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襲いくる闇夜

第二章 襲いくる闇夜


     一


 まだ自分の目で見えていた頃の、一番鮮明な記憶の光景。

 東の空が白々と明けつつある、青い世界。西の空にはまだ闇の残った、静かな世界。

 洞窟の外に置いた、(みんな)の手作りの肘掛け椅子に座って、たくさんの毛布を掛けられ、東の空を見つめる少年。

 夜明けが見たいからと、無理を言って洞窟から出てきたのだ。

 心配そうな仲間達に見守られながら、少年は、私物として、街からただ一つだけ持って出てきた、お気に入りのハーモニカを吹く。

 弱々しい途切れ途切れの音色は、精一杯優しい曲を紡ぐ。

――「(みんな)と一緒に、夜明けが見られて、よかった……」

 呟いた少年に、自分と同じ外見の少女が縋り付く。

――「あたしは、ずっとここにいる。おまえと、ずっとここにいる」

 少女の言葉に、少年は、寂しげに微笑み、首を横に振った。

――「駄目だよ。きみ達は、この未来(さき)を生きてくんだから」

 涙で、少年の顔が、少女の顔が、夜明けの世界が、滲んでぼやけた。


          ○


「あら、元気になったのね」

 司令官室から出たところで、声をかけられて、イルシンは片眉を上げた。通路の先に、先を揃えて短めに切った髪を頬の辺りで揺らし、相変わらずエメラルドグリーンの軍服を隙なく着こなした平春(タイラ・ハル)が立っていた。

「よう」

「司令官殿に、何の用だったの?」

 くっきりと睫毛に縁取られた両眼の、黒い瞳がイルシンを見据える。階級が一つ下でも、ハルは物怖じせず、友人口調で話し掛けてくる。

「あの上等兵曹殿関係のこと?」

 相変わらず勘が鋭く、好奇心も旺盛だ。

「まあな」

 イルシンは曖昧に答えた。この後の全体礼で正式に発表されるまでは、言わないほうがいいことだろう。ユウが、ハルも含めたこの基地の全兵士に対し、必要に応じて能力を使用していることも、教えられた上で口止めされた。

「随分と、あの上等兵曹殿に気に入られてるのね」

 歩み寄ってきたハルは、赤い唇に笑みを浮かべ、妙に皮肉っぽく言う。

「精神感応科兵は『くそ野郎』だって、あんなに言ってたのに」

「変な勘繰りはよせ」

「まあ、まだお子様だものね」

 手を振って擦れ違って行ったハルを、イルシンは顔をしかめて見送った。ハルとは、彼女がこの基地に赴任してきた後暫く、付き合っていた。ハルがこの基地に慣れた頃、自然解消してからは、気の置けない友人の一人だが、人を放っておけない性質らしく、今でもイルシンの私事について、いろいろと口を挟んでくる。イルシンが惑星パールの高麗(コリョ)民主国出身とうことも、惑星サン・マルティンと交流の深かった惑星パールではUPOによって大勢が亡くなり、その中にイルシンの叔父がいたことも、その叔父を隔離施設へ連れ去ったのが精神感応科兵だったということも、まだ覚えていて、気にしているのだろう。

(精神感応科兵でも、カヅラキ・ユウは、UPO被害者だからな……)

 溜め息をついて、イルシンは自室へ戻った。


          ○


 カヅラキ・ユウが着任してから二度目の、惑星サン・マルティン地表基地の全体礼は、緊迫感漂うものになった。

 まずは、基地司令官チャン・レイから、第八整備班の四名が、何者かからの「精神的攻撃」を受けて、七十七番、七十八番キャタピラを破壊したこと、カヅラキ・ユウの働きにより、一旦その「敵」は退いたが、再び襲ってくる可能性の高いことが告知された。

 講堂一杯の、ざわつく兵士達に、チャン・レイは壇上から、マイクロフォンの音量を上げて伝える。

〈この「敵」について、総本部は、テレパスの可能性が高いと考えている。ゆえに、精神感応科診療部隊所属カヅラキ・ユウ上等兵曹がこの基地に配属されたのだ。今後は、カヅラキ上等兵曹を中心に、特務班を編成し、この「敵」を捕獲、或いは殲滅する作戦を実施していく。この特務班の編成は迅速に行なっていくが、まずはソク・イルシン上等兵がこの特務班所属となったことを発表しておく。以後、この特務班に所属する者は全員特殊任務に就くため、通常任務の交代勤務(シフト・ワーク)からは外れることになる。混乱のないよう、各自厳重に交代(シフト)の確認をしておくように。この基地の全員が一丸となって、今回の「敵」に対処することを期待する。わたしからは以上だ〉

 続いて、カヅラキ・ユウが壇上に登った。こちらは相変わらず緊張感のない顔で、(スタンド)に取り付けられたマイクロフォンの前に立ち、口を開く。

〈じぶんから、一つ忠告をしておきます。頭の中に空気振動を介さない「声」が響いても、無視して下さい。それが「敵」です。そして、すぐに、じぶんに報告して下さい。宜しくお願いします〉

 後は、諸連絡があって、全体礼は終了した。通常任務のシフトから外れたイルシンは、そのままカヅラキ・ユウのところへ行く。二人とも、三交代制の休息と待機ののちの、勤務開始である。全体礼ののち、勤務に入る者、休息に入る者、待機に入る者、各員それぞれ散っていく中で、カヅラキ・ユウもじっとイルシンを待って立っていた。

「これから、どうするのでありますか?」

 とりあえず任務中の言葉遣いで問うたイルシンに、カヅラキ・ユウは、見上げる振りをして答えた。

「『敵』が来るのを待ちながら、この基地にあるサン・マルティンの悲劇に関する資料を当たります。何か、手掛かりが見つかるかもしれませんし。……それから、周りに人がいる時以外は、任務中でも、敬語じゃなくていいです。何か、そうやって話し掛けられると、じぶんも疲れるので」

「了解。……にしても、資料調べとは、地味だな」

「仕方ありません。こちらは基本、待ちの一手ですから」

 淡白に言って、ユウは歩き出す。その斜め後ろをついて歩きながら、イルシンは低い声で確認した。

「……で、『敵』で、いいのか?」

「はい。あれは、確かにアサの声ですが、アサと断定することはできませんし。この基地の皆さんに危害を加えてるのは事実ですから」

「おまえの姉さんじゃなかったら、一体誰だってんだ? 司令官はテレパスの可能性が高いとか言ってたが」

「空気振動を介さない『声』を使うという一点だけで、『敵』がテレパスであることはほぼ確定です。後は、姉かどうかですが、それは、未確認事項ですから。じぶんにも、あれが姉なのかどうか、はっきり分からないんです。姉は、生存すら公式には確認されてませんし」

「そうだったな……」

 イルシンはユウの心情を慮って言葉を切り、次いで、もう一つ気になっていたことを問うた。

「それはそうと……、おまえ、何で一々おれのほうを見るんだ? おれはもうおまえの目のこと知ってんだから、別に無理に見る振りなんてしなくていいんだぜ?」

 すると、ユウは足を止めて、また真っ直ぐに瞬きもせずイルシンを見上げた。

「相手の目を見て話すのは、意思疎通(コミュニケーション)の基本だと、学校で教わりました。それに、じぶんは今、あなたの視覚を借りて視覚情報を得てます。あなたの視線は気ぜわしい感じで落ち着きがなくて、時々酔いそうになりますけれど」

