リオン・ドラコール
「いつまでへたり込んでいるつもりだ?」
魔術使いに声を掛けられても、俺は全く反応出来なかった。完全に腰を抜かしてしまい、口をパクパクさせるしかなかった。
「全く、まともに喋れんのかお前は。」
そう近づいてきたそいつは、改めて見ると女だった。身長は俺より頭一つ分小さく、黒いキャミソールの上に白いパーカー、藍色のジーンズを片足だけ膝丈まで折り返し、黒いソックスを履いていた。髪は空のように澄んだ水色で肩まであり、大きく楕円の瞳は赤く磨かれたルビーそのもののように見えた。
その時、図書館で会った男の顔が、左右の違う色の瞳が呼び起こされ、俺は反射的に身構えようとした。
が、腰を抜かしていたことを思い出し、バランスを崩して重力に逆らえずまたへたり込んでしまった。
「…大丈夫か?」
距離にしてほぼ0に近いところで声が聞こえ、見上げてるとすぐそこに顔があり、鼻が触れそうな程近かったので、また驚いてしまった俺は頭からひっくり返ってしまい、後頭部を強く打ち付けてしまった。住宅街なので当然地面はアスファルト。激痛が来るのは必然であり、俺は頭を抱えてゴロゴロと身悶えた。
「おいおい…。」
今度は魔術使いが呆れたように頭を抱え、やれやれと首を振りながら手を差し伸べてきた。俺は「あ、ありがとな…。」と言いながら恐る恐るその手を掴もうとした。その時、彼女の目に疑念の色が浮かび、俺にもその色が浮かびかけたのと彼女が俺の手首を掴んだのは同時だった。
「うぉ…っ!?」
いきなり引っ張り上げられ、ふらつきながら
立つことになったが、身長にかなりの差があるためにへっぴり腰の状態になり、なんとも言えない格好になった。そんな事はお構いなく、魔術使いは赤い瞳で掴んだ俺の手首を凝視していた。
赤い瞳。『人間界』が『魔法界』と繋がってからそれは特別な意味を持つ。20年前にこちら側にやって来た魔術使い達も全員が赤い瞳だったのだ。彼ら曰く、『魔法界』には色々な種族が存在しているらしく、その中で彼らは魔法を使いこなす『赤瞳族』というヒト型の一族だそうだ。その一族は全員目が赤く、それが一族の一員だという証だと、10年前に義務化された『魔法界』を学ぶ授業で習った。
だが、『人間界』の俺たちは未だに他の種族とは会えていないので、彼らのことは『異なるもの』と呼んでいる。
その異なるものでもある魔術使いが目の前で俺を夢喰いから助け、俺の手首を掴んで凝視している。
…どういう状況だよ、これ。
「あ、あの〜、一体何を…?」
「動くな、あと黙ってろ。」
聞いた途端に黙れと言われ、じゃあどうすりゃいいんだと聞き返そうとした時、俺の手首が何故か紫色に光り始めた。ギョッとしてよく見ると、見覚えのない模様が刺青のように浮かんでいるのが分かった。
「…この〝呪印〟、どうしたんだ?」
魔術使いがこっちを見ながら尋ねてきたが、俺には覚えがなかった。光る刺青なんて知らないし、ペイントした事もない。
「いや、全然心あたりないんだけど…。」
「じゃあ、不審な人物に会ったことは?」
警察の質問かよと突っ込もうとしたところで、さっき思い出した図書館の男の顔が浮かんだ。
「それはあるぜ。緑の髪で両目の色が違う…。」
そこまで言ったところで彼女は大きく目を見開き、俺の手首を離して今度は二の腕を強く掴んだ。
「タクトに会ったのか!?どこで!?」
「っと、図書館で…。」
強い口調でいきなり聞かれたので、つまりながらもそう答えると、魔術使いは腕を掴んだまま彼女のほぼ等身の杖を肩にかけ、もう片方の手を耳にあてた。しばらくすると、何やらブツブツと話し始めた。
「私だ。タクトが一般人に接触した。…場所は市内の図書館。……ああ、確認してくれ。」
