えようとすれば行き場のない怒りみたいな感情が溢れてくる。――けど、それは考えられるようになったってことなんだよ」


 昨日は、考える余裕さえなかった。

 唐突に訪れた不安と理不尽に押し潰され、ただ全てを見失った。自分が何を恐れ、何を望んでいるのか。それすら分からずに解決する問題はないと知りながら、それを見つけようとする意志さえ霞み消えていくほど、深い深い靄がかかっていた。

 けれど、美海のおかげでその靄を晴らすことが出来た。


「だから僕は、これからゆっくり考えていくよ。自分がどうしたいのか。そしたらいつか、乗り越えて、打ち勝てるはずだから。――まずは、奏とちゃんと話し合うよ」


 奏と向き合うことに、恐怖がないと言えば嘘になる。きっともう今までと同じように過ごすことは出来ないだろう。

 けれど、このまま終わらせるなんて出来ない。どんな結末が待っているとしても、それでも蒼汰は前を向く決意を固めた。自分が自分のものであり続ける為に。


「分かった。あんたの服はもう乾いてるはずだから。着替えてさっさと仲直りして来なさい」


「うん。――ありがとう、美海。美海のそういうところは好きだよ」


 素直にお礼を言われて照れたのか背を向けた美海だったが、その耳は真っ赤になっていて、蒼汰は穏やかな笑みを零して、心の中でもう一度お礼を言った。



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