俺の未来日記が軽くホラーなはずがない!
中途半端に大人向け。
極々平凡な生活を過ごす平凡な体付きの平凡な性格な俺は、明日に重要なミッションを抱えていた。
そう、オフ会だ。
あるゲームで仲良くなった皆で集まってどこか遊びに行こう、なんてノリについ乗ってしまった俺はこうして明日が来るのをどこか心待ちにして待っていたのだが、一つ忘れていた事があった。
「進藤光さんですね。宅配でーす」
忘れていたものは小包の形で現れた。
(そういえば2週間位前に応募したっけ。何か面白そうな冗談だったし)
とあるサイトを眺めていると商品の販売に合わせてお試しがあるというので申し込んでみたのだった。
そして来たものは・・・
「これが『未来日記』かぁ。最近は色んなものを売ってるなぁ」
未来日記という商品に興味が出て思わず申し込んだのだが、来たのは一枚の紙と取扱説明書だった。
どうやら未来日記の1ページだけ、触れた日の翌日の日記が浮かび上がるのだそうだ。
どういったものなのか面白半分、怖さ半分で上から見たり横から覗いたりしながら、ただの変哲もない紙だと思ったのでさっそく触れてみた所、文字が浮かび上がって来た。
(どうせ占いと同じで何にでもあてはまりそうな内容を書いているだけなんだろうなぁ)
などと考えながら浮かび上がった文章を読んでみた。
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今日、俺はメリーさんに会った。
メリーさんは最初は遠くにいたんだが徐々に徐々にいつの間にか俺の近くに近寄ってきていた。
思わず何かあると思った俺だが、最後にはメリーさんに追い付かれてしまった。
オフ会は廃園間近の遊園地だったんだが、そこで思いがけない出来事があった。
赤い雨が降って皆がパニックになりかけた。
遊園地らしいお城があったんだが、そこにある部屋で顔の割れた男性が振り向きニヤリと笑う場面に出くわしてしまった。
そして最後に待っていたのはまさかのサプライズ。
それはなんと・・・
--->ここから先は正規版を御覧ください。
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まさかの内容。
なんだこれは。
極々平凡な人生を過ごして来た俺の明日は都市伝説級らしい。
メリーさんてあのメリーさん?
いや、多分違うだろうけど明日会う人にいたっけ?そんな人?
そう考えながらもその次の内容のほうが気になった。
遊園地で一体何が起こるのか、と。
そしてどうにも嘘くさいこの内容が本当に起きるのか!?
そこに俺の関心は向いていた。
遊園地でメリーさんに会い、普段からは考えられない事が起きる。
それを予想したのが未来日記。
やっぱり単なるお遊び商品なのか。
だが、明日のオフ会が遊園地で行う事は的中している。
廃園間近かどうかは聞いていなかったが、人気はあまりないらしく、格安チケットが手に入るという事でそこになったらしい。
悩み始めるとその悩み事が頭から離れず、でも睡眠不足にはならなかった。
なぜならそう。いつの間にか寝てしまっていたからだ。
気付いたら朝も遅い時間で、服も着替えず寝た俺は縮こまった体をほぐしながら朝食を済ませた。
飲み会は希望者のみの昼会だから早めの集合になっている。
俺も遅れないように現地へと出掛けた。
現地に到着すると待ち合わせ時間の30分前。
既に何人か来ていて、どうやら取りまとめをしている女性が今回の幹事のハルちゃんらしい。
「どうもー。初めまして、かな。コウです」
「あー。あなたがコウさん?もっと年上かと思ってた」
「そうそう。何か手堅いプレイばっかりだもん」
「いや、それはもう性格で・・・」
俺が挨拶をしたら、ハルちゃんとその友達が返事をしてくれた。
ハンドルネーム、ハルとその友達のジュンであり、ハルちゃんとは時々パーティを一緒している。
ジュンさんとは本当に時々、ハルちゃんにくっついてパーティにいたりするのを見た事がある。
そう。ハル|ちゃん〔・・〕だ。
結構ゲーム内では仲が良いほうで、多少は期待しつつもネカマっているよなー、って感じで賢者モードを発動していたのだが、どうやら神はまだ俺を見捨てていなかったようだ。
ハルちゃんもジュンさんも見た目20代前半。
これは俺の暗黒時代も終焉を迎えるのか、と期待が否応にも高まってしまう。
そんな俺をじっと見つめる瞳に気付いた。
ハルちゃん達と一緒にいるメンバーの中の一人が一言も喋らずに俺を見ていた。
「あの・・・、何か?」
「ああ、いいえ。別に。ごめんなさい」
そう答えた彼女はすぐに目を逸らしてハルちゃんとの会話に参加してしまって、こちらから更に話しかけるのをためらってしまう。
その彼女は聞き役というか、聞くのに徹して周りに合わせるのがうまいようで、ハルちゃんが話をリードをして他のメンバーが話す、という流れを邪魔せずに楽しんでいるようだ。
俺も何人かの、今日初めて会うメンバーと挨拶をしたりしているとすぐに集合時刻になった。
集まったのは20人弱。そこそこ多いのではないかと思うが、こういったオフ会なんて行った事もないから多いか少ないかも分からない。
だがこれだけいれば何かと楽しめるだろう。
「はーい、皆さん。それでは今日のオフ会の場所は裏野ドリームランドです。
格安1デイパスをお渡ししますねー」
ハルちゃんはどうやら世話好きなようで、会費を集める事や皆のチケットを購入するだとかを率先してやってくれる。
そりゃ、オフ会の企画も出すよなー、と少しニヤケながらハルちゃんを眺める俺。
しかし。
どうやらライバルも多そうだ。
ハルちゃんを知る男メンバーの中にはやはりハルちゃんに好意的な目線を向けている奴らがいる。
そう、いつもゲームでパーティを組んでいる連中もハルちゃんに気があるようだ。
裏野ドリームランドまでの道を歩きながらいつもゲームでツルんでいる4人を眺めた。
勿論、全員男だ。むさくるしいが、自分も男なので何も言えない。
恐らく全員がそう思っているだろう。ただ、一人は毛色が違う。
ツゲチャンさんは攻撃的なキャラを使っていて、会ってみても考え方は同じようだ。
「アキラメンナヨー」とかモチベの高い事を連発しそうな感じだ。
結構中年なのに熱血。誰か止めれるのか?