どうやら、魔法で誰かと連絡を取り合っているようだ。そんな魔法もあるのか。携帯のようなものだろうか。
「あ、その一般人だが、〝呪印〟が施されていた。恐らく接触とは別のタイミングでかけたと思うが…。」
そう話しながら、魔術使いが俺を見てきた。
「奴に触られたか?」
「いや、ちょっと話しただけだけど。」
そう言うと、彼女は「そうか。」とだけ言い、また誰かと話し始めた。
「やはり別のタイミングだ。これから一旦連れて行く。…ああ、解除も兼ねて色々説明するさ。…了解、すぐ来てくれ。それじゃ。」
話を終えたのか、耳から手を離し、腕を掴んでいた手も離して杖を持ち、そのまま腕を組んで俺と向かい合った。
「お前、名前は?」
「…秀、藍澤秀。」
「秀、か。ツイてなかったな、あれ程の数の夢喰いに襲われるなんて。」
魔術使いそう言いながら、地面に散らばった、さっき夢喰いの代わりに降り注いだ紫のアメジストに似た色の宝石を見つめ、杖を向けた。すると、どこからともなく風が足元を吹き抜け、杖の先に微かに緑色を帯びながら集まるのが分かった。風がある程度集まると、まるで触手のように宝石に伸び、あっという間に全て回収してしまった。
もちろん魔法を見るのは初めてなので、まるでそれが奇跡のように思えて、思わず感嘆の声を出してしまった。
「…そうジロジロ見られるとやりにくいんだが。」
魔術使いが少し迷惑そうに言ったので、俺は「ご、ゴメン。」と謝りながら目を逸らした。
「これは夢喰いの核みたいな物だ。放っておくとロクなことにならないからな。夢喰い狩りの後は必ず回収しなければいけないんだ。」
気を使ってくれたのか、説明をしてくれながら宝石を手で持ち、どこから出したのか綺麗な装飾がしてある箱に丁寧にしまっていく。
しまいきると、「これでよし。」と言いながら箱を軽く宙に放ると、箱がまるで瞬間移動したかのように消えてしまった。
「なっ…!」
「これで本部に届けられた。業務終了だ。」
やれやれというように体を伸ばした魔術使いは、もう一度俺と向かい合った。
「お前、今から時間があるか?」
「え?なんで?」
突然の質問に俺は首をかしげた。
「その手首の〝呪印〟を解かなければ、また夢喰いが襲ってくるからな。私たちの本部で解除してやる。だからだ。」
それを聞いた俺はゾッとした。またあの気味の悪い奴らに襲われると思うと怖くなったからだ。
「で、どうだ?」
そう聞かれても返答は一つしかない。
「…お願いします。」
そう言うと、魔術使いは頷き、「ついてこい。」と言って歩き始めた。が、すぐに止まった。
「なあ、お前のことはなんと呼べばいい?」振り返りながらそう聞いてきた。
「なんでもいいぜ、ヘンテコでなければ。」
「じゃあ、秀だな。」
微かに笑いながらまた歩き出そうとした時、ふと聞き忘れてたことがあるのを思い出した。
「あのさ。」
「ん?」
「あんたの名前。まだ聞いてないんだけど。」
彼女も思い出したように目を少し開き、そして、こう名乗った。
「私の名は、リオン。リオン・ドラコールだ。」
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「とうとう会ったな。」
「そーだねぇー。」
「…お前から見たいと言ったくせになんだその反応の薄さは。」
「いやー、あまりのドラマ性の無さに嘆いてたんだよ。想像以下だった。」
「…確かにな。」
「でしょでしょ!特に秀君のひっくり返りっぷり、バラエティだよ完全に。」
「まあ、どんな形であれ、とりあえずは任務完了だな。」「じゃ、帰りますか。」
「ああ。報告せねばな。」
「次に会う時は、敵だからね?秀君♪」