「悪かったな……」

「こうして、あなたを見るということは、じぶんにとって、鏡を見てるようなものなんです。あなたの目を通して、じぶんは、じぶんを見て、表情の確認などさせて貰ってます。要するに、コミュニケーションの練習をさせて貰ってるので、気にしないで下さい」

「おれは練習台か」

「すみません。じぶんが、これだけ自分のことを直接明かした相手は、あなたが初めてなので」

 そう言ってじっと見上げられると、何となくこそばゆい感じがして、頼みとされている視線を外したくなってくる。

「――分かった、練習でも何でも好きにしろ」

 イルシンは溜め息をついて降参した。

「ありがとうございます」

 律儀に礼を言って、ユウはまた歩き出す。行き着いた先は、基地の誰もが利用できる図書室兼資料室だった。もっと、機密の臭いの立ち込める場所へ案内されると予想していたイルシンは、拍子抜けして言った。

「こんなところで、何か新しい情報が得られるのか?」

「可能性は(ゼロ)じゃありません。ここで調べものをした人は誰も、じぶんと同じ視点で、資料に当たってはないでしょうから」

「おまえと同じ視点?」

「隠された生存者がいる――つまり、カヅラキ・アサが生きてるはず、という視点です」

 ユウは、さっさと椅子に座り、資料端末を立ち上げながら、言う。

「アサは、じぶんとほぼ同じ外見、同じDNAを持ってます」

 そこまで言われれば、イルシンにも、ユウが疑っていることが理解できた。

「要するに、おまえの姉さんは生きてるが、おまえとして資料には載ってる……、資料上は、二人が一人として扱われてるってことか」

「その可能性が一番高いと、じぶんは思ってます」

「けどそれは……、軍の情報管理を疑うってことだぞ……?」

「もし姉とじぶんを一人として扱ってたとしても、それは、姉が何かをしたせいであって、軍の故意じゃない、という結論に辿り着きたいですね、軍人としては」

 動き出した端末画面を見つめる振りをしたまま、冷ややかに、ユウは答えた。



 資料室兼図書室に垂れ込めた沈黙を、基地移動のいつもの振動が優しく支えている。エドウィン・ローランド一等兵とかいう、まだ十八歳の経験の浅い奴と同じシフトになったと、ヴァシリは嘆いていたが、それなりに上手く操縦しているようだ。十八歳でもう一等兵なのだから、精神感応科のカヅラキ・ユウのような特殊な例を除けば、早い出世であり、優秀なのだろう。

(こっちは地獄だがな……)

 たった二人っきりでここにいる特務班の上官、カヅラキ・ユウ上等兵曹は、先ほどからただの一言も口を利かない。尤も、そのテレパシー能力でイルシンの思っていることなどは全てお見通しなのかもしれないが、どちらにせよ、居心地が悪過ぎる。

(確かに、おれが余計なこと言ったのが悪かったのかもしれねえが……)

 普段のカヅラキ・ユウがあまりにも淡々としているので、その記憶の一部を見せられて尚、その情念の部分を分かりきっていなかったのだ。

(軍を恨んで、いろいろ疑惑持ってて当たり前だってのに、おれは……)

 自己嫌悪に陥ると同時に、迷いもする。

(おれは、これを、司令官に報告するべきなのか……?)

 例え上官であっても、軍の方針に反した行動を取った場合は、告発をしなければならない。服務規定には確かそのような内容のものがあったはずだ。

(けど、これはまだ、軍の方針に反した行動とまでは、言えねえはず……)

 現時点でのユウは、ただ、任務に必要な情報を収集しようとしているに過ぎない。じっと資料端末の画面を見つめるという任務に従事しているイルシンの目を通して、当時の記録映像や報道資料、公開データを精査しているに過ぎないのだ。

「おかしい……」

 唐突に、ユウが呟いた。資料端末を操作して、とある映像の同じ部分を、繰り返し画面に流している。何となくその映像を見ていたイルシンは、初めて意識して、そこに映る少女を見つめた。

 カプセル型ストレッチャーに入れられて運ばれる少女。サン・マルティン封鎖が解かれてすぐの、生存者救出作業を記録した映像だ。その少女が映っているのはほんの数秒で、しかも手前に映っている別の子供達のほうがメインで撮影されているため、遠目で分かりにくいが、ユウに似ているように見えた。

「これ、おまえか……?」

 そっと訊いたイルシンに、ユウはやや上擦った声で言った。

「そのはずですが……、じぶんは、左利きなんです。でも、ここです。ストレッチャーに乗せられる時、咄嗟に医療科外科部隊の兵士に掴まってる手が、右手なんです」

「たまたま、じゃねえのか?」

「特に左手を怪我してるようには見えませんし、そんな記憶もありません。だったら、咄嗟に出るのは、じぶんの場合、利き手の左手のほうだと思います。それに、左手を怪我した記憶どころか、じぶんには、救助された時の記憶は一切ないんです。気を失ってる間に、救助されたはずなので。でも、この映像では、明らかに自分で動いてて、意識がある。まあ、そうは言っても七歳になったばかりでしたから、単に、抜け落ちて覚えてないだけかもしれませんが……」

 言われてみれば、そうだった。それに、イルシンの利き手は右手だが、自分がこけそうになった時などを想像してみると、確かに、両手とも使うにしても、より体から遠くへ咄嗟に伸びるのは、利き手の右手である気がする。だが、映像の中の少女は、よろめいた際、右手を伸ばして、白い防護服を着た兵士に掴まっている。

「ってことは、こいつはおまえじゃなく……」

「アサである可能性が高いです。アサは、右利きなので」

「一卵性の双子でも、利き手は違うのか?」

「はい。受精卵が二つの個体に分離するのが受精後九日目から十二日目ぐらいまでの間だった場合、左右対称双生児(ミラー・ツイン)といって、利き手やつむじの位置などが逆になるんです」

 イルシンには初耳のことだったが、重要なのはそこではない。

「なら、おまえの姉さんは生きてるってことだな」

「少なくとも、軍に救助され、どこかへ収容されたと、考えられます。この惑星上に、そういう施設がないか、それも調べて下さい」

「おまえは、救助された後、どこに収容されたんだ?」

「じぶんは、気がついた時には、惑星メインランドにある人類宇宙軍総本部敷地内の軍病院に収容されてました」

 双子が二人とも軍の施設に収容されたなら、その片方の生存が公になっていないのは、故意に隠された可能性が高い。軍が故意に、カヅラキ・アサの生存を隠した可能性が高いのだ。そのことを考えてだろう、ユウの表情は暗く、硬い。イルシンは、溜め息をついて言った。

「まあ、明るく考えろよ。『姉さんは生きてたんだ、よかった』ってな……?」

 ユウは驚いたように顔を上げ、またイルシンの顔を見つめる振りをして言った。

「あなたは、日常生活ではネガティヴな発言が多いのに、重大局面になると、びっくりするほど前向き(ポジティヴ)ですね。羨ましいです」

 少しばかり馬鹿にされたような気もしたが、イルシンはユウの表情がましになったことでよしとした。

 衝撃は、その直後に来た。

 急に基地全体に制動がかかり、立っていたイルシンはよろめいて壁に肩をぶつけ、資料端末前の椅子に座っていたユウは、椅子ごと倒れて床に投げ出された。

「おい、大丈夫か?」

 とりあえずユウの怪我を確かめ、大したことがないと確認すると、イルシンはすぐに腕端末で状況を確認し始めた。しかし、それより早く、ユウが言った。

「『敵』が、来ました」

 その言葉を追うように、基地全体に警報が鳴り響き、続いてタイラ・ハルの緊迫した声が非常事態宣言レベルBの発令を告げた。



(何なんだ、一体……!)

