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虚偽の平和

ケンは市の成り立ちを、知っている限りレーナに話した。



 「神戸は地下居住都市として造られたのね。ウラジオストクの地下都市は、元々巨大核シェルターとして、造られたんだけど。」


 話を聞いていたレーナが言った。


 「結果としてその核シェルターは役に立ったわけだ。」


 「ええ、造った人も、それが役に立つような時は来て欲しくなかっただろうけど。」


 レーナがため息をついた。


 「そりゃ、そうだろうね。神戸もだけど、用心が役に立ったって話さ。核戦争なんてろくなもんじゃないよ。」 


 自動運転の車が、高速道路のインターチェンジの坂道を下りはじめ、目的の歓楽区が近いことを合成音声が告げた。車がほとんど走っていない上に、目的地までの距離は短いので、出発してから十数分しか経っていない。


 ケンがハンドルを握って、車の運転を車と交代した。


 ケンはフロントガラスに投影される進路表示に従って、歓楽街はずれの地下収納型駐車場の入り口前に車を止めた。車から降りた後、車の駆動キーであるICカードを駐車場の前にある受付端末にカードを押し当てる。駆動キーのデジタル暗号と、車とリンクする周波数が端末に一時登録された。車の操縦権を受け取った駐車場の管理AIは、誘導信号を発して、無人の車を建物の中に導いた。後は駐車を自動でやってくれる。発行された受付証明のカードを取って、立体映像の宣伝を見ていたレーナに声をかけた。


 「何か気になるものでもあったかい?」


 「ここには動物園があるの?」


 レーナが聞いた。


 「ああ。クローン技術で復活させた動物だよ。」


 「これ、見てみたいわ。」


 「いいよ。俺は久しぶりだな。行こう。」


ケンが頷いた。


 


 クローン技術で動物たちを復活させたのは、神戸ジオフロント技術開発研究局という研究機関だった。やたら長い名前を縮めて、ここでは技研と呼ばれる。


 技研の前身となった組織は、国立理化学研究所、通称、理研。この国立科学技術研究機関は、核戦争前に、人口島ポートアイランドから、神戸ジオフロントに移転していた。


複数の化学分野に手を広げ、クローン技術の研究も行っていた理研は、当時絶滅が危惧されていた動物と植物の胚細胞を、多数冷凍保存していた。冷凍状態ならば、細胞の遺伝子情報を半永久的に保存できる。


 しかし、細胞を解凍する時に、遺伝子情報に傷が付いてしまうという厄介な問題があったため、これら細胞は三〇年以上、ジオフロントの冷凍庫の中で寝かされ続ける事になった。


 二二世紀初頭に入って、技術突破でこの問題を克服した技研は、戦争で失われた農作物を復活させ、地下市民の食生活を豊かにした。


 さらに、動物のクローンも作りだし、食肉家畜以外を展示しているのが、この動物園だった。今のジオフロントには、食肉用以外の動物を飼うほどの余裕があるとも言える。


 クローン再生に関しては生命をどうこういじくることに、戦前同様、倫理面での問題が提起された。しかし絶滅した動植物の復活を望む声は大きく、反対派はごく少数に留まった。世の有様が変われば、人々の意見も変わってしまうのだ。


 


鉄よりも丈夫な透過壁の向こうから、ライオンの家族が、気だるげにこちらを見ている。


 「私、初めて本物のライオンを見たわ。戦前の映像資料以外で、見たことなかったの。」


 レーナが子供のような好奇心でライオンたちを見ていた。”戦前”は核戦争前の意味である。


 「野生動物ではないけれどね。」


 ケンがつい余計なことを言ってしまう。


 「檻に閉じこめられてるのはかわいそうだけど、放射能だらけの地上では生きられないから、仕方ないわ。」


「うん。人の住む地下居住区で、ライオンを放し飼いにするわけにもいかないしね。檻に閉じこめられてるのは、今の人類も同じだけど。」


 ケンがほろ苦く笑った。


 「でも、野生動物でないと、どんな問題があるの?」


 レーナが首をかしげた。


 「運動能力や野生本能が鈍ってしまうって危惧があるんだよ。体はオリジナルと一緒でも、本来の性質が失われてしまうから。」


 「ああ、なるほど。それも良くないのね。


 でも、絶滅したはずの生き物が、目の前にいるのは感動だわ。」


 「そうだな、つまらない事言ってごめん。」


 ケンは謝った。


 