タックンはゲームに対してガチだったから、会ってみて、あーそう、という感じだった。
眼鏡で少し太っていて、ゲーマーらしい?は差別発言か。
モグはゲーム内で色々やらかすタイプだったから、どんな奴が来るかと思ったら意外と真面目で驚いた。
聞いたら「ゲームだから出来るんですよ。現実で出来ないからこそやるんですよ」と明言した。
巻き込まれて全滅するこっちの身になってくれと言いたい。
だが会ってみて驚いた事もあったが、皆、まともそうで安心した。一人を除いて。
そう。もう一人。
「いやあ、コウと会えてワタシうれしいです!
コウのプレイはイチバンですから!」
そう言ったのは、ミギー。
イタリア人だ。
チャットでは全く違和感がなかったんだが、どうやらそうらしい。
他の3人も驚いていたようでその話で盛り上がった。
ノリのいい奴で、「イタリア人だからパスタ好きか」なんて言ったら「その通りです!パスタだったらいくらでも食べれます!コウと食べたいですね!」なんてベタな会話を返してきたりしていつもと違う会話を楽しめた。
そうして俺達は裏野ドリームランドに到着して皆でどうしようかと話し合った。
「あー・・・、なんか人少ねぇな」
「なんか近々廃園になるそうね。だから格安チケットが手に入るの。
オフ会だし、こういうのもいいんじゃないかなって思ってここにしたの」
「あ、別に悪くないよ。ハルちゃん」
「そうそう!嫌なら今からでも帰れよ、コウ」
「その通り、ハルちゃんとジェットコースターに乗るのはオレだ!」
「ワタシはコウと乗ります!」
皆好き勝手言いたい放題だ。
収拾がつかなくなるからあえて言い返さないでハルちゃんの言葉を待っていたら、ジュンさんが付け足した。
「なんかね?ここ変な噂が出てるのよ。
それで廃園になるとかなんとか。
聞きたい?」
「おー、面白そうじゃん」
「どういうの?」
「なんかイイネ。そういうの」
皆もその話題に喰いついて盛り上がり、ジュンさんは噂を話し始めた。
「7つ。7つもあるのよ。
噂1。あの遊園地には度々「子供がいなくなる」って噂がある。
噂2。ジェットコースターで起こった事故のこと知ってる?
「事故があった」とは聞くのに、どんな事故だったのか誰に聞いても答えが違うのよ。
噂3。アクアツアーで「謎の生き物の影が見えた」なんて話が何度かあったんだって。今でも見えるらしいわ。
噂4。ミラーハウスから出てきた後「別人みたいに人が変わった」って人が何人かいるんだって。
噂5。ドリームキャッスルには隠された地下室があって、しかも拷問部屋になってるって話。
噂6。メリーゴーランドが勝手に廻っていることがあるって。
噂7。人なんか誰もいない筈なのに、観覧車の近くを通ると声がして、小さい声で『出して・・・』って言うらしいの。
なんかすごくない!?」
ジュンさんもやけにノリノリで、皆も『噂が本当かどうか確かめようぜ!』なんて言っている中、視線を感じた。
彼女だ。また俺を見てる。
俺が彼女を見ると彼女は目を逸らして会話に入るが、今確かに俺を見ていた。
なんだ?俺に何かあるのか?
俺はそう思ってジュンさんの話に皆の関心が向いている間に、ハルちゃんに聞いてみた。
「ハルちゃん。ごめん。あのさ、あの肩までの髪のあの女性って誰?
ハルちゃんの知合いだよね?」
「え?うん。そう。えぇ〜と・・・、そう!あの人はメリーさん!
私が時々御世話になるパーティのメンバーさん!」
ここでようやく俺は未来日記の事を思い出した。
あの日記には遊園地は廃園になると書かれていた。
そしてメリーさんもいた。
あの日記、もしかして本物か?
だとすると、赤い雨が降り、お城で顔の割れた男性と出会うのか?
そんな事を考えている俺を怪訝そうに首を傾げてみるハルちゃん。
ハルちゃんに余計な心配をさせたくない俺は慌てて取り繕いながらこう言った。
「メリーさんか!ハルちゃんの友達だけあって綺麗だね!」
そう空元気を出して行って歩きだした俺の後でハルちゃんが何かを言ったが俺はそれに気付かなかった。
噂がどうだ、何乗る?だとかを皆で言い合いながらもツゲチャンさんのごり押しで最初の乗物が決まった。
ジェットコースターだ。
ジェットコースターが怖いメンバーは下で待機、なんて話も出たが今日のメンバーは皆イケルようだ。
まあ、この遊園地のジェットコースターはそれほど怖くないらしい。
なぜ知ってるのか、と言えばツゲチャンさんが若い頃に乗ったと言っていた。
だからもう一度乗りたいが為に皆をここまで引き摺って来たようだ。
「今なら結構スリリングかもよー。錆できしむ音がギィギィと・・・」
なんて言わなくても良い事を言いながら皆を搭乗口まで引っ張って行き、笑顔のまま顔を引き攣らせたスタッフに挨拶している。
しかし。乗るには少し時間がかかった。
メンズチームの中での駆け引きがあったのだ。
最終的にじゃんけんをして乗る場所を決めるという、結構重要なファクターだ。
誰と乗るかをさりげなく決めてしまいたいが、隠すも何もあったものじゃない真剣勝負になった。
女性側には『前の席ほど怖いのがジェットコースターだからその順番を決めている!』などと誤魔化してもバレバレだ。
そして俺にとってはまさかの展開が起こる。
「ハイ!ワタシ、コウと乗ります!」
ミギーがこう言いやがった。
1人、いや、2人脱落すれば自分達の勝ちが近付くので他のメンバーは即座に頷いた。
口を出す暇もなく決定し、ツゲチャンがこうも言いやがった。
「仕方ない。じゃあミギーとコウには一番前の席という名誉を上げよう」
「オイ」と言いそうになったが既に相手にされず、ツゲチャン(すでにさん付けを止めた)達はじゃんけんに集中していた。
そして決まった順番は悲しくもハルちゃんの隣は、あー・・・、知合いの3人は外れで、あれはハルちゃんつながりの誰だっけ?、まあいいか。
それよりもタックンがジュンさんの隣でニヤついてる。
タックンは気付いているのか?