 ヴァシリは歯を食い縛って、同じシフトの同じ陸戦部隊所属エドウィン・ローランドや通信部隊所属タイラ・ハルとともに、状況確認を進めていた。把握できたのは、百基あるキャタピラの内、四十基がほぼ同時に動かなくなったことと、全てのキャタピラ整備班と連絡が取れなくなっていること。司令官チャン・レイが非常事態宣言レベルBを即座に発令したのも頷ける。

(「敵」が来たのは間違いない。後は、イルシン、おまえとおまえの上官に頼るしかないみたいだよ……?)

 ヴァシリは、粗暴だが信頼の置ける親友に、胸中で声援(エール)を送った。



「〈感染〉された人数が多い……!」

 眉間に皺を寄せ、苦々しく言ったユウは、これまでになく平静さを失っているように見えた。

「〈感染〉……?」

 イルシンは、精神感応科診療部隊特有の用語らしい言葉を聞き返した。UPOに関することかもしれないと思ったのだ。

「あなたには、精神感応科の用語についても、勉強して貰わないといけないですね……。でも、それは後です。今は、ただ、『敵』に操られてる状態と理解しておいて下さい」

 ユウは資料室兼図書室から出て行きながら告げると、命じた。

「とりあえず、一番近くの整備班待機所へ連れてって下さい」

「了解」

 言葉遣いを改めて、イルシンは先に立って走り始めた。

 資料室兼図書室から一番近いのは第三整備班の待機所である。最短経路(ルート)で下へ降りて、イルシンは第三整備班の待機所をユウに示した。が、ユウはやはり待機所には寄らず、そのまま近くの三十番キャタピラの乗降口を開けて階段を下り、キャタピラ内に入った。

 予想通り、照明の落ちた内部には第三整備班の兵士がいて、イルシンが小型懐中電灯で照らした先で、虚ろな目をして破壊活動をしていた。但し一人だ。

「成るほど、十基に四人ずつの整備班員が一人一基ずつで四十基か……」

 ユウは、イルシンには分からないことを呟いて、小型懐中電灯の光の中、整備班の兵士に歩み寄る。イルシンにしたのと同じように無造作にその軍服の襟を掴み、兵士の額に自分の額を押し当てた。

「〈接触〉開始」

 ユウが呟いた瞬間、その小柄な体から青白い静電気のような光が迸った。そして――。

 イルシンは見た。ユウが背伸びして額を当てた兵士の背後に、ぼうっと浮かび上がるようにして現れた、幼い少女の姿を。それは、ユウの記憶の中にいた姿そのまま――薄汚れた白いワンピースを着た六、七歳の少女だった。きっと、前回は、イルシンの背後に現れていたのだろう。

 記憶の中から現れたかのような少女は、兵士の背後からユウを睨み付け、口を動かして何かを言っている。と、それに答えるように、ユウの声が響いた。

「違う! 逃げたんじゃない……! わたしは、助けたかった……! ニコライだって……! そんなこと……!」

 けれど、幼い少女は、更に何かを言い、それから不意に、イルシンのほうを見た。憎悪に煮え滾るような、恐ろしい眼差しだった。イルシンは心臓を掴まれたような感覚がして、膝をつく。直後、ユウが叫んだ。

「ここの(みんな)を、巻き込むな……! 〈対象〉、当基地内の〈感染〉者全て。〈一時的意識不明(ブラックアウト)〉!」

 同時に、また青白い光がユウの体から、今度は辺りを圧するように一瞬閃き、直後、兵士もろとも、ユウはその場に崩れるように倒れた。

「おい!」

 イルシンは叫んで、何とか立ち上がり、駆け寄って、ユウを助け起こす。瞬間、びりりと感電したような衝撃があり、頭の中に、空気振動を介さない「声」が響いた。

【おまえ、〈精神攻撃抗体〉を持ってるのか……。まあ、いい。おまえ達は、このまま、夜に呑み込まれる。仲良く、おやすみ……!】

 嘲笑するような「声」はそれきり聞こえず、後には、静寂が訪れた。幼い少女の姿も、いつの間にか消えている。

「おい、ユウ!」

 イルシンは小柄な上官の顔を小型懐中電灯で照らした。見えない両眼を虚ろに開き、何か言いたげに口も半開きにしたまま、ユウは意識を失っていた。


     二


 ユウが撃退したせいか、それ以降「敵」が現れなかったので、非常事態宣言はレベルEに引き下げられ、待機中の兵士達が上級者に指示された任務に従事している以外は、基地は緊迫感に包まれながらも、平常に近い状態に戻っている。

「整備班の連中は全員意識が戻ったみたいだね。でも、キャタピラのほうは、直すのに随分時間がかかる。何しろ四十基を一度に破壊されたからね。暫くの間、ぼく達は夜の住人って訳だ」

 医務室を訪れたヴァシリの説明に、椅子に座ったイルシンは、目の前の寝台に寝かされたユウの寝顔を見つめたまま、眉間に皺を寄せた。四十基のキャタピラは、ただ動かなくなるようにではなく、回らなくなるように破壊されている。つまり、ブレーキがかかっているのと同じ状態だ。全部で百基のキャタピラの内、二十基くらいまでなら、ブレーキがかかっていても他のキャタピラが引きずる形で、基地自体は何とか動く。だが、四十基ものキャタピラが回らなくなると、さすがに進まないのだ。サン・マルティン地表基地は、いつものように夜前線を追い越して昼の世界へ出ることが叶わず、長い長い夜の中に居続けることになる。

(あの幽霊――カヅラキ・アサが言った通りの状況になった訳か)

 ぼうっと浮かび上がった、やや透けた幼い少女の姿は、カヅラキ・アサのものだった。「声」も、以前聞こえた「声」と同じだったので、やはりカヅラキ・アサのものだろう。

(やっぱり、もう死んでて、幽霊になってたのか、それとも、生きてて、あの姿も、テレパシー能力なのか……? おまえ、姉さんと一体何を話したんだ……? 何か、恨まれてたのか……?)

