重装機動歩兵
二二世紀。西暦二一二二年。
暗く広大な地下空洞に、プラズマの閃光がきらめいた。
「状況を報告せよ。」
ケンは、緊張をはらんだ声で通信を送った。
「装甲車が追われてるらしい。その後ろ三〇〇メートルほどに、歩行戦車三両を確認。それから、車には追跡機が一機張り付いている。」
先行偵察に出ていたハース一等兵から応答が入った。
「了解。ハース、分隊警戒線まで戻れ。他はそのまま待機。」
答えたケンは、神戸地下都市防衛軍の重装機動歩兵第二大隊、第七中隊所属の少尉だ。本名は桐生賢冶。近しい人々には、ケンと呼ばれている。
ケンは高さ一〇メートルほどの岩棚の端まで移動した。眼下の追跡を違う角度から確認するためだ。赤外線カメラの映像をカラー表示で見ているので、光源の無い地下でも、情景がくっきり見える。
部下の報告通り、タランチュラと呼ばれる無人戦車が三両、一台の装甲車を追っていた。そして装甲車の上には、体長一メートルほどのハチの姿の無人兵器、通称ワスプが一機飛行しながら付きまとっている。
追われる装甲車はタランチュラの砲撃を受けないように、道ばたの大きな岩塊や、放棄された乗物の残骸の陰をたくみに回りこみつつ、こちらに走ってくる。しかし車の動きに合わせて飛行するワスプは、獲物の位置情報を無線でタランチュラに伝え続けているはずであり、振り切る事は不可能に見えた。
飛行ドローンのワスプは、鋭いしっぽの先に短針銃を装備している。しかし、車に攻撃をしない。ワスプはもともと偵察と追跡のために作られた無人兵器なので、搭載武器の攻撃力は低く、装甲車の耐弾装甲板や防弾タイヤには通用しないのだ。無駄を知っているのか、ワスプは車に攻撃を加えず追跡だけに専念していた。
「追われてる装甲車は、友軍のものじゃないな。」
ケンは隣にいる副長に確認した。装甲車は前から見ると縦長の台形のような形をしている。見たことの無い車両だった。
「はい。識別信号に出ているとおりです。それに我々の他に、この地点に進出している友軍部隊はありません。」
ケンを補佐する分隊副長の望月曹長が答えた。彼の階級はケンよりも低いが、年齢と軍歴は、ずっと上だ。
一七式強化外骨格を装着した彼らの姿は、全身黒ずくめの鎧を着たような、ごつい姿だ。光沢をおさえた黒い装甲の表面は、人の肉眼だと闇に溶けこんでほとんど見えない。防弾と耐衝撃の装甲服も兼ねるこの装備は、着用者の身長を一割増しほど高く、体の輪郭を一回り大きくしていた。
「そうなると、あの車は外国から来たことになるな。信じられん。」
どう対処したものか、とケンは考えた。
「我々が外国人に出会うなんて、半世紀ぶりですかね。」
望月が答えた。
五〇年ほど前に世界規模の核戦争が起こり、地下都市どうしの連絡がほとんど絶たれてしまって以降、外部からの来訪など、彼らの母都市の神戸には無かったのだ。
「ともかく、追われてるのが人なら、助けてやりたい。」
「はい。無人兵器に追われているなら、人なのは間違いないでしょう。」
望月が同意した。
偵察に出ていたハース一等兵が、分隊が横長に形作る警戒線まで戻ってきた。
ケンは少し考えた後、九名の部下達に指示を出した。
「追われている車を援護する。ただし、タランチュラが俺達の警戒線の間を通り過ぎるまで攻撃は待て。通り過ぎた所に背後から奇襲をかける。望月以外が電磁手榴弾を投げて敵を停止させろ。ライフルでとどめを刺せ。」
「了解。」
五メートルほどの間隔を置きながら、岩陰に2人ずつ隠れている部下達が答えた。
ケンは岩棚の上からさらに指示を出し、装甲車が通ると思われる、広い間道の両側に、兵士達を再配置して隠れさせた。
情報連結されてるケンの視界映像は、分隊全員が同じように共有して見ることができる。ケンが高台から見下ろした観測情報を受け取って、全員が敵味方の三次元位置を正確に把握した。