眼鏡は顔の一部じゃないぞ。
横ばかり見ていると悲しい出来事が起きるぞ。
一部ニヤけ、一部悲しむメンバーを乗せたジェットコースターは無情にも発車した。
ゴトン、という鈍い音を出しながら昇るジェットコースターに乗りながら、ツゲチャンの良く回る舌がツライ。
「ほら。良く耳を済ましてごらん。ギィギィときしむ音が・・・、しないなぁ。残念。でも懐かしいわぁー。
あん時は、バンザイ出来なかったからなー」
などと、斜め後ろで良く話すからこちらも首を回してツゲチャンを見る。
するとだ。
ああ、モグ。痩せ我慢だったんだな。
しっかり目ぇ、閉じてやがる。
確かに一人だけ残るとかいいにくいよな。
男余りのこのメンバーで惜しくも女性とペアになれなかったモグはツゲチャンとペアになり、ツゲチャンの強引さに負けてすぐ後に乗っている。
そしてツゲチャンはモグのその状況に気付く事なく、更に後を見て「今回はバンザイやってみるかー。お前らもどう?」なんて言っている。
モグがモゴモゴ言っているので聞いてみたら「ナニゴトモケイケン・・・ナニゴトモケイケン・・・」とどうやらツゲチャンに丸め込まれた台詞をずっと唱えているようだ。
それがいけなかったのかも知れない。
もう一人がノーマークだった。
後になってこれほど後悔する事もないだろう。
横で何かゴソゴソしているのは知っていたが気にしないでいたんだが、昇り切ったジェットコースターが降り始める時にふと横を見るとその光景に絶句した。
あまりに見慣れない風景に、いや、普通に考えてあり得ない光景に絶望した。
コイツ!平気な顔してトマトジュースなんて飲んでやがる!
俺が口を半開きにしながらミギーを見ると奴は「ン?」って顔しながらゴクリと飲み込み、ストローから口を離した。
俺とミギーは見つめ合ったまま急転直下の大展開に陥った。
周りの風景がめまぐるしく変わる中、なぜか表情の変わらない俺とミギー。
俺はこの状況をどう把握していいのか分からず、ミギーはなぜ俺に見られているのか全く分からない、という状況のようだ。
しかし、それは俺とミギーだけであって、他は違った。
ミギーがストローから口を離したがまだパックにはジュースが残っているらしく、前から飛んで来るトマトジュースでジェットコースターは阿鼻叫喚になった。
「血!?これって血?」
「どこかぶつけたのか?危険なのか?」
「ぎゃあぁぁ、勝負服がー!」
「これって大丈夫なの!?ウィルス感染しない!?」
「何だ?地震か?途中で止まったりしないよな?」
ひたすら派手にギャーギャー喚く一団を乗せたジェットコースターが終点に着く頃には、ミギーの手の中にはパックは無かった。
「散々な目にあった」
「あれって一体何?」
「さあ?でもこれ血じゃないみたい」
「じゃあどこから飛んできたの?」
「皆さん、大変ソウデスネー?ドウシタンデスカ?」
ミギーはそ知らぬ顔で皆を心配してやがる。
俺はミギーを問い詰めたかったが、奴はもうパックを持っていないので証拠がない。
探そうにもどこに落としたかも分からない。
そうこうしている内に、皆がヒソヒソと言い出した。
「これって噂の事なんじゃ」
「え、これが?じゃあ噂は本当なんだ・・・」
「なんかマズくないですか?他の噂も・・・」
なんて話が始まったりしている。
張本人のミギーはと言うと、
「噂デスカー。怖いですね。本当にあるんですね」
と言いながらも、トマトジュースの事を話す気がないらしい。
こいつ、本当はかなりヤバイ奴のようだ。
証拠もなく、「ミギーのトマトジュースだ」などと言えるはずもなく、下手をすれば俺がタチの悪い悪戯でトマトジュースをバラ撒いたと言われかねない。
そして何が一番残念だったかと言えば、バンザイしながら目を瞑っていたツゲチャンだ!
コノヤロウ、後ろ二人が目ぇ閉じてたらミギーが何をしていたかなんて知ってるのが俺だけになるだろうが!
これは狙ってなのか、と言いたくなるくらいの逆ファインプレー。相手側をアシストしてどうするって状況だ、と言いたい。
しばらくすると、ようやく皆も落ち着いて「気を取り直して次いこー」と言えるようになった。
そうして次のアトラクションをツゲチャンの意見も聞かずに、ハルちゃんが『メリーゴーランド』にしたようだ。
激しい乗物でのハプニングの後に癒しを求めて一息つきたいらしい。
そうして移動している途中、後の方を歩いていた俺は同じく横を歩いているツゲチャンとタックンの良からぬ企みを聞く事になった。
「なんだかいけそうな気がする」
そう豪語したのはタックンだった。
なんでもさっきのジェットコースターでジュンさんの方から腕を掴んできたそうだ。
その証拠に、腕にはしっかり赤く跡が残っている。
ウン、それはだ。さっきのやつがとても怖かったから何か握りたかっただけだと思う。
だがタックン。そうとは思い至らず、「吊橋効果がー」とか言い出し始め、ツゲチャンも調子に乗って「イケ!イッチマエ!今ならイケル!そう、イキオイだ。イキオイが重要だ」なんてけしかけていて、モグはといえば今だ青い顔をして脱け殻のように頼りなく歩いている。
ミギーはと言えば、こちらの気も知らないで、他のメンバーと話している。まあ、タックンを唆さないだけマシか。
すでにタックンはスタート間近の馬のように鼻息を荒くしている。
アカン、これはアカンヤツだ。
どうにか宥めようとしても既にタックンは覚悟を決め、ツゲチャンは無責任にもゴーゴーばかり言っている。モグには今は頼るまい。
そして到着したタックンの戦場は、煌びやかに輝き回転していた。
ああ、ウン。確かにこの前でプロポーズとかありかも知れない。場合によっては。
結構、派手なメリーゴーランドで少し遠くから見ても夜にライトアップされていれば綺麗なんじゃないかなって思えた。
だが、俺達が到着する前にメリーゴーランドはゆっくりと回り始めた。
「お、俺達の他に誰かいるのか?」
「そういや、さっきミギーが走っていったな」
「じゃあ、ミギーが先に一人で乗った?