 倒れてから一時間が経ったが、ユウはまだ目覚めない。意識は戻らないまま熱が出て、水分と栄養補給の点滴をされている。

「整備班の連中は、全員、上等兵曹殿の『声』を聞いたんだってね」

 ヴァシリがイルシンの隣に立ったまま、ユウを見下ろして、ぽつりと言った。

「ああ」

 イルシンは頷く。ユウをこの医務室に運んでから、イルシンはずっとここにいるが、周りは医療科外科部隊の兵士に運ばれてきた整備班の兵士達で埋め尽くされている。そして彼らの口から、一様に、ユウの「声」のことが語られたのだ。

「こいつの『声』が、〈一時的意識不明〉って言った途端、整備班の連中は気を失って……、目が覚めたら我に返ってたらしい」

「〈一時的意識不明〉か……。ぼく達には分からない用語だな」

 ヴァシリの独り言めいた言葉に、イルシンは顔をしかめる。自分は――自分達は、精神感応科兵のことを、テレパスのことを、何も知らない。

――「だから、じぶんが派遣されました。精神感応科と、他の科との連携を深めるというのが、軍のこれからの方針です。それと、テレパシー能力自体についても、協力して、理解を深め、知識を増やさないといけません」

――【だから、お願いします。ソク・イルシン。どうか、じぶんの目になって下さい。じぶんは、この惑星で、しなければならないことがある。そのために、あなたの力を貸してほしいんです】

――「あなたには、精神感応科の用語についても、勉強して貰わないといけないですね……」

 ユウの言葉の数々が脳裏に蘇る。

(分かったよ)

 イルシンは胸中で呟いて、椅子から立ち上がった。

「ついててあげないの?」

 ヴァシリの問いに、イルシンは自動扉へ向かいながら答えた。

「おれがここでぼうっとしてても、何も解決しねえだろ? こいつが起きた時に、一つくらい、いい報告してやらねえとな」

「へえ……」

 ヴァシリの返事を背に聞いて、イルシンは資料室兼図書室へ向かった。



「あいつ、自覚してるのかな」

 呟きながら、ヴァシリは先ほどまでイルシンが座っていた椅子に座る。

「あなたに対する態度が、百八十度変わってることを。あなたは、少なくとも、あいつの心を変えることに成功したんですね……」

 あどけなさの残る顔で、十五歳の上等兵曹は昏々と眠り続けている。

(正直、ぼくはまだ、きみのこと信頼し切れないし、許すこともできない。でも、あいつはきみのことを受け入れた。だから、あいつを大切にしてほしい。裏切らないでほしい。本当に、いい奴だから)

 イルシンやヴァシリの過去がUPOとどう関わっていたのか知ろうと思えば、推測も、調査も、いつでもできるだろう。恐らく、知った上で、カヅラキ・ユウはイルシンを利用している。そして、ヴァシリのことを避けているのだ――。



 さすがに軍の施設の資料室兼図書室だった。イルシンが資料端末で〈一時的意識不明〉を検索すると、すぐに求める答えに行き着いた。

[〈一時的意識不明〉――人類宇宙軍公式(オフィシャル)精神干渉技。〈対象〉の全ての感覚細胞に大量の刺激を与えて飽和状態にさせ、〈対象〉が受けている精神攻略を一旦解除する技。精神干渉で、より高度な精神攻略を一時的にせよ無効化するため、相当な〈出力(パワー)〉が必要とされ、通常は〈対象〉一名につき精神感応科兵一名が使用する]

(それを、あいつ、整備班の四十人全員に一度に使ったのか。倒れる訳だ、無茶しやがって……)

 イルシンは顔をしかめつつ納得し、〈感染〉についても検索してみる。やはり、すぐに答えが出てきた。

[〈感染〉――人類宇宙軍診療部隊において主に使用される専門用語。〈対象〉が精神攻略を受けている状態を表す]

 しかし、疑問は尽きない。

(軍公式の技なんてあんのも初めて知ったが、精神干渉? 精神攻略? 何なんだ、そりゃ)

 検索すると、またすぐに答えに行き着いた。

[精神干渉――〈対象〉の神経系に強制的に介入すること。但し介入する先の神経系は感覚細胞。即ち、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚の五感を撹乱する]

[精神攻略――〈対象〉の神経系に強制的に介入すること。但し介入する先の神経系は中枢神経系即ち脊髄や脳細胞。人類宇宙軍精神感応科で教える精神感受、精神干渉、精神攻略の技の内、最も危険な技のため、診療部隊兵や諜報部隊兵には、精神攻略技は教えられず、攻略部隊兵のみに教えるカリキュラムになっている。また、攻略部隊兵以外が、偶然にでも精神攻略技を身に付けていたとしても、その使用は一切の例外なく禁じられている]

(精神感受ってのもあんのか……)

 その用語もまたすぐ検索に引っかかる。

[精神感受――〈対象〉の表層意識或いは潜在意識から何らかの情報を得たり、〈対象〉の表層意識或いは潜在意識に何らかの情報を与えたりすること。最も初歩的且つ一般的なテレパシー能力使用]

(こんなんじゃ埒が明かねえ。もっと精神感応科についての、体系的な資料はねえのか……?)

 資料端末に[人類宇宙軍精神感応科]と入力して検索をかけると、すぐにイルシンが望む資料が出てきた。

(これだ)

 イルシンはその資料を転写(コピー)して自分の腕端末に保存し、医務室に戻った。ユウの傍らに、既にヴァシリの姿はない。空いていた椅子に再び座って、ユウがまだ寝ていることを見て取ってから、イルシンは資料を呼び出して開き、目を通し始めた。

[人類宇宙軍では、テレパス優遇制度を設けており、テレパスと認定されれば、人類宇宙軍の士官学校である人類宇宙軍学園高等学校に、特別枠で入学を許可され、一律に下士官の最下階級である二等兵曹の階級を与えられる。単位を落とさず順調に進級していけば、上等兵曹となり、三年で卒業可能。その後は必ず精神感応科に配属され、短期間で、兵曹長になることも、士官階級になることも可能。

 精神感応科は、テレパスのみで構成されており、診療部隊、諜報部隊、攻略部隊がある。

 診療部隊は、最も初歩的なテレパシー能力使用、精神感受によって人間の表層意識及び下意識を探り、その人間の健康状態を知ることを主な任務とし、より積極的なテレパシー能力使用、精神干渉によりその人間の治癒力を高めるなどすることもある。諜報部隊は、精神感受によって、必要な情報を特定或いは不特定多数の人間の表層意識或いは潜在意識から得ることを主な任務とし、精神干渉によりそれらの人間の表層意識或いは潜在意識に偽情報を入れて、情報操作をすることもある。攻略部隊は、更に積極的なテレパシー能力使用、精神攻略によって人間の表層意識或いは潜在意識に働きかけ、その人間を強引に操作することを任務とする。テレパシーを専ら情報収集とその活用に使う診療部隊、諜報部隊と異なり、攻略部隊はテレパシーを攻撃に用いる。そのため、能力・適性ともに攻略部隊に適当と判断される人材は少なく、攻略部隊の人間は、優遇されている精神感応科の中でも特に優遇されている。

 人類宇宙軍は、精神攻略の危険性の高さを鑑みて、診療部隊兵や諜報部隊兵には、精神攻略の技を一切教えておらず、如何なる場合にも全面的にその使用を禁じている。精神干渉と精神攻略は、どちらも精神感受とは異なり、相手の神経系に強制的に介入する技である。精神干渉は〈対象〉の感覚細胞のみに強制介入し幻覚を与える。精神攻略は〈対象〉の中枢神経系即ち脊髄や脳に強制介入し、幻覚を与えたり、記憶・言動の操作を行なったりする]