 続いてリスやウサギを見て回った時、レーナは子供のように、はしゃいだ。


 隣接する水族館で、鋭い歯の並んだアオザメを見た時には、昔の人はあんな怪物がいる海で遊泳してたなんて、どうかしている、とレーナが言って、ケンを笑わせた。


 「確かにそうだな。おれもそんな勇気は無いよ。」


 「それにしても、あんな大きな肉食魚だと、エサもいっぱい食べるんじゃないかしら。」


 「ここではエサの魚も養殖してるよ。ちなみに、人間が食べる魚も同じように作ってる。」


 「ここには食用の魚があるの?私、魚を食べた事なんてないわ。」


 「そうなのかい?料理の仕方にもよるけど、おいしいよ。」


 「可愛らしい魚たちを見た後で言うのもなんだけど、興味深いわね。」


 


 2人は水族館を出た後、歓楽街の大通りをぶらぶらと歩いた。街の様子も見てみたいとレーナが言ったのだ。


 飲食店や日常用品店はもとより、空間を広く取るスポーツ競技場もある。


 「いろんなものがあるのね。今が戦争中なんて信じられない。さっきの動物園や水族館もそうだけど、人手と資金が娯楽産業にまで集中されてるなんて。


 私の都市とはすごく違うわ。」


 レーナが通りを見回している。


 「ここでは食料や兵器の生産は、大部分をロボットが代わりにやってるからね。」


 「それで市民は他の事に労力を割けてるということ?」


 「そうだね。


 それに、この戦争は一般市民には遠い場所の出来事なんだよ。無人兵器達が何十年も都市に侵略して来ないから、危機意識は薄くなってるんだ。


 厭戦気分を持っている人もいるだろうね。


 もしくは、戦争の恐怖から目をそらすために、他のことに熱中しているのかもしれない。」


 「境界線では死傷者が出てるのに?」」


 レーナにはそれが納得いかないようだ。


 「それも市民には遠い出来事なのさ。報道で知って、ちょっと心を痛めるだけだよ。軍人にはつらいけど。」


 「そうなのね。そう言えば過去の歴史でも、戦争は直接戦っていない人達にとって、実感のつかみにくい出来事だったと聞くわ。」


 「じゃあこれは過去の繰り返しになるのかな。でもだからって、戦争を実感させるために、嫌がる人を戦場に連れて行くわけにはいかない。」


 「無人兵器達が街に攻めて来て、自分の日常生活が壊れされてしまったら、その人達はどうするのかしら。実際にそれが起こるかも知れないのに。」


 「その時はようやく自分で戦うかも知れない。防衛軍の俺達は無能を責められるだろうけど。いや、パニックでそれどころじゃなくなるかな。」


 ケンは苦笑いして答えた。


 「そんなふうに思う事はないわ。あなたは立派に戦って、街を守ってる。」


 「ありがとう。そう言ってくれる人がいるのは嬉しい。


 危険な遠路をはるばるやって来た君も、立派だよ。」


 「いいえ、私は立派な事なんてしてないわ。」


顔をそらしたレーナは、なにかに罪悪感を感じたような様子だった。サングラスに邪魔されて、表情はよくうかがえない。


 「え?」


 「ううん。何でもない。あそこの店はなんなのかしら。かわいい物がたくさん置いてあるわ。」


 レーナがケンのそばから離れた。


 話をそらされたケンは、怪訝に思ったが、深く聞くのはやめた。誰だって聞かれたくない事の一つや二つはあるだろう、と考えたのだ。

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