でも見えないな」
「おいおい、それじゃあ噂通りじゃないか」
そう俺達の目の前を|誰も乗っていない〔・・・・・・・・〕メリーゴーランドが回っているのだ。
いや、居る!
アイツ、馬の横腹にしがみついてやがる!
ずり落ちたのか、内側の横腹にしがみついているからこちらからは手足しか見えない。
何やってんだアイツ!
ホラ見ろ!スタッフに怒られてやがる。
ホラ、ハルちゃん一緒に謝ってる。カワイソー。
ミギー、何してくれてんの。
などと言っている俺はこの時の事も後で後悔した。
ミギーに皆の意識が集中しているこの時、タックンは暴走していた。
気付いた時には遅く、皆から少し離れた、メリーゴーランドの前で、固まったままのタックンと軽く頭を下げてこちらに戻って来るジュンさんの姿があった。
ミギー、もしかして狙ってやってる?
もうそう言いたい。
ツゲチャンはと言うと、ミギーに頭を下げさせるためにミギーの隣にいてタックンを放置しているし、他のメンバーもミギーばかり見ているからほとんどが気付いていないようなのが救いかも知れない。
俺は何気なくタックンの傍にいき、肩を抱いて皆の所まで、ウンウン、と頷きながら戻ってきた。
タックンは浮言のように「オフ会で仲良くなれるなんて都合の良い夢はなかった。僕は今日一つ大人になった」などと呟き、俺はこうやって夢を見る子供ではなくなり、大人になっていくんだな、と思った。
あれ?これって噂話じゃないか?
もしかしてこれが真相?
まあ、カップルが別れるとか変な噂が立てば閉園にもなるわな、と要らぬ感想を抱いてしまった。
ミギーへのお説教はツゲチャンが一緒に受けてくれて、その間に他のスタッフの手によってメリーゴーランドを動かしてもらい、皆で童心に帰って乗ってみた。俺の隣にはなぜかハルちゃん、そしてタックン。さすがにジュンさんは気まずいらしく距離を取っている。
俺とハルちゃんは話しながらタックンの気分を盛り上げようとしたのだが、むしろ俺の気分が盛り上がってしまった。
ああ、ハルちゃんは優しい。タックンが落ち込んでいるのを知ってあえて話にきてくれたのか。
タックンには悪いが今の俺は「なんだかいけそうな気がする」。
ウン。自重しておいた方が良いだろう・・・。
メリーゴーランドに乗りながらも共通の話題と言えばゲーム。
あの馬に乗ったらこんな感じか、あの限定イベントの馬だとこういう感じなんじゃないか、などという話になるが話題があるのは良い。
そうやってたまには童心に帰るのも悪くないと思った後に、気分一新して『アクアツアー』に乗り込む俺達。
アクアツアーは小人数で船に乗り込み、前半は川を、後半はドーム状の道を降りながら、ドームがガラス張りになっていて周囲一面が水と生き物に囲まれた結構本格的なものになっているようだ。
というかこんな大がかりなのに予算を注ぎ込んだから閉園とかそういった理由じゃないと思いたい。
要らぬ心配を余所にメンバーが決まってしまっていた。
ハルちゃん、俺、ジュンさん、モグの4人で一組になった。
モグもようやく立ち直り、「僕がタックンを止めていれば・・・」などとゲーム内での立場とは逆転した発言をしていた。
そう。俺は舞い上がっていた。
ハルちゃんにジュンさん。そして思いの外、常識人のモグ。このメンバーで組めるなんてなんという幸運。
タックンには悪いが、俺はこのままいかせてもらう。
そして俺達の番が来た。最後をあえて選んだのはハルちゃんがそうしたいって言ったから。
どうやらハルちゃんはタックンやミギーが気になって仕方ないらしい。
まあ、分からなくもない。タックンはともかくミギーはヤバイ。
ああいったノリが外国では普通なのか、と。
イヤイヤ、そんなはずがない。
などと考えながら俺達の船は進み出す。
川の流れに流されながらジャングルのような景色を見る。
透明なガラス越しにワニがいたり、船の下に魚が泳いでいたりと優雅だ。
鳥の鳴き声を聞きながら魚を見ていると、ジュンさんが話しかけてきた。
「あの、タックンさんはどうでした?」
「ああ、気にしないでいいと思いますよ。すぐに立ち直ると思います。またゲーム内で会ったら気にしないで話しかけて上げた方が良いよ。
今日の内は、タックン次第かな。大丈夫。ゲーム内でも結構打たれ強かったから」
とフォローをさりげなく入れておく。後はタックン次第なんだが。
するとハルちゃんが話に入ってきた。
「タックンさんはあんな方だったんですね。もっとしっかりしたイメージがあったんですけども」
「そうなの?わたしはあまりコウさん達と一緒にプレイしてないから分かんない。
じゃあ、コウさんはイメージ通りだった?」
「ええ。すごいピッタリ。後、意外だったのはモグさんかな?
もっとチャラい人がくると思った」
「へえー、そうなんだ。ゲーム内ではモグさんチャラいんだ」
「ゲームはゲーム。実際にやったら駄目な事をするもんでしょ」
なんて俺もモグも実は好感度高いかもしれない。
そんな時、俺は目の端に奇妙な影を見付けてしまった。
なんだ?動物か?アクアツアーにあんな大きな動物を入れて大丈夫か?