【……随分、勉強してるんですね……】

 唐突に、頭の中に囁く「声」がした。

「起きたか……」

 資料を閉じて、イルシンはユウへと身を乗り出す。

「気分はどうだ?」

【ちょっと吐き気はしますけれど……、まあ、大したことないです。御心配をおかけしてすみません。ただ、暫く、精神感受で会話させて下さい。じぶんは、こっちのほうが楽なので……】

 目覚めたことを示すためらしく、うっすらと目を開けたユウは、「ちょっと吐き気」というよりは、かなりつらそうな顔で告げた。

(「精神感受」は、最も初歩的で一般的なテレパシー能力使用だな)

【はい】

 ふわりと微笑んだユウは、疲れたように目を閉じて説明する。

【テレパシー能力の分類法はいろいろあって、精神感受、精神干渉、精神攻略という分類は、その中の能力使用分類というものです。他にも、接触法、視認法、感知法という方法分類、自我確立型、自我不確立型という型分類があります。因みにじぶんは、自我確立型です。テレパスは、その能力の傾向によって、自我確立型と自我不確立型に大別されるんですが、自我確立型のテレパスは、自己の思考・感情と他者のそれとを明確に区別して感じます。対して、自我不確立型のテレパスは、自己の思考・感情と、他者のそれとを充分に区別できず、混同してしまいがちなんです。つまり、自我不確立型のほうが、能力の制御(コントロール)が難しいんです。接触法は相手に触れることでテレパシー能力を使うという方法、視認法は相手を見ることでテレパシー能力を使うという方法、感知法は、触ることも見ることもできない相手を感じることでテレパシー能力を使うという方法です。じぶんを含めた一般的なテレパスは、接触法で一番多くの情報を〈通信〉することができます。その次に多くの情報を遣り取りできるのは視認法、そして一番情報の伝達が難しいのが感知法で、大概、「声」だけの遣り取りになります】

(けど、おまえは……)

【はい、じぶんに視認法は難しいですが、あなたの視覚を使わせて貰う、などの方法を使えば、できないこともないです】

(そうなのか……)

【でも、どうして急に、精神感応科のことやテレパスのことを勉強し始めたんですか?】

(おまえが言ったんだぞ。「精神感応科の用語についても、勉強して貰わないといけない」ってな)

【――そうでしたね……。じゃあ、《(ハンチ)》という能力名は、資料の中に出てきましたか?】

(いや……)

 ひどく曖昧な能力名に、イルシンは片眉を吊り上げた。そもそも、能力名については、まだ、ユウが口にしたものしか調べていない。

【そうですか。まだ新しい情報なので、一般資料化されてないかもしれませんね。《勘》は、昨年のバー・レーン事変の際、確認された能力です。巻き込まれた民間人の中にテレパスがいたので、軍にとっては、偶然確認することになった能力ですが、未来を予測するんですよ】

 テレパシー能力に、そんな力があるとは聞いたことがなかった。

(そりゃ、テレパシー能力じゃなくて、予知能力なんじゃねえのか?)

 問うたイルシンに、ユウはさらさらと答えた。

【その民間人本人の協力を得て、連盟が詳しく調べた結果、その能力は、テレパシー能力の範疇に入ると判明したそうです。何でも、一つの事柄に関わる大勢の人間達の意識全てを探って、それらの人間達が知ってる情報や、何かを行なおうとしてる意志を繋ぎ合わせて、その結果としてこれから起きるであろう事柄を知ることができるとか。その民間人は、そんな複雑で〈出力〉の要る能力使用を、ほぼ無意識にしてたそうです】

(すげえな……)

【テレパシー能力については、まだまだ未知なことが多いんです。精神というものは、三次元を超えてるという仮説もありますしね。それなら、未来のことを知るのも可能ということです。――じぶんに、そんな能力があったら、サン・マルティンの悲劇が起きる前に、周りの大人達に知らせることができたのにと、〈勘〉のことを聞いた時には思いましたが】

 沈んだ様子で告げてから、ユウは表情を変えて問うてきた。

【なら、「カー」という用語については、何か出てきましたか?】

(いや、出てきてねえ)

【やっぱり、軍の資料端末では、出てきませんか】

 ユウは口元に複雑な笑みを浮かべる。

【「カー」というのは、元々は野良犬を意味する言葉ですが、軍の隠語で、軍に所属してないテレパスのことです。ナオミ・アマノって、知ってますか?】

 詳しくは知らないが、聞いたことはある。

(歌手だろ? 惑星メインランドを本拠地にして活動してる――、ああ、確かテレパスって話だったな……)

【はい。テレパスの歌姫と宣伝されてます。軍に言わせれば、彼女も「カー」です。どんなに真っ当な市民生活を送ってようと、軍に所属してなければ、遠慮なく「カー」と呼ぶ。軍は、テレパスの力を全て掌握したがってる】

 語りながら、両眼を閉じたままのユウの表情が曇っていく。

尹世秀(ユン・セス)という人については、知ってますか?】

(いや……)

【じぶんの一年先輩の諜報部隊兵で、じぶんと同じ、サン・マルティンの悲劇の生き残りです。グループは違ったので、あなたに〈入力〉したじぶんの記憶の中にはいませんが……。じぶん達、UPOの被害によって保護者を失った子供――いわゆるUPO孤児は、健康面に支障があれば人類宇宙連盟傘下の病院に無料で入院できましたし、健康面に支障がなければ、人類宇宙軍学園に無料で入学することができました。まあ、そういうのは全部、人類宇宙連盟が、サン・マルティン封鎖の批判をかわすために行なった演出な訳ですが。その後、大半の子供は軍学園の中等学校を卒業した時点で就職するか、或いは別の学校へ入学してます。あなたも知っての通り、軍学園の高等学校は完全な軍人養成学校で、入学すれば、長期間の専門的な実習がある上、卒業後四年間の就業義務期間が過ぎるまで、軍組織を抜けられなくなりますからね。でも先輩は、軍学園の高等学校に入学した上、一番メディアに露出して、連盟や軍の宣伝搭になってる。出世も早く、今は十六歳で少尉です。――そんな人もいます】

(何が言いたい……?)

【ただ、知っておいてほしいんです。じぶんは……、じぶんも、軍学園の高等学校に進学しました。上等兵曹になって卒業しました。そういう人間だと、知っておいてほしいんです】

(分かったよ……。とりあえず、もう少し寝てろ)

 イルシンは、そっと手を伸ばして、ユウの頭を撫ぜ、閉じた両眼から溢れてきた涙を拭った。いつもの、少しとぼけたような、淡々としたカヅラキ・ユウではない。カヅラキ・アサの「幽霊」から何を言われたのか分からないが、何にせよ、まだ本調子ではないのだろう。

(――おまえの姉さんを、あの場で見た。おまえの記憶の中で見たのと、同じ姿をしてた)

【アサは……、アサの意識は、ずっと、ここにいるんです。八年間、ずっと――】

(姉さんは、やっぱりちゃんと、生きてたんだな……?)