ケンは頭にかぶった黒い防弾ヘルメットを通して、状況を見守っている。これは全面核戦争の以前、カーレース競技で使用されたヘルメットに形が似ている。しかし、装甲服と有線で情報連結されているこの黒い頭部装甲は、レーサーヘルメットと見た目は似ていても、その機能は全く異なるものだった。視界確保部分を保護するのは、透明のナノ結晶セルロース装甲で、文字や映像を半透明で表示する合成視界ディスプレイを兼ねている。頭頂近くに配置されているマルチセンサーから受け取った各種情報を、兵士の視界に重ね合わせて映すものだ。
「装甲車の距離、分隊警戒線まで二〇〇メートル。」
望月が分隊全員に伝えた。
「もう少しだ、がんばれ。」
ケンが相手に届くはずのない言葉を、つぶやいた。
「ワスプを撃ち落としますか?」
望月が、質問の形を取った進言をした。
歩行戦車に観測情報を送り続ける追跡機がいなくなれば、追われている装甲車の安全が高まるからだ。
「いや、待て。タランチュラに、こちらの待ち伏せがばれる。」
ワスプを撃墜したいのはケンも同じだったが、それよりも、やり過ごしてタランチュラに不意打ちをしかけた方が良い、と判断したのだ。
見落としが無いか、装甲ヘルメット内部に表示される情報に、ケンはもう一度目を走らせた。
ヘルメットは、識別信号の有無で、相手が敵か味方かの判断をする。それと同時に、カメラから受け取った光学映像と内部の記録映像を照らし合わせて、相手の正体の分析もおこなう。記録映像には、他の兵士による過去の目撃映像や、核戦争以前の映像資料が入っていた。この敵味方識別システムが敵と見なすものは、画面上では赤い線で輪郭が囲まれる。遠くにちらちらと見える戦車と、車の上を舞うワスプがそうだった。識別信号を発する味方は緑の線で強調表示され(これは周囲に展開する味方)、どちらとも分からないモノは青い輪郭線だ。手前の追われている車がそれだった。
車が近づいたことで、より細かい観察ができるようになった敵味方識別システムは、正体不明の装甲車の分析精度を高めた。そして映像資料から類似するものを探し出し、ウラジオストク軍の機動兵器に形状が似ている、という推測を表示した。
「ウラジオストク軍?ロシアの装甲車なんて初めて見ましたよ。」
望月曹長が、生きてる化石を見つけたような、驚きの声を上げた。
「ああ、俺もだ。システムの分析が正しければ、だけどな。」
そう応じたケンも、同じような気分だった。
一方、赤い輪郭線で囲まれている奇怪な歩行戦車に視点を合わせると、別の文字ウィンドウが表示された。
”タランチュラ軽戦車”。武装や弱点部分の情報がその後に続く。
タランチュラは、その名前の由来となった動物のように、折れ曲がった4対の脚で移動する、全長五.二メートルの多脚戦車だった。完全自律制御の無人兵器で、流線型の胴体上部にはプラズマキャノンが一門と、パルスレーザー機銃が一挺搭載されている。人類の敵である人工知能体MCPUが、ワスプと同様に生産し、操る兵器の一つだった。MCPUはなぜか、生物の姿を模写した無人兵器を次々に作り出していて、人間達から嫌悪され、そして恐れられている。
いきなり、追跡するタランチュラの内の一両が主砲を発砲した。標的への照準を固定したらしい。障害物の間を直線でくぐり抜けたプラズマシェル砲弾が、目標に命中した。直撃した砲弾は装甲車の右後輪と、その周辺部を焼失させた。三つの車輪で走る事になった装甲車は傾き、尻を引きずりながらも少しの間走り続けた。しかし進むうちに左前輪が、がれきを踏みつけてしまう。大きく傾いた車体は、そこでバランスを失って横転した。ケン達の待ち伏せの警戒線まで後一〇〇メートルの距離だった。