と考えながら、話に相槌を打ちつつ眺めていると、それが動いた。
あんな木陰に顔の濃いイタリア人が!
あいつまたあんな所で何かしてやがる。
船から降りてまで何をするつもりだ。
また怒られるじゃないか!
と思ったら、もう一人・・・、ってあれ男じゃねぇか!
というより何やってんだよ!
見なかった事にして立ち去ろう。
あ、今さっきあいつと目が合った?
気のせいか?
そうして俺達は後半のガラス張りのドームを進む。
今度は上に魚がいて陽光が差し込む水の中を進み、皆でその景色に癒された。
途中見たアレがなければ尚良かったのだが皆には言わないほうが良いだろう。
その後、やはりあのイタリア人はスタッフに怒られていた。
自由すぎるアイツを止める事が出来るのはツゲチャンしかいない。
そう考えた俺は傍観に徹し、ツゲチャンがハルちゃんにも任せておけ、と頼もしい事を言うのでハルちゃんも今回は見ている側になった。
その際のツゲチャンのこちらを見てのサムズアップの意味する所は深く考えない事にしたが。
アクアツアーも無事終わり、ミギーはツゲチャンがガードしてくれるようで多少不安だがどうにかなりそうだ。
だが俺はここでふと誰か足りないと感じ、辺りを見回してみるとタックンが居なかった。
「あれ?ツゲチャン。タックンは?」
「あ?ミギーの奴がタックンは調子が悪くなったから『先に帰る』って言ってたって言ってたぞ」
又聞きの又聞きというよくわからない返事が帰って来たがまあ、そういう事なら良いだろう。
その話を聞いていたジュンさんもどこかホッとした表情に見える。
次会う時はゲーム内で明るく挨拶していると思いたい。
そう俺が考えている時、いきなりツゲチャンが俺の肩を抱いて話しかけてきた。
「なぁ、あの二人どうだった?さっきのやつでよ?
なんかミギーの奴が『こういう時はバカな事やって笑わせてスカーッと忘れればイインデスヨ!』なんて言って船から降りやがってよ。
あれだ。ジュンさんの前で二人してバカな事やったんだよな?」
「いえ?何も起きませんでしたよ?」
ん?どういう事だ?あの時はもしかしてジュンさんに何か見せて笑い話にでもしたかったのか?
でも何もせずに二人でゴソゴソしてたよな?
考え事をしている俺の前で、ツゲチャンが頭を掻きながら
「あー・・・、じゃあ、怖じ気づいて何もせずに戻って来たって事か。
そしてどうにも居づらいから先に帰ったと。
こりゃあ、ゲーム内で反省会だな」
とボヤきながらミギーの方へと戻っていった。
そんな俺はふと視線を感じ振り向くと、一瞬だがメリーさんと目が合った。
なんだ?何気にあの人は俺を見ている気がするんだが。
俺達はアクアツアーで癒された後、次にミラーハウスへと向かった。
透明なガラス有り、鏡有りの迷路を抜けていく。
通路が続いていると思ったら鏡だったり、通れると思ったら透明ガラス。
それをあーでもない、こーでもない、と言いながら通り抜ける。
ハルちゃんと。
そう、ハルちゃんと。
なんと、ハルちゃんと。
二人して楽しく迷路を抜けて、多分もうすぐゴールだと思われた時、急にハルちゃんが黙り込んだ。
その後は、「え、あ、うん・・・」なんて上の空で俺の後をついてくるだけで、ゴールしてもなんとなくソワソワしている。
「ごめん。なんか失礼な事言った?」
「ううん。そうじゃないの。私ちょっと向こう行ってくるね」
ハルちゃんはそう言うと俺から離れて皆の所に話をしに行ってしまった。
どうしたんだろう。
何か失礼な事をしてしまったんだろうか。
あの時、何かに驚いたような感じだったんだが何か見たのか?
ミラーハウスに入る前と後じゃ、入る前のあの人懐っこい態度とはまるで別人のようだ。
よくわからない。
するとメリーさんがいつの間にかこっちにやって来ていた。
「彼女どうしたの?」
「いやぁ、失礼な事言ったのかも知れない。でもそんなつもりないんだけどなぁ」
「そう?何か見たとか?」
「え?メリーさん何か知ってるの?」
「いえ?別に」
そう言って彼女は他のグループの中に戻っていった。
そんな俺の背後からあの妙に明るい声がする。
「オー!コウさんに追い付けなかった。残念ー」
「お前があちこち走り回るからだろう!危ないんだよ!