【はい。間違いないと思います】

(なら、おまえの力が必要なのはこれからだ。しっかり休んで、さっさと元気になれ)

【はい……】

(おれは、おまえの姉さんについて、できるだけ調べておく)

【――よろしく……お願いします……】

 ユウは弱々しく目を開いて、イルシンのほうを見る振りをする。油断がならないと見えていたユウが、急にまた子供に見えてしまい、戸惑いながら、もう一度その頭を撫ぜて、イルシンは資料室兼図書室へ向かった。



 イルシンが医務室から出ていくのを感じてから、ユウは深い溜め息をついた。自分は、いつまで、あの真っ直ぐな青年を欺き続けなければいけないのだろう。――アサが生きていることは、この基地に来る前から知っていた。知らされていた。

 ユウに与えられた任務の最優先事項は、UPOの誕生の謎と動向の謎について調査すること。その具体的内容は、即ちカヅラキ・アサの姿をした「幽霊」が存在する謎を解くことである。また、最低限の任務として、その「幽霊」からサン・マルティン宙域の人類宇宙軍を守らなければならない。そして、それらの任務の大前提として、惑星メインランドの軍総本部にある軍病院で、アサの肉体が生命維持装置の中で生かされているところを()()()()()のである。しかし、それは、他人の視覚を利用して見せられたもので、自分の肉眼で見た光景ではない。自分を利用するため、誰かの精神干渉で見せられたものかもしれないという疑念が払拭できなかった。だから、確信が欲しくて、基地の資料を調べたのだ。

(あの受け答えの感覚――。あれは、亡霊なんかじゃない。アサは、ちゃんと生きてる。でも、アサの意識は、やっぱりこの惑星にいる。しかも、あの頃のままで)

 イルシンが見たという「姉」の姿を、ユウも精神感受で()()。あれは正しく、痩せてはいても強い意志を持って駆け回っていた、あの悪夢の一年間をともに過ごした姉だった。

(何故「おまえ」がまだここにいるのか、その謎を、わたしは、解き明かしに来たんだ。例え、連盟の、軍の装置(デバイス)の一つになってでも――)

――【何故、一人であたしに会いに来ない? 何故、ずっとそいつらと一緒にいる? 何故、そいつらを守るの? 結局、あんたは逃げたんだ。自分が助かりたかったんだ。ここにニコライを残して、あたしのことも見捨てて……!】

――【あんたも人類宇宙軍人というなら、こいつらと一緒に、罪に準じて死ね……!】

 「姉」の憎しみに満ちた「声」が、脳裏に突き刺さって残っている。「姉」が、他の精神攻略した整備班の兵士もろとも、イルシンにも精神攻略を仕掛け、心臓を止めようとしたので、無理をして、大勢に対して一度に〈一時的意識不明〉を使わなければならなかった。尤も、既にUPOに対する〈精神攻撃抗体〉を持っているイルシンは、そう簡単には精神攻略されなかっただろう。何故なら、「姉」のテレパシー能力は、UPOに拠るものだからだ。そして、恐らくは、ユウ自身のテレパシー能力も――。

(連盟の――軍の闇は、この惑星の夜季の暗黒(やみ)より、もっと深いんです、イルシン……)

 このテレパシー能力を使って、全てを余すことなく打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。先ほどは本当に危なかった。

(こんなことなら、まだ、嫌われてるほうがましだったかもしれません……)

 石一信(ソク・イルシン)は、その名から、恐らくは惑星パールの高麗民主国出身だと分かる。惑星パールは、惑星サン・マルティンと交流が深かった。そのため、UPOが蔓延し、多くの死者を出した。幼いイルシンも、その惨状を目にしたに違いない。ユウは、その心の傷をも利用して、彼に〈精神攻撃抗体〉を植え付けたのだ。

 ユウは、イルシンにサン・マルティンの悲劇の記憶を、()()()()に〈入力〉してしまったことを、今になって心底後悔していた。


     三


 サン・マルティン地表基地の兵士達は、一丸となってキャタピラの復旧作業を行なっていたが、基準時間で丸一日が経過しても、基地を動かすには至らなかった。その間、惑星のゆっくりとした自転により、徐々に、夜季の深みへと、基地は引きずり込まれていく。

「ちょっと外へ行って見てきたが、今までの、夕季に近い夜季とは全く違うな。底冷えのする寒さだ。照明の届かねえところは全く見えねえし、まるで、後ろから何か得体の知れねえものに抱き竦められるような、そんな闇だ。あれが、本当のこの惑星の夜季なんだな」

 医務室に戻ってきたイルシンは、暖房の効いている室内でも寒そうに長身を竦めて、ユウの寝台脇の椅子に座った。

 ユウは目を開いて、イルシンを見上げる振りをした。精神感受で分かる、青年が見ている自分の顔は、双子の姉の顔に見える。冷ややかにこちらを見つめて、糾弾してくる「姉」。

――【結局、あんたは逃げたんだ。自分が助かりたかったんだ。ここにニコライを残して、あたしのことも見捨てて……!】

――【あんたも人類宇宙軍人というなら、こいつらと一緒に、罪に準じて死ね……!】

 己の罪悪感が、「姉」の声と言葉を借りて何度も脳裏に響く。寝ても覚めても、何度も何度も――。

【……それで、姉については、何か新しく分かりましたか?】

 精神感受で、ユウは問うた。

(ああ、そのことなんだが……)

 イルシンは、ユウの精神感受に応じて思考に切り替え、答える。

(サン・マルティンの悲劇の生存者リストを参照して、それぞれを追跡調査してみた。だが、おまえの姉さんらしいのは一人もいなかった。おまえの姉さんについての生存者達の証言も幾つか見たが、封鎖解除の直前まで生きてたことは確かでも、その後については、何もなかった。軍に生きて収容されたのは、おまえ一人ということになってる。いろんなデータや映像も見てみたが、右利きのはなかったから、それっぽいのは多分全部おまえだろな)

 連盟と軍が、アサについての情報は全て隠蔽したのだろう。見つけたあのアサの映像は、ユウのほうだと勘違いされて、たまたま残っていたのだ。

【収容先の施設については、何か分かりましたか?】

(ああ。やっぱり軍総本部の軍病院の可能性が一番高いな。少なくとも他の生存者は全員、一旦、軍病院に収容されてる。この惑星上の施設も検索してみたが、開拓場の海側の外れに一つと、沙漠側の外れに一つ、研究所があった。それから、住宅街に病院が一つ。その中で、開拓場の海側の外れの研究所だけは、封鎖解除後に、少し資料の回収等がされたみたいだが、それ以上のことは分からなかった)

【――直接訊いてみるしかないですね、「姉」に】

 ユウはゆっくりと寝台から起き上がると、点滴を慣れた手付きで外した。

「おい、いいのか? 体は大丈夫なのか?」

 イルシンが驚き、声に出して言った。

「もう大丈夫です。ちょっと頭がくらくらするくらいで」

「それ、大丈夫じゃねえだろ?」

「これ以上じっとしてると、心が腐りそうですから」

 鬱屈した思いの欠片を吐露して、ユウは寝台から降りた。

「けど、こっちは基本、待ちの一手なんだろ?」

「だから、おびき寄せます。『姉』は、われわれが、ずっとこの夜季にいることを望んでますから、さっさとキャタピラを修理して、ここから脱出しかければ、また来るでしょう」

