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第二章 友達 -6-


 奏を今日知り合ったばかりの友人二人に押し付けて、出会っているのがこんな黒セーラー服の似合う年上美人だと知ったらどう思われるだろうか。

 もし美海が奏の立場だったら、ドロップキックから膝ひしぎ十字固めくらいは極められそうだ。そんなことを思いながら、蒼汰は家の最寄り駅から三駅程離れた《セントラル・ブルー》のゲート付近にやってきた。


「うんうん、遅いね。呼び出しにはもう少し迅速に駆けつけるように」


「学校帰りで友達がいたんです。みんなにバレないように、迂回して駅まで走ってたんですから許して下さいよ……」


 腰に手を当ててお怒りポーズの天宮六花に、蒼汰は疲れ切った様子で言い訳をしていた。駅から走った肉体的疲労と、奏を見捨てたという罪悪感から来る精神的疲労とで、ため息が思わず零れた。


「さて、じゃあとりあえず、特課の仕事について実地で説明しましょうか」


 そんな雰囲気に区切りをつけるように手を叩いて、六花は肩にかかった髪を払いながらそう言った。

 蒼汰としては、もっと事前に屋内でしてほしかったところなのだが、言ってもどうにもならないだろうと諦めておく。


「特課の普通の仕事は事務仕事とパトロールがあるの。で、私たち実戦用員は、そのパトロール担当です。まぁ基本的には大人がやってくれてるから、私たち学生組はこんな風な形式的にだけどね。で、めったにないけど緊急の呼び出しもあります。今日のはその予行演習だと思って許してね」


「なるほど」


「それで、パトロールや実際の黒竜の討伐は基本的には二人一組――正確には二人二竜一組での行動が義務付けられてるの。私のパートナーは、蒼汰くんとティアのペアになるね」


 六花の説明で、ふと気付く。


「ところで、六花さんの契約者って誰なんですか? ティアってことはないはずですけど」


 契約さえしていればエネルギーは得られる訳で、昨日黒竜に苦戦する道理がない。つまり、ティアの契約者はいなかったということになる。となれば、ずっと一人のところしか見ない六花の契約者が気になるのも当然だろう。


「ちょうどそろそろ紹介するつもりだったんだよ。――来て、サジ」


 そう六花が呼びかけると、《セントラル・ブルー》の壁の影から一つの影が伸びた。

 それは一人の屈強な男だった。

 ワイシャツにこげ茶のチノパン、黒のサマーコートという服装だけ見ればどこかの格好いい休日のサラリーマンに見えたかもしれない。しかし、二メートル近い身長と服の上からでも分かる筋骨隆々の体格があれば、話は別だ。薄く顎のあたりだけ髭を残しているし、この格好のまま大陸横断を目論んでいても「あぁ」と納得してしまいそうな風貌だ。


「はじめまして。俺はサジタリア・ブルーだ。サジって呼ばれてる。よろしく頼むぜ、蒼汰」


 しかし屈強な身体に見合わず、彼は気さくな笑顔を向けてくれた。おかげで、姿を見ただけで強張っていた蒼汰も少し緊張がほぐれた。


「どうもありがとうございます。七峰蒼汰です」


 差し出された武骨な手に応え、蒼汰も握り返す。そのごつごつとしたサジの指に対して、蒼汰の指はあまりに貧相に見えた。

 そんな初対面の挨拶を終えたところで、サジの後ろに蒼い髪の揺れるのが見えた。


「おぉ、挨拶は済ませたようじゃな。では警邏に赴くとしよう――」


「ティア。遅刻は遅刻だからね? 誤魔化してもダメなんだから」


 さらりと先頭を歩こうとしたティアを引き留め、六花は冷たく光る笑みを浮かべた。


「遅刻ではないぞ。ただ事務所でコーヒーをごちそうになっておっただけじゃ」


「言い訳はいいから。次やったら反省文だから」


 弁明するティアも一蹴して、見た目通りお姉さんらしく六花は注意していた。その言葉に厳しさはなく、何と言うか微笑ましくも見えた。


「お、おい六花。ティアさんにその口の利き方は――」


「向こうの世界でどれだけ偉くてもこっちの世界で立場は対等なの、サジ」


 そんな様子に何故か狼狽えているサジに対し、今度はどう見ても年下の六花が説教していた。なんとなく、いつものやり取りと言うか手なれたものを感じる光景だった。


「……もしかして、ティアって偉かったの?」


「ふふん、ようやく訊いてくれるか。元いた世界からこちらの世界に渡航できたのは、戦い続けて世界を改竄する能力を磨いておった者だけじゃからな。必然的に軍部の竜が多くなった。そしてわしはその中でも、だいたいこの世界で言うと大佐くらいの地位じゃったかな」


 腰に手を当てて自慢する見た目七歳児が、向こうの世界では大佐を務めていたらしい。そしてそれを証明するのが、どう見ても三十過ぎのオッサンのサジのへりくだり方である。


「まぁ、今さら態度を変えるのもおかしいからいいか。六花さんの言う通り、こっちの世界はティアたちのいたところとは関係ないし」


「……確かにその通りなんじゃが、もう少しこう、敬おうかな、みたいに思わんのか?」


 肩を落としているティアだが、それを無視して六花が先に歩き始めた。この場での力関係のだいたいを掴んだ蒼汰は、聡く六花についていくことにした。


「それで、パトロールって具体的に何をするんですか?」


「私たちはただ歩くだけだよ。基本的な犯罪なんて、コンビニとかスーパーの自動配送用ドローンが見つけてくれるし」


 六花はそう言って空を指さした。

 ドローン、と言っても小さなラジコンヘリの類ではない。トンボの羽を参考に効率のいい風車を開発したように、様々な鳥類に偽装したものだ。景観を損なわない為、とも言われているし、あるいは猛禽の形にすることでトンビを撃退する効果を狙ったとも聞く。