途中どこ行ったか分からなくなるし!」
なんて事をミギーとツゲチャンが話している。
どうやらミギーは入るなりスタートダッシュをかましてツゲチャンを振り切ったようだ。
どこにそんな元気があるのか悩む。
俺のモチベが上がったり下がったりと忙しい中、俺達はドリームキャッスルへと辿り着いた。
良い子のためのお城だそうで、夜に華やかなパレードなんかはしたりしない。
じゃあこのお城は何?と思うのだがどうやらアスレチック感覚で遊べる場所らしい。
ロッククライミングのようなものを楽しめたり、安全ロープをつけた状態で溝を飛び越えたりと、子供に人気だそうで、ワイヤーアクションで空中飛行なんてものもあり大人でも楽しめるようだ。
どこに予算を割くのかと言いたい。
そのチャレンジャー精神が裏目に出た、と言えるのではないかと思えてきた。
ドリームキャッスルにつくとミギーはそのアスレチック感覚の遊び場に一人エキサイティングして走ってどこかに行ってしまった。
多分あの方向だとワイヤーアクションか、と予想し、じゃあ、ロッククライミングからでいいやと違う方向に進む事にした。
残念ながら、ハルちゃんはジュンさんと一緒にまわるようで、俺はツゲチャンとモグの3人でまわる事にした。
ツゲチャンもミギーを追いかけようとはせずにゆっくりまわるようだ。
ロッククライミングの出来る場所に行く途中にツゲチャンとモグが心配そうに話しかけて来た。
「なあ、コウ。お前もまさか撃沈か?なんかハルちゃんと会ったのか?」
「ですよね。ミラーハウスから出てきたらコウさんに対してハルちゃんが妙によそよそしい」
「いや、別に失礼な事をしたつもりはないんだけど。なんか途中で、何か驚いたような顔をしてからいきなり別人のような態度になって・・・」
「そういやそんな噂話もあったっけ?何?コウ、お前呪われてんの?」
「いやあ、コウさんらしくないミスでもしたんじゃないですか?思わず手を握ったとか」
「そこまで勇者には成れないよ。このチャンスは絶対モノにしたかったんだから。嫌われるような事をするわけないよ」
そう。そんなセクハラと間違われるような真似はしない。
もっと仲良くなってからでないと嫌われるのが分かっている事をいきなりはさすがにしない、のだがモグの中での俺はどうなっているんだろう。
あ、あれか。タックンか。既に前例があったか。
そんな事を考えていると、モグが言葉を付け足した。
「じゃあ、なんでなんでしょうね。やっぱりミラーハウスの噂か何かですか。鏡の隙間に悪魔を見たとか」
「おー、噂っぽくていいじゃないか。まあ、コウ。またチャンスがあるさ」
「いや、まだ終わったわけじゃないと思いたい。噂ならなおさら・・・」
そんなこんなを話しながら、ロッククライミングを楽しめる場所に辿り着いた。
スタッフの指示で安全ロープを付ける装帯を着け、ロープをつけてもらい壁面に飛び出た出っ張りを掴んで昇っていく。
そして、男三人揃えばなぜか誰が一番早く目印の場所に辿りつけるか、などとくだらない事をし始める。
勢いはあっても寄る年波には勝てないのか、ツゲチャンが出遅れ、モグと端から見れば遅いし何やってんの、ってレベルだろうけどデッドヒートの結果、僅差で負けた。
「フフ、最初に選んだ場所が勝負の決め手ですね」
などとほくそ笑んでいる所を見ると、何気にうれしいようだ。
そしてそこに声がかかる。
「モグさんもコウさんもすごいですねー!」
「ねぇ。わたしたちもあそこまで昇れるかな」
振り向いたそこにはいつの間にかハルちゃんとジュンさん、そしてメリーさんが居た。
ジュンさんは楽しそうに見ていて、地味にモグが落ち着かないようだ。
ハルちゃんはと言うと、楽しそうにはしているのだが、何を気にしているのか分からないが周りをキョロキョロ見渡したりソワソワしたりとどこか落ち着かない様子だ。
そんなハルちゃんの様子との違いで際立つのがメリーさんで、楽しそうな素振りもあまりないが拍手だけはしてくれている。
ハルちゃんが小声でメリーさんに何か話しているようだがここからじゃ分からない。
だがどうやらまだ終わったわけじゃない、と俺は自分に言い聞かせ、モグと調子に乗って肩を組んでロープ頼みで飛び降りた。
ロープが伸び、かなりの衝撃だったが無事地面へと降りる事が出来た。
しかし、危険だから二人一緒には止めて下さい、と今度は俺達がスタッフに怒られる事になったが、ジュンさんもハルちゃんも笑ってくれたのでヨシとしよう。
なんかタックンの冒険をバカに出来そうもない。
俺達と交代でジュンさんとハルちゃんが昇り始めるが低い所で遊んでいるのを見ていると俺の横にメリーさんが来た。
「結構男らしいじゃない。そういう所が好きなのかな」
「え?」
「なんでもない。ねぇ、どうせならジャンプの方も行ってみない?」
「ジャンプ?」
「ほら、幅跳びみたいなやつ。もうちょっと男らしい所見せてよ」
なんだろう。ここに来て俺の好感度は上昇中のようだ。
「ああ、いいな。次はそれ行こうか。でもメリーさんはしなくていいの?」
「私?私はいいわ。見ている方が好きなの」
「結構運動神経良さそうなのに?」
「高い所が苦手なのよ。だからここのアトラクションはあまり好きじゃないの」
「そっか。残念。メリーさんだったらあのテッペンまでスイスイいけるんじゃないかと思ったんだけど」
「何?おサルさん扱い?酷いわね」
と言いつつもクスクスと笑っているメリーさんは綺麗だった。
そうメリーさんはパンツを履いて来ている。他の女性はスカートなのだが動き易いのを選んだのか一人だけパンツなのだ。
上着もあまりデザインの凝ったものじゃなくアッサリとしたものでいかにもスポーツやってます、という雰囲気だったのだが。
「いくらわたしでもあのテッペンはちょっと無理かも。何?落ちて来た所をハプニングでキャッチしたいの?」
と、ほんの僅かにある願望を見透かされたようなカウンターが決まりかけたので慌てて否定した。
「ち、違う。いや、俺達よりササッといけそうだったからさ」
「フフッ。体動かすのは得意よ。なんなら今度一緒にやってみる?」
あえて主語がない言葉に別の期待を抱きつつも、ああ、でも違うんだろうな、やっぱり、とオチを考える俺。
ここはあえて『何を』なんて不粋な事を聞かずに流す事にした。
「ハハッ。予定が合えばね」
なんて格好つけた言葉でさりげなく逃げ道を確保していると、モグとツゲチャンがこっちを見ていた。
2人に微笑んで手を振っているメリーさんとその横に居る俺を『裏切ったのか、同志よ』みたいな感情を込めた目で見るモグとツゲチャン。
しかしだ。モグは先程からジュンさんと楽しげに話していたはずだ。ならモグはこちら側の人間のはずなんだ。
だからモグにとやかく言われる筋合はない。
ツゲチャンも何かと楽しんでいるんだからそんな目で見ないで欲しい。
そうしている内にハルちゃんとジュンさんも降りてきて、俺達はジャンプが出来る所に向かって歩いていった。
何かのアトラクションの名残のようなものがあって、その場所は地下にあった。
俺は何故かメリーさんと話しながら先頭を進む事になり、ツゲチャンとモグが続き、その後にハルちゃんとジュンさんがついてきていた。
少しだけ通路が狭いからこうなっているんだがこれは良い展開なんだろうか?