「成るほどな。で、陸戦部隊の整備班でも、建設部隊でもないおれ達が、一体何をするんだ?」

「じぶんの独自(オリジナル)技を使います」

「独自技?」

「精神感応科には、軍の公式技があることはもう知ってますよね? それに対して、精神感応科兵が個人的に、独自に編み出した技を、独自技と呼ぶんです。中には、汎用性を買われて公式技とされるものもありますが、大抵の技は、その精神感応科兵の個人的な能力特性に拠るので、他の精神感応科兵が真似するのは難しいんです」

「へえ。面白そうだな。で、どんな技なんだ?」

 イルシンの興味深そうな声音に、ユウは複雑な気持ちになった。少し前のイルシンなら、精神感応科兵の独自技などと聞いても、嫌悪しか表さなかっただろう。そして、この独自技は、軍の精神感応科運用方針にも影響を与えた技だ。

「〈表層共有(サーフェス・シェアリング)〉。(みんな)の表層意識を繋いで、超効率的に物事を為す技です」

「意識を、繋ぐ……?」

 さすがに、イルシンは一歩引いたようだ。寂しい気もするが、ここで引いて貰っておいたほうがいいのかもしれない。ユウは事務的な口調で告げた。

「人間集団の無駄な動きが一切なくなって、物事を迅速に進めるには打ってつけの精神干渉技です。一つの目的の下に(みんな)を繋ぐだけで、精神攻略技ほどの強制力はありませんから、心配ないですよ。基地司令官殿に許可を貰ってきます」

 イルシンは、まだユウのほうを見ている。その顔を真っ直ぐに見上げる振りをして、ユウは言った。

「扉のほうを見て下さい。じぶんが進む先をあなたがしっかり見ててくれないと、どっちへ足を踏み出したらいいのかすら心許なくなるんです」

「――分かったよ」

 イルシンは、くるりと、自動扉のほうへ視線を動かしてくれた。


          ○


 基地司令官室へ入り、暫くして出てきたユウは、一つ大きく頷いてみせた。

「許可が下りました。これから制御室へ行きます。司令官殿の作戦発令を受けてから、技を使います」

 抜き打ちでは使わないということだ。

「よかったな」

 イルシンは自分の気持ちも含めて言った。

「はい」

 ユウは特別嬉しそうでもなく答えると、先に立って、通路を進んで行った。その後ろをついて歩きながら、イルシンは小柄な上官の背中と、その進む先を見る。

――「扉のほうを見て下さい。じぶんが進む先をあなたがしっかり見ててくれないと、どっちへ足を踏み出したらいいのかすら心許なくなるんです」

 先ほどユウが言った言葉が、脳裏をぐるぐると回っている。あの言葉には、深い意味があるように思えてならない。

(おまえ、不安なんだな)

 囁くように、イルシンは思った。

 制御室にいたのは、イルシンと同じシフトだった面々だった。イルシンの代わりにここのシフトに入った地表制圧科陸戦部隊所属のエドウィン・ローランド一等兵もいる。

 振り向いて微笑んだヴァシリに軽く頷いて応じ、イルシンはユウに続いて副司令官席の前まで進んで、基地副司令官ジャスミン・シュヴァリエ中尉に敬礼した。シフトが異なるので、普段顔を合わせることの少ないジャスミン・シュヴァリエは、澄んだ水色の双眸で二人を見つめると、顎のところで切り揃えた榛色の髪を揺らして敬礼に応じ、丁寧な口調で言った。

「司令官殿から聞いています。もうすぐ司令官殿も来られるので、それまで待機していて下さい」

「了解」

 ユウは答え、示された補助席に座った。イルシンもその右隣の補助席に腰掛け、改めて馴染みのある面々を見渡す。司令官補佐席のダグラス・マクレガー一等兵曹が頷き、通信科通信部隊の一等兵、タイラ・ハルがウィンクした。ここのシフトから離れてまだ二日しか経っていないのに、イルシンは懐かしいような気持ちに襲われる。非常事態が続いているせいかもしれない。非常事態宣言はレベルEのままだが、依然発令中なのだ。或いは、いろいろな知識を頭に詰め込み過ぎたせいかもしれない。昨日から今日にかけて、資料室兼図書室と医務室とを往復しながら、随分多くのことを知って、今まで考えなかったことを考えた。中でも一番気にかかっているのは、カヅラキ・アサのことと、UPOのことだ。サン・マルティンの悲劇について調べている内、UPOについて一つ気になることが出てきて、いろいろな言葉で検索し、いろいろな資料を当たったが、はっきりとした答えは得られなかった。

(一体、UPOはどうやって収束したんだ……?)

 怪しげな薬や民間療法紛いの治療法の記事はあっても、人類宇宙連盟が公式に認めた薬やワクチンについての記事は一切見つからなかった。サン・マルティンの悲劇は、感染しても発症しなかった子供達が少数、奇跡的に生き残っていたが、その子供達の体内に、UPOは残っていなかった、ということで、収束とされていた。その他の惑星に広がったUPOも、決定的な治療法などがあった訳ではなく、感染した人間は隔離されたのち殆どが亡くなっている。生き延びたのは、惑星サン・マルティンの場合と同じく、七歳以下の子供達だけだ。但し、感染者は片っ端から隔離されたので、それ以上広がることはなく、感染者が確認されたほぼ全ての惑星で、その後、UPO撲滅宣言が出されている。

(そう言えば、おれ達、この惑星の地表勤務だってのに、予防接種とか、何にもしてねえ……)

 現在サン・マルティン地表に住民はおらず、基地の人間としか接触はないので、UPO感染の危険など考えたこともなかったが――。そもそもUPOは、開拓途上惑星サン・マルティンで蔓延が確認された病原体と同一のものだと知れた時、サン・マルティンの風土病だという噂すらあった。

(一体、UPOって何なんだ)

 調べても、未だ研究中らしいということしか分からなかった。

(病原体って言うからには、環境要因で何かの栄養素が足りなくなるとかじゃなくて、何かの生物から感染するんだろが……)

 この乾燥した陸地には、何か生物がいるのだろうか。惑星の南半球をほぼ覆う海洋には、生物がいるという話だ。そして開拓場は、海に面して造られた――。

(何にしたって、あれだけ人類宇宙中を恐怖させた病原体の正体が、まだ分かってねえなんて、信じられねえ……)

 そんなことをユウに言っても仕方ないので、カヅラキ・アサについて調べた結果しか伝えなかったが……、否、こうして思っているだけで、ユウには既に伝わっている可能性が高いが……、もしかしたら、UPOが何かということこそが――、と、イルシンの思考はそこで打ち切られた。自動扉が開いて、基地司令官チャン・レイ少佐が入ってきたのだ。

 チャン・レイは、敬礼で迎えた制御室の面々に返礼するのもそこそこに司令官席に着くと、肘掛けに備え付けられた通信機の、全基地への一斉通信ボタンを押して、マイクロフォンを口元に持っていった。

「総員に告ぐ。これより、夜季脱出作戦を敢行する。カヅラキ・ユウ上等兵曹のテレパシー能力を使用し、当基地の全員の意識を繋ぎ、キャタピラ修復作業及び夜前線へ向けての基地操縦を行なっていく。少々意識に違和感は覚えるだろうが、作戦遂行のためと思って耐えて欲しい。これに伴い、ただ今を以って、非常事態宣言レベルCを発令する。作戦開始は、一〇〇〇(ひとまるまるまる)時。以上」

 通信を終えたチャン・レイは、補助席に座ったユウに頷きかける。ユウは立ち上がって敬礼で答えると、補助席に座り直し、静かに、集中した面持ちになった。

(おれは、何をしたらいい?)