 そして、それらは荷物を運ぶ為などで街の至るところを飛んでいるのだ。固定防犯カメラと合わせれば、この島の中で誰にも見つからずに犯罪を行うのは無理がある。


「それじゃあパトロールしなくてもいいんじゃないですか?」


「ううん。それだと具体的に行動されるまで分からないでしょ。けど、竜は同じ竜を感知できるらしいからね。怪しい竜がいたらサジかティアが教えてくれるって感じかな。病気も事件も早期発見が大事だし」


「……それ、逆に黒竜からも僕たちのことバレますよね?」


 同族を感知できると言うなら、竜が二対になるように人と一緒に歩いていれば「私たちが特課です」と看板を掲げているようなものだ。


「私たちを直接狙うならその場で制圧。コソコソ逃げるなら追いかける。シンプルでしょ?」


 さらりと言ってのける六花に、蒼汰はただ舌を巻いた。それが虚勢ではないとはっきりと伝わってくるからこそ、本当に蒼汰は驚くしかなかった。


「まぁ、実際に警邏中に何か起きたことはないから安心せい。――それに、今のわしらが探しとるのはそこらの悪ガキのような黒竜ではないんじゃ」


 特課としての覚悟に気後れしそうになっていた蒼汰に向けたティアの言葉だったが、何故か、その語尾には隠そうとして漏れ出たような僅かな陰りがあった。ざわりと、毛が逆立ったような錯覚さえあった。


「……それって、昨日の黒竜みたいなやつのこと? ただ飢えて暴れてるように見せかけて、何かを計画してたし」


「そう。黒竜側も一枚岩ではないが、いま特に活発な一派がおる。それがわしらの追い求める仇敵でもある」


 前を歩くティアの顔は、蒼汰からは見えなかった。けれど、その声だけでも憎悪や憤怒といった感情は痛いほど伝わってくる。


「リーダーの名前は、カレンデュラ・ダークっつってな。後先考えない過激なヤツだよ。あいつに従う黒竜さえほとんどいない。昨日、蒼汰が倒した黒竜――アフェランドラってやつがせいぜいだったって話だ。派閥どころか今じゃ一匹狼だな」


「気を付けろよ、蒼汰。もしもお主が一人のときにカレンデュラに出会ったら、即座に逃げろ」


 ティアは振り返らずにそう忠告した。


「あやつは黒竜にして契約者を得ておる。昨日倒した黒竜と一緒にしてはならん」


 ごくりと、蒼汰の喉が鳴った。張り詰めていくこの空気に当てられて、指先など震えてしまいそうだった。


「で、でも。竜は何でも出来るんでしょう? 怪我を負ったって、治したりも――」


「出来んよ。いくら竜でも出来んことはある。傷を癒すのはもちろん、ましてや蘇らせることなど」


 冷たく、突き放すような言葉だった。けれどそれは、蒼汰に対して向けられてはいない気がした。まるで、それは無力な自分を責めるように聞こえたのだ。


「俺たち竜は事象を解析して改竄する。単に炎を吐いたり、爪を振るったときの運動エネルギーを増加させたりするのは、ただの高校物理の領域だ。だが、治療は違う」


 ティアに代わって説明したのはサジだった。


「接着剤でくっつければいいって訳じゃないんだ。DNAを読み解いて、欠損個所の正しい形を正確無比に予測して、成長過程で減った分の細胞分裂回数まで元通りにしなきゃいけない。下手打てばがん細胞を植え付けるだけになるような、繊細な作業だ。それを欠損した数百、数千の細胞で行うんだぞ。消費するエネルギーは、炎を吐くのなんかと桁が違う。何人と契約しようが治療は無理だと思っておいた方がいい」


「そう、ですか……」


「まぁ、無機物とか竜自身が作った何かなら、壊れても大した労力もなく直せるけどよ。例えば服とかな。だけど、それでも俺たちは自身の身体も満足に治せねぇ。要するに、そこは人も竜も関係ないってことだ」


 その言葉に、蒼汰の胸に不安がわだかまる。サジの言う通りだとすれば、竜との戦闘の危険度は依然として高いままなのだ。特に、契約者さえ得たというカレンデュラ・ダークを相手にするとなればなおさらだろう。


「私たちの目的は、そのカレンデュラ・ダークの契約者探し。ただし本人に見つかってはいけない。そう思っておいて」


 場を和らげようとしているのが分かる六花の優しげな声に、蒼汰は「はい」と力強く頷いた。そう応える以外にどうすればいいのか分からなかった。


「そう気負わなくて大丈夫。黒竜なんて本当に数が少ないし。実際、昨日暴れてたのだって半年ぶりくらいの事件だしね」


 ぽんと蒼汰の肩に手を置いて、六花はにっこりと笑顔を浮かべていた。


「さて。じゃあぶらりとパトロールしましょう。あまり気を張り詰めて周囲の人に気取られても大変だし、もっと笑顔でね」


 六花のその言葉に、ティアもサジも肩の力を抜いたようだった。それに倣うように、蒼汰も笑顔を取り戻し、パトロールの仕事に戻るのだった。



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