ん?あそこ、壁のカモフラージュがあるのに扉が開いているから部屋があるのがモロバレだ。
あーあ、用具室でも見付けちゃったかな。
まあ、とりあえず中を少し見てから扉を閉めるか。
俺はふと目線を先に向けた時に、扉が開いているためにカモフラージュの模様があっても無意味になっている場所を見付けてしまった。
そんな俺の頭の中にあの文章が甦る。
遊園地らしいお城があったんだが、そこにある部屋で顔の割れた男性が振り向きニヤリと笑う場面に出くわしてしまった。
メリーさんは居て横で笑っている。赤い雨?も一応は降った。
なら、あそこには誰かいるはずだ。
日記の内容が的中するのかドキドキしながらも俺は扉に近付き、中を確認してみた。
するとそこには・・・
あごの割れたイタリア人が!
ってお前かよ!
なんでいつも何かあるとお前がいるんだよ!
ミギーはこちらを振り向きニヤリと笑い、
「オー!、コウさ・・・」
バタン!
俺は速攻で扉を閉めた。
あれだ。ミギーとあんな場所で2人切りにでもなったらそれこそ拷問だ。
暑苦しいわ、うるさいわ、何をしだすか分からないわ、の三重苦だ。
そして俺は何事もなかったかのように歩きだした。
「ねぇ?何があったの?」
なんてメリーさんが聞いて来たが俺は
「顔の割れた男性が振り向きニヤリと笑ってただけ」
「ここってホラーのアトラクションじゃなかったと思うんだけど・・・」
「まあそういったものも用具室にしまってあるんじゃないかな」
「ならいいんだけど。ねぇ、本当は何を見たの?」
「・・・ミギー・・・」
するとメリーさんの顔つきが変わった。
「何してたかわかる?」
「まったく。顔があったから急いで閉めた」
「そう。とりあえず、何をしでかすか分からないから連れて行きましょうよ」
「かもな」
とメリーさんの提案をイヤイヤ受け入れてみる。
もう一度扉を開けるとミギーが飛びついて来た。
「オー!ヒドイですねー。中に入ってくれば良かったのに」
「誰が入るか!お前と二人切りなんて考えられるか!」
慌てて距離を取ってそう言った俺の横でメリーさんがミギーに質問していた。
「ねぇ、あそこで何していたの?」
「扉が開いていたので興味本位で入っただけです」
「なにか珍しいものあったの?」
「別に何も。何か驚かせる事が出来るか考えていただけです」
「あまりそういうの止めた方がいいよ?コウもそう思うでしょ?」
そこでメリーさんは俺に同意を求める。
その時、ミギーの目つきが鋭くなったのは気のせいか?
「ああ。もう充分遊んだだろ。お前。普通に楽しめよ」
俺は当然メリーさんに同意してミギーを嗜める。
するとミギーは一瞬黙り込んだがすぐに肯定してくれた。
「そうですね。わかりました」
と言いながら大人しくなって後についてきた。
その後、ドリームキャッスルで溝を超えたりワイヤーアクションで空を飛んだりと皆で楽しんだ。
ミギーも大人しくなり、皆ようやく落ち着いて楽しめるようになったのだが、すでに昼下がり。
初めからそうしていてくれ、と言いたい。
皆で最後に観覧車に乗ろうという事になり、ワイワイいいながら観覧車の前まで来た。
どうやらまた誰と乗るかの勝負にはなりそうなんだが、ハルちゃんとジュンさんが一緒に乗ると言っているから俺は参加せずに残った席に座る事にしてすこし離れた所で観覧者を眺めていた。
今日の楽しい一時もこれで最後か、と残念に思いつつ、騒がしかったが楽しかったな、とハプニングだらけにしてくれたどこかの誰かさんにも感謝したい気持ちに浸っていた。
その時、俺の耳に小さな声が聞こえてきた。
「・・・出して・・・」
俺がその声に驚いて、横を見るといつの間にかメリーさんが横にきていた。
「いいからこっちを見ないで左手にスマホもって。アドレス交換」
そう。どうやら俺にも春が来たようだ。
何か周囲に気付かれないようにしたいらしい。
シャイなのか?シャイなのか!?
とりあえずはニヤケそうな顔をムスッとしながらもどうにか今までの人生で一番うまくスマホを操作して左手にそれとなく持った。
するとメリーさんからの送信。
彼女はこちらを見る事なく一言言って皆の所へ行った。
「家に帰ったら必ず連絡頂戴ね。約束よ。期待していいから」
その言葉に顔のニヤケが止まらない俺。
ふと視線を感じるとあのミギーがこちらを見ていて、目が合うと視線を逸らせて皆と話を再開したようだ。
なんだ?