 イルシンが思ってみると、精神感受で返事があった。

【――手を握ってて下さい。じぶんの精神(こころ)が、安定するように……】

(分かった)

 イルシンは補助席に座ったまま左手を伸ばして、ユウの右手を握った。冷たく強張った小さな手から、ユウの緊張がそのまま伝わってくるようだった。

「作戦開始、十秒前」

 タイラ・ハルの、全基地に向けたカウント・ダウンが始まる。

「九、八、七、六、五」

 平行して、ユウが口の中で呟き始めた。

「〈対象〉、当基地の全兵士」

「四、三、二、一、〇」

「作戦開始!」

 チャン・レイの宣言とともに、ユウの体が青白く光る。

【〈表層共有〉! 〈目的〉、夜季の早期脱出!】

 ユウの宣告は、青白い光の拡散とともに、空気振動を介さない「声」で、惑星サン・マルティン地表基地にいる全兵士の頭の中に響いた。

「何これ……!」

 タイラ・ハルが驚いた声を上げる。

「夜季の早期脱出のために(みんな)が何をするべきだと考えてるか、自分には何が求められてるか、はっきり分かる……! まずわたしは、各待機所と連絡を取り合って作業の進捗状況を確認しながら、効率的に各整備班を食事と休憩に回す段取りまでする……」

「今から何をすべきなのか、手順から何から、鮮明に頭に浮かぶね。これなら、一秒の浪費(ロス)もなく動ける」

 ヴァシリも感心したように呟いた。

「全基地の兵士がこの状態なら、作業効率は計り知れないぞ……」

 ダグラスまで感嘆して、畏怖の目でユウを見た。ユウは、補助席に座ったまま、やや俯き、見えていない両目は半眼にして、黙って集中し続けている。

(おれは……)

 イルシンの頭に浮かんだのは、ただ、ユウの隣でその手を握り続けて待機し、不足の事態が起これば、ユウを連れてその場へ急行しなければということだけだった。

 一頻り驚いた制御室の面々は、それぞれの職務遂行に邁進し始めている。基地全体から、同様に仕事に没頭した雰囲気が伝わってくる。

(本当に、凄いな……)

 素直に感心して、イルシンはユウの横顔を見守った。


          ○


 作戦開始から、六時間が経過した。非常事態宣言が出されてから、いつもの三交代制を崩して働いている兵士達に多少の疲れは感じられるものの、タイラ・ハルが効率的に食事と休憩に回しているので、過労になっている兵士はいない。そう、イルシンにもはっきりと感じることができる。ユウが繋いでいる意識を通じて――。

(しっかし、これだけのことを、よく一人でできる……)

 ユウは、定期的にトイレへ行く以外、制御室の補助席に座っている。最低限の水分補給は、イルシンが食堂から持って来たパック飲料で行なっているが、食事は取らず、意識は何をしていても、常に〈表層共有〉という技に集中し続けている。

「腹、減らないか?」

 イルシンが小声で問うと、ユウは無言で首を横に振った。ずっとこんな調子だ。口を利かず、精神感受でも殆ど話さない。集中が乱されるのだろう。

(ずっとこんなんで、もつのか……?)

 そもそもユウは、まだ体調が万全ではなかったはずだ。

(こいつのどこから、こんな〈出力〉が湧いてくるんだ……?)

 テレパシー能力とは、一体何なのだろう――。

 寝ている間はただの子供に見えていたユウが、また、得体の知れない存在に思えてきて、イルシンは僅かに身を竦めた。


          ○


 凝って掴めそうな闇を見ている兵士がいる。基地全体が、ずっしりと闇に覆われている。兵士達が、ひしひしと、その精神的な重みを感じている。

――「暗黒(やみ)が来る。何もかもを呑み込む暗黒(やみ)が――」

 ニコライの懐かしい声が聞こえた気がした。あれは、あの一年の夕季の終わり、西の空にある最後の赤い光が消えようとしている頃だった。東の空には、既に重苦しい闇の気配があった。ニコライは、あの段階で、誰よりこの夜季の恐ろしさを分かっていたのだろう……。

(作業達成率は約七十三パーセント。後三時間くらいで、キャタピラは直る。その後は、基地を全速力で進める)

 いつも時速約五キロメートルで進む基地だが、勿論、それ以上の速度(スピード)も出せると、兵士達の意識から読み取れる。

(「アサ」に備えながら、早くこの夜季から脱出しないと――)

 兵士達の精神(こころ)が呑み込まれてしまう前に。表層意識を繋ぐ〈表層共有〉には、兵士達の精神(こころ)を守るという効果もある。

 ユウは、自分の右手を握っているイルシンの左手の指を、そっと握り返した。体は、ここにある。それをこうして確かめ続けていないと、繋いでいる意識のどこかへ、自分が紛れてしまって、戻って来られなくなりそうな気がする。自分は能力の制御が比較的容易い自我確立型だからこそ、何とか可能な技なのだ。暗号名兼能力名を〈霊視(オーラ・ヴィジョン)〉といった自我不確立型の同期生は、能力の制御が難しく、軍規に従って封じていても、時折、寝ている間に、無意識に自分に関係のある他人の意識に感応して、「正夢」を見てしまったり、人に、その性格に応じた様々な印象の「色」を見てしまったりすると言っていた。

(もしかして……)

 ユウは、ふと気付く。アサが、自我不確立型のテレパスだとしたら。

(おまえは、まさか、こんなふうに大勢と意識を繋ぎ過ぎて、体に戻れなくなったのか……?)

 そんなことが、あるのだろうか。けれど、確かにここには、アサの意識がいる。あれは、アサで間違いないはずだ。アサの声、アサの姿というだけでなく、アサが持っていたであろう、ニコライへの思いをそのまま持っていた。

(ここの大気には、確かに(みんな)がいる。そしてやっぱり「アサ」もいた)

 九年前にも感じていたこと。この惑星サン・マルティンには、何かがある。イルシンも隣で考えている、それこそが、UPOの、テレパシー能力の、アサの意識がここにいることの、全ての謎を解く鍵になる。

(ニコライも言ってた……)

 東の空が白々と明けつつある、青い世界。西の空にはまだ闇の残った、静かな世界。洞窟の外に置いた、(みんな)の手作りの肘掛け椅子に座って、たくさんの毛布を掛けられ、東の空を見つめる少年。その少年に縋り付いて泣くアサ。少年は、ふとユウに視線を転じて言ったのだ。

――「精神(こころ)を澄ませて聴いて。大地(ほし)が、歌ってる」

 あの時は、ただ、死の淵に佇んだ人間にしか聞こえない何かが聞こえるのだと思っていた。だが、ニコライはもっと重要な、何かを伝えようとしていたのかもしれない。

(わたしにも、大地(ほし)の歌が、聴こえるだろうか……?)

 ユウはまた、イルシンの左手の指をそっと握った。〈対象〉としている人数が多いので、やはりきつい。必死で自我を保ち、集中し続けないと、技が解けてしまいそうだった。


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