第三章 人形 -4-
あっという間に七日間が過ぎ去り、待望の土曜日は訪れた。
しかしいわゆるゆとり教育というものが終わったことで、隔週土曜日は午前中授業が行われている。それが、まさしく今日のことである。落ち着かない様子でそんな四時間を乗り越え、帰りのSHRが終わると同時に蒼汰は席を立ちカバンを肩にかけた。
「蒼汰、今日帰りどっか遊びに行く? 私、今日部活休みだからさ」
そんな彼の様子に気付かずに、スレンダーなスポーツ女子――美海が声をかける。
「ゴメン、今日は用事があるんだ」
「またバイト? いい加減に休んだら。最近あんた体調悪そうだし」
バイト――というのは、特課の仕事のことだ。誤魔化そうにも無茶があった為、詳しい内容を伏せてアルバイトという形で周囲には説明しておいた。
特課に入ってからの蒼汰は、毎日警邏と訓練をさせられている。戦闘は日に日に上手くなっているし、身体能力も上がっているのだが、体のだるさもそれに伴って増している。眠気とも違う、全身が重く感じるだけという不思議な感覚。傍から見てもそれは滲んでいるようだ。
「大丈夫だよ。今日は休みだから」
「ん? じゃあ何があるの?」
「そんな野暮なこと訊くなよ、美海」
呆れたように、美海の肩を光輝が叩く。
「男が友達との誘いを断るときはデートと相場が決まっている」
ピシリ、と美海の全身の筋肉が固まった気がした。
「ちょっと待って。デートじゃないから!」
慌てて弁明するが、何かを悟ったと言いたげに光輝は微笑むばかりだった。
「では問おう。お前がこの後、何しに行くんだ?」
「か、奏と遊びに行きます……」
「二人で?」
「まぁ」
「……さて、さらに質問だ。男女が二人きりで連れ立って遊びに行くことを何と言う?」
「デートですね……」
どんなに言い繕ったところで、そうとしかならないことは蒼汰も認めざるを得なかった。実際、奏とはほとんど家族のようなものなのでそういう意味合いはないのだが、他人からどう見えるかは別問題だ。
「おめでとう、蒼汰。お前の中のオスは生きているようだな。俺はてっきり、見た目は高校生、頭脳は子供と言わんばかりの純真無垢な三歳児のような精神をしているとばかり思っていた」
「色々ツッコみたいんだけど、もういいよ……」
一人盛り上がっている光輝を放っておいて、蒼汰は先に行こうとする。
「ちょ、それ、私も行きたい!」
「ゴメンね、美海。二人で、っていう約束だからさ」
ハッと気付いたように美海が手を上げるが、蒼汰はただ困ったように笑みを浮かべながらもきっぱりと断った。
いつも明るくはきはきした様子の美海が一気にしょんぼりしていくのが分かって胸が痛んだが、今度の奏との約束ばかりは守らねばならない。
そう自分に言い聞かせて、蒼汰はそそくさと教室を後にした。
*
腕時計で時間を確認する。
集合時間の十分前。ギリギリで間に合ったな、と蒼汰は駅前で一息つく。
学校も同じで家も同じなのだから待ち合わせをする必要もないのだが、今回は奏がそうしたいと言うので蒼汰はそれに従った。今日は奏が最優先、お姫さまの仰せのままにという訳だ。
言われた通り一旦家に帰って、私服にも着替えておいた。いつもの部屋着ではなく、光輝のアドバイスの下、高校生らしい少しばかりオシャレなものをチョイスした。
蓄積した疲労で身体が重いせいか、気付くとぼーっとしている。しかし今日はこんな調子ではいけない、とパシパシ頬を叩いて気合を入れ直す。
すると、近くでくすくすと笑う声が聞こえた。
「痛そうだけど、大丈夫?」
振り向けば、そこにいたのは待ち合わせ相手の奏だった。
白い七分のワンピースにカーディガンを合わせ、足元は夏らしく少し踵の高いサンダル。涼しげで、大人しい奏にはぴったりの衣装だった。
「大丈夫だよ。――その服、似合ってるね」
「そう? ありがとうね。蒼汰くんも格好いいよ」
「あ、ありがとう……」
何とも言えない照れ臭さを感じながら、蒼汰は軽く咳払いして一度空気をリセットする。
「さて、じゃあ行こうか。お昼ご飯、どこか行きたいところはある?」
「蒼汰くんにお任せするよ。――でも、二人だけだと美海ちゃんたちに悪い気がするね」
ほんの少しばつが悪そうに笑う奏だったが、蒼汰が気になるところは話の内容ではなかった。
「名前で呼んでるんだ。仲良くなったんだね」
「え? あぁ、気が付いたら名前で呼ぶようになったかも。蒼汰くんが呼んでるからかな」
少し前までは、葉月ちゃんと日向くんという呼び方だったはず。たったの二週間とは言え、蒼汰の知らないところでもちゃんと仲良くしてくれていたようだ。
嬉しいような寂しいような、何とも言えない複雑な気持ちが蒼汰の中に渦巻いた。
そんな自分の感情に、少しだけだが、それでも蒼汰は驚いていた。
美海たちに嫉妬するなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。そもそも友達になってくれと頼んだのは蒼汰だ。案外自分は独占欲が強いんだろうか、と軽い自己嫌悪に陥る。
「さ、行こ?」
そんな蒼汰を引っ張ってくれた奏に頷いて、彼はそんなことは忘れることにして一緒に歩き始めた。