しかしだ。あの日記、もしかして本物なのか。しっかりサプライズがあった。
それも俺の予想を上回る。
そんな俺は観覧車はメリーさんと2人きりになった。
「観覧車もひさしぶりに乗ると楽しい」
そういうメリーさんに相槌を打つ。
「だよな。まあ男同士だと結構キツイけど」
「じゃあ、あそこは結構大変そうね」
といいながら、俺達の次のカゴにいるツゲチャンとミギーを指さす。
ああ、ツゲチャン。ここでも損な役割を受け持ってんだ。
後で飯でもおごってやろう。
メリーさんが指さして俺が見ると丁度ミギーもこっちを見て手を振っている。
ツゲチャンもノリが良いから一緒になって手を振る。
あの2人だと一体何を話してるのかが気になるが、とりあえず手を振り返しておく。
「でもさ。一緒に乗るんだったらここでアドレス交換でも良かったよな」
「どうなるかわからなかったからいいんじゃない?交換しそびれるよりかは」
「まあそうだよな。でもどうして俺?」
「それは秘密。帰ったら絶対連絡頂戴ね」
「ああ、それは勿論。期待しておくよ」
「フフッ。そうね。期待してもらっていいわ。サプライズがあるかも」
そうやって今日の出来事だとかを話し合っていると早く一周が終わったような気がした。
ミギーが『もう一周!』とか言ってツゲチャンが強引に降ろしているのを見ながら皆で集合し、今日はそこで解散になった。
その後は自由行動らしい。
俺はと言うとハルちゃんもメリーさんも帰ると言っているから帰ることにした。
このまま残るとミギーに巻き込まれかねない。
ツゲチャンもモグも『帰ってログインしてタックンと反省会だ』などと言い、俺もそれには同意し皆とサヨナラした。
今日はひさしぶりに良い一日だったと自分に言いたい。
俺は浮かれながら帰り道を歩いていたのだが、もう少し冷静になるべきだったと後で後悔した。
俺は周りを見ていなかったのだ。
住んでいるワンルームマンションにまで辿り着きエレベーターに乗って自分の部屋のある3階に降りる。
そのまま階段の近くにある自分の部屋に向かい、鍵を開けようとした時、階段を誰かが昇ってくる音が聞こえた。
鍵を開けながらそちらを見てみると、
ミギーがいた・・・
ミギーは凄い目つきで俺を見て走ってきそうだったので慌てて扉を開けて中に入ったが追い付かれた。
日記でサプライズがあるっていってたけど、これの事か!
メリーさんの方じゃなかったのかよ!
ミギーに扉との隙間に体を差し込まれたので俺はそのままトイレに逃げ込んで鍵をかけた。
するとハァハァと荒い息のままミギーは扉の前まで来てガチャリとドアノブを回してこう言った。
「ああ、あんな女と仲良くするなんて許さない。
お前は俺のものだ。存分に遊んでから刻んでやる!」
ミギーが強引にドアノブを回しながら扉ごと外しそうな勢いで引っ張っているので俺はドアノブを握りながら必死になっているとそこに着信が。
焦って通報も忘れていた俺にとっては天の助けかと思える着信だった。
片手で操作して電話に出ると向うから聞き覚えのあるいきなりな声がした。
「ごめん。遅かった。早くそこから逃げて!」
「なんだよ!どういう事だよ!」
「殺人犯があなたを狙っているの!あなたを狙ってるのよ!」
「今その際中だよ!期待していいってこれの事かよ!」
「あなたの部屋、何階なの!?」
「301!それより警察に通報してくれよ!」
「ちょっと待ってて!」
そう言うとブツリと切れる通話。
後は間に合ってくれるか、と祈りながらドアノブを必死に握る。
そのままどれだけ経っただろうか。
蝶番もガタがきて、閉まりの悪かった鍵もバカになってもうダメだと思った時、
「警察よ。ミゲル!殺人容疑で逮捕します!」
ああ、間に合ってくれたようだ。
ドタバタと外で何人かが取っ組み合っている音がして『お前には渡さない!』『おとなしくしなさい!』などと言い合いがあった後にようやく静かになった。
そして、コンコンと静かになった室内に音が鳴り響く。
「わたし。メリー。今あなたの部屋にいるの。驚いた?」
そう。メリーさんの声だった。
俺は慌てて扉を開けた。
そこにはメリーさんが微笑んでいて、その後に2人の警官と取り抑えられたミギーがいた。
その光景に言葉が出ない俺に、すまなそうにメリーさんが付け足した。
「ごめんなさい。ずっと前からミゲルを見張ってたんだけど証拠がなくて捕まえられなかったの。
そんな時に友達にオフ会のボディガードを頼まれて参加したらミゲルとあなたが居たわけ。
もうびっくり。仕事なのか遊びなのか分からない状況だったわ」
「でも良く俺のマンション分かったな。
あれか?警察の権限か何かで調べたのか?」
「まさか。たまたま、というかここがミゲルの行動範囲に入っていたのよ。
なぜか離れた場所なのにミゲルは時々このマンションの周辺を歩いていた事があるの。
その時はなぜ、って思ったけど、あなたを見てピンときたわ」
「でも良くこんな早く駆けつけたよな。助かったよ」
「ごめん。実は遅いの。
ミゲルが別の場所で別件の事件を起こしていたのが分かって、ミゲルの尾行を中断して私は戻ったの。
すると同僚は尾行をまかれてどこに行ったか分からなくなったけど家には戻らなかった。
だから私はあなたが危ない、と思って、このマンションだとあたりをつけて駆けつけたの。
間に合って良かったわ」
「そうなのか。なんか俺、色々ありすぎて疲れたよ」
「あら?でも期待して良かったでしょ?」
「確かにな。でもそれならそれで先に伝えてくれたらいいじゃないか」
「捜査の内容を民間人に話すのなんて違反に決まっているじゃない。まだ疑わしいだけで犯罪者でもなかったし」
「こっちとしては命の危険があるから知りたかったなぁ」
「フフッ。ごめんね。お詫びに今度何か奢ってあげるわ」
「いや。それならこっちが奢るよ。助けてもらった御礼にな。刑事さんとかじゃなくメリーさんとして」
「いいわよ。でもいいの?ハルちゃん怒るかもよ?」
「それとこれとは別。御礼は御礼。というか何?ハルちゃんもしかして俺に気がある?」
「友達の事は秘密。自分で聞いてみなさい」
さすがにおカタイ。
ただ思った事がある。
知っていようが知っていまいが結局は危機を避けられない未来日記なんて俺には必要ない。
むしろ、勘違いして危ない目にあったとも言える。
きっちりした情報じゃなくあいまいな情報しか手に入らない日記じゃあその内錯覚して間違って取り返しのつかない事になる。
それなら、見ない方が余程マシだ。
だが言える事はある。
もし俺が今日の日記を書くとしたら、全く同じように書くだろう。
今日の俺にはそれだけの大切な出会いがあった。
昨日の俺がそれを見て同じ結末に辿りついてくれるのを願って。
落語に良くある出したお題をクリアしていく形式にしましたw