待ち伏せの意味が無くなった事を知ったケンは、作戦を変更した。
「前進して生存者がいるなら救出する。遮蔽物を盾にして進め。
一斉に電磁グレネードを投げ、タランチュラの電子回路を焼き切る。動きを止めたら、装甲の隙間から弾を撃ち込め。」
最初に立てた作戦では奇襲効果を高めるため、ワスプとタランチュラをいったん通過させ、斜め後ろから攻撃をしかけるつもりだった。だが、装甲車がこちらにたどり着く前に動けなくなった今、戦術を変えるしかない。
”戦場では決して思い通りに事が進まない”という訓練教官の言葉が、ケンの頭をよぎった。
命令を下しながら、ケンは右手に持っていた小銃でワスプに狙いをつけた。待ち伏せからの奇襲を、正面からの強襲に切り換えたので、敵を少しでも早く減らした方がいい、と判断したのだ。
ケンが構えた銃は、ジオフロント防衛軍の制式装備、一五式電磁加速小銃だ。かつての戦車や軍艦に搭載されていた電磁滑腔砲が元になっている。長い砲身を持つレールガンを、全長一二〇センチメートルまで縮小化、本体重量を七.二キログラムまで軽量化し、歩兵が持ち運びできるようにした武器である。小型化したために威力は落ちているが、閉鎖された暗い地下空間で戦う時には、派手な発砲炎や発砲音が発生する火薬式ライフルよりも、使い勝手が良いのだった。見た目は火薬式ライフルとほとんど変わらないが、内部の発射機構が根本から違う。電磁力で弾丸を加速して射出するため、反動も少ない。火薬を納める必要の無い弾は、薬莢が無いために小型で、標準型の弾倉に四五発まで装填できる。ただし、銃の作動用に電源パックが別途必要になる。これは弾倉と同じように銃の底部に差しこむカートリッジ形式だった。
ケンは、リニアライフルの安全装置をはずした。ヘッドアップディスプレイの視界内で、ライフルの銃口から、弾道予測の仮想線が瞬時に伸びる。
拡大表示された一〇〇メートル先のワスプに弾道予測線の先を重ねて、単発発射モードで弾丸を発射した。発砲音はせず、代わりに空気を切り裂く、鋭い風切り音が響く。
飛来した高速弾に胴体を引き裂かれたワスプは、地面に部品を飛び散らせながら墜落した。
「前進!」
ワスプを撃ち落とすと同時にケンは叫んだ。
「了解!」
部下達が口々に応答した。
ケンはリニアライフルを片手に持ったまま、四階建ての建物の高さに相当する岩棚から飛び降りた。強化外骨格の関節と骨組みが、高低差一〇メートルの無茶な落下の衝撃を大部分吸収した。続いた望月曹長が背後に着地する。部下の兵士達も、それぞれの隠れ場所から前進し始める。
分隊を構成する一〇名の兵士達は重い強化外骨格を装着しているにも関わらず、その動きは非常にすばやく、滑らかだった。首から下の装甲内部には、外骨格の機構が収められているからだ。これは手足に添った頑丈な金属の骨格と、間接部の電動アクチュエーターで構成される戦闘支援装備だった。
外骨格は、兵士の身体能力を大幅に増幅し、戦闘力を高める目的で二一世紀に開発された。例えば、重量七〇〇キログラムの軽自動車を持ち上げたり、毎時二五キロメートルでの長時間疾走をしたり、自分の身長の三倍ほどもジャンプしたり、といった事が可能になる。外骨格を身につければ、兵士は体への負担を軽減しつつ、超人的な動きができるのだった。着用者が動こうとする時には、体の表面に発生する生体電位信号を、外骨格の内部センサーがすばやく感知する。そして着用者の動きに同調して、時間差無しに外骨格の関節が曲がる。このため重い装備を身につけていても、動作に遅れが出る事が無い。
外側の装甲服と内部の外骨格が一体化した装備を、強化外骨格と呼び、そしてこれを装備した兵士は、ケン達がそうであるように、重装機動歩兵と呼ばれている。