エウリカ首都・ガルナ3
暗い道のりを走る足音とそれを追いかける金属音。
「はぁっはぁっはぁけほっ、ティナ、大丈夫!?」
「だい、じょ……はぁっはぁっ」
ティナはそういうが、エミリアにとって一目でわかる。
顔は真っ青で呼吸すらまともにできない。
誰か、誰か助けて、そう願ったが現実は甘くない。
唯一幸いにしてこの道のりは二人が遊びまわったところだから逃げられてはいるが、二人の記憶とは若干違うところに不安を感じつつも足を止める余裕はない。
――だがその不安は現実のものとなった。
「えっな、なんでっ」
そこは行き止まりだった、エミリアは壁を強くたたく、しかしそれは張りぼてでもない、幻術でもない、現実のものとなってそこにある。
いつのまにか一軒家がたっている、二人の顔がさらに青くなった。
ガシャリ、ガシャリと鎧がぶつかり合う音と地を蹴る音が響き渡り、エミリアはティナを背にしてかばうように立つ。
「……なんなのよ」
カタカタと揺れる腕が視界端にみえる。
カチカチと歯がなる、後ろのティナもそうだった。
「なんなのよ!?」
どうしてこうなったのだろうかと過去のことを思い出す。
飲みにいって、帰り道に追いかけられていることに気が付いて、走り出して。
気が付けば目の前に十人以上の剣を携えたフルフェイスの兵士たちに包囲されていた。
「誰か……誰か助けてよ!」
――そこに、空気を切り裂く一閃が放たれる。
「な、なんだきさガァッ!?」
エミリアは変化が起こった方向へと驚きの表情で視線を向ける。
黒くて見えにくいが、そこにいたのは少年だった。
男へとついていく、到着したのは薄暗い地下室だった。
近くの椅子をこちらへとよこし、自分も近くの椅子を引き寄せて座る。
それにならい座ると、男はしゃべりだす。
「俺の名前はランバル、ここまできてもらってすまねぇな、理由はあるんだ」
「シオンだ」
「……アルア、じゃないのか?」
「色々とある」
そういえば、ランバルは深く詮索はせず、そうかと頷いた。
「この国は変化した……正確には国王が、か……国の問題が起こってもまともに取り合いやしねぇ、表はニコニコと話を聞きたいなんざいって呼び止めて、そいつらが城へと入っていくんだ、でもな、誰もでてきやしねぇ」
「ペルア村の村人もか」
「あぁ、それだけじゃねぇ、城のメイドに俺の幼馴染がいるんだが、手紙で『人が変わったようだ』と書いてきやがった、それからどんなに手紙を送ってもかえってこねぇ」
「情報規制とかではないのか?」
「戦争でもやるのか?――それでも何故……そのペルア村とやらの村人が帰ってこないか、答えにはならないだろう?城に何かしら規制する情報があったとしても、それを護るためなら城の外に呼びつけるべきだ」
「そうだな」
頷く、それを見て笑みを浮かべるランバルはまくしたてるように続きを言い放つ。
「おかしいんだ、国中が――だから、俺は決めた」
「突入する!」
「いやちょっとまて」
「……」
「……」
「突入する!」
「二度言っても返答は変わらないからな」
淡々とそう返答すると、ランバルは悲しそうな表情を浮かべ、シオンへと掴みかかり、シオンが剣へと手をかけたのをみて大人しく机へと両手をつく。
「俺の幼馴染さ、レティシアっていうんだ」
「女性か」
「俺と彼女、結婚するんだ」
「おめでとう」
「ありがとう、じゃあいっちょ突入するか!」
シオンは立ち上がり、外へと続く扉へと歩く。
そのシオンの腰に掴みかかり、泣きながら懇願する。
その様子にシオンはため息をついてランバルへと視線を移す。
「とりあえず情報が必要だ、おかしいっていうだけじゃ確実性にかける」
「信憑性とかじゃねぇんだよぉおおおお!」
いやいやいや、信憑性はこの場合もっとも必要だからな。
おかしい!じゃあ城へと突入だ!とかない。
「明日またくるからな」
「わ、わかったよ」
外に出て地下から地上へと出る。
ファンテッドという貴族からの返答を待ってからでも遅くはないだろう、そう考えて宿屋の道へと向くと、背後から悲鳴が聞こえる。
そして、それを追いかけるような金属の足音。
ただ事ではない、そうシオンは予感して、音の方向へ走り出す。
さて、その予感は的中した。
遠くに見えるのは窓口にて対応してくれた女性と、そのときに話していた小柄の女性だ。
――俺の責任であろうとランバルの話と今までの違和感から理解していた。
剣を抜き放ち、突撃する。
一閃は正確に兵士を気絶させる。
シオンの姿にいっきに兵士が攻撃を加えるが、その剣はシオンが切り裂くことはなかった。
正面から来たものに肘鉄を食らわせ、右の兵士の剣をよけ、フルフェイスの兜の後頭部を掴み、地面へと叩きつけ、さらに思い切り踏みつける。
一閃、一閃、一閃。
暗闇に銀閃が複数通ったかと思うと、兵士たちは倒れ伏す。
二人へと近づくと後ろから足音が聞こえる。
そこにいたのはほかの兵士より巨大な体躯をした――おそらくリーダーだろうか。
剣を抜き放ち、剣を構える。
あちらも剣を構える。
同時に走り出す、素早い攻撃をすべてシオンは促すが、相手は小出しだ。
受け流すことを中心に戦いを組み立てるシオンにとってその戦法は不得意な相手だ。
――速い。
攻勢へと出るしかない、そう思い一歩踏み出し、一気に叩きつける。
その時だった、敵が剣を強く握るのをみたのは。
次の一撃はかなり力を込めた一撃だと悟り、攻勢に出ようと踏み出したことが失策だったと知る。
その一撃は、――とてつもない一撃。
だが、一撃を受け止めるわけもない。
ディパングの剣は固い、そこらの剣よりかは数段上の硬度を持つ。
しかし、その剣は鋭いが故に刃こぼれが酷く、刃こぼれは致命的なものである。
故にまともに剣を叩きつけ合う戦い方は、この一本の剣しか持たないシオンにとってあまりやってはいけない戦い方だ。
それ故に、それに特化した修練を積んだ。
――不意打ちであったとしても受け流しきれない道理はない。
「ッオォォオ!」
受け流しきる。
そのまま踏み出して、横に一閃した――しかし切り裂いたという手ごたえはなかった。
「な……!?」
目の前のフルフェイスの男が黒い靄となり、そのまま後方へ元の姿へと変貌する。
「……色々とありすぎだよ、こりゃ」
神話は本当なのではないかと考え、シオンは現実逃避気味に笑った。