二人の出会いー秀とタクトー
俺が目覚めたのは、そろそろ16時を回ろうとしていたころだった。
洗濯物を畳んで、ソファで寝てしまって、もう1時間がたとうとしていた。
ソファで寝たからか、体が重く感じられ、ぼーっとした感覚だった。
時計をノロノロと確認して伸びをしたとき、俺の頭にある事が突如として浮かび上がった。
「ヤバイ、本!返しそびれてた!!」
そう、図書館で借りていた参考書を返却するのを忘れていたのだ。
…まずい。これはまずい。
ここから図書館まで自転車で30分。
いつもなら図書館が閉まるのは17時。けど今日は何らかの関係で…。
確か、あと30分で閉館するはずだ。
その結論にたどり着く前に、俺は昨日読み終えた参考書をつかみ、自転車に飛び乗っていた。
カゴに本を突っ込んで違法スピードすれすれで図書館に直行した。
「…ぷっはぁ~。」
16時28分。ギリギリ返却できた。
にしても、ちょっと飛ばしすぎたようだ。足に疲労を感じた俺は、すぐそこにあった自動販売機で缶のオレンジジュースを買い、一気に飲み干した。
周りを見渡し近くにベンチを見つけて座り、ふと空を見上げた。
秋もかなり深くなったこともあって、空はもう夕焼けに染まりかけていた。公園が近くにあるが子どもの姿はなく、休日だからか、大人の姿もなかった。
空気も冷たくなり、風も出てきて、全速力で自転車を漕いで汗ばんだシャツが冷たく感じられた。
「…すっかり秋だなー。」
「ほんとだね。」
その声に頷きかけた俺の頭の中に疑問符が3つ出現した。
1つ、誰もいないとさっき言ったばかりだよな。
2つ、ベンチに座ったとき、俺だけだったよな。
…3つ。
……いつ俺の隣に人が座った?
「うわっ!」
すぐさま隣を見ると、いつの間にか男が座っていた。
男の髪は鮮やかな緑で、グレーの片方袖なしトップスと同じくグレーの膝丈ズボンにブーツという、どう見てもコスプレにしか見えない服を着ていた。
「あっはっは!ごめん!驚かせちゃった?」
男は悪びれもなく言ったので「あんたにとっては当たり前なのか。」と突っ込みそうだった。
「なっ、なっ、なっ…!」
「まーまー、ちょっと落ち着いて。」
ポンッと肩に手をおかれ、我に返った俺はようやく平常心を取り戻せた。
「す、すみません。急だったもんで驚いちゃって。」
「いーの、いーの。わざとだから。」
男はにっと笑うと、正面を向いた。
…わざとって言ったよな。いたずらか?
「あの…。」
「あ、俺の名前?タクトだよ。タ~ク~トッ。」
別に名前を聞いたわけではないのだが、名乗られたので一応こっちも。
「秀です。藍澤秀。」
「うん。知ってる。」
「え?」
当然俺とこの人は初対面だ。記憶力はいいほうだからそれははっきりしている。
なのに、「知ってる。」?
以前のサッカー部の駆り出された時の相手校のメンバーかとも考えたが、記憶にない。ましてや、緑の髪の人だったら、印象に残って絶対に覚えているはずだ。
「突然だけどさ、秀君。」
男はこっちの思考を無視するように言葉を投げてきた。
「君はこれから化け物に追っかけられて逃げ回ることになる。」
「は?」
「逃げきれずに君は絶体絶命!そんな時、君はある奴に助けられる。」
「なに、言って…。」
「そいつの言うことには絶対に従うこと。OK?」
「あんたっ。何言ってんだ!?」
思わず俺は立ち上がりながら男に怒鳴りつけた。
そんな非現実な、2次元みたいな話があるはずがない。
「マンガじゃあるまいし、んなことおこるわけ…」
そこまで言って、俺は目を見開いた、と思う。
その男の目は、右は黄色、左は血のように真っ赤だった。
「なっ…。」
またもや絶句した俺に、男は立ち上がりながら、目を光らせながら、笑いながら言った。
「何言ってんの?魔法界に興味があるくせにー。」
「なんでそれを…っ。」
「知ってるんだよー。君の事ならなーんでも。」
男はゆっくり前に歩きながら、口調こそ変わらないが、異様な雰囲気を滲ませながら話し続けた。
「あんた、一体…。」
そこまで言いかけた時、男はグルンとこっちに振り返った。
「残念だけど時間切れー!」
芝居の様に両腕を広げ、満面の笑顔を見せた。そして、最後まで目を光らせ、口には笑みを浮かべたまま、片手を振り、
「じゃ、頑張ってねー。」
次の瞬間、男の姿は消えた。
立ち去ったんじゃない。消えたんだ。
風景に溶け込むようにして。
まるで、霧の様に。
「なんだったんだ…?」
訳もわからないまま、俺はそこに突っ立っていた。
「君はこれから化け物に追っかけられて逃げ回ることになる。」
「逃げ切れずに君は絶対絶命!そんな時、君はある奴に助けられる。」
「そいつの言うことには絶対に従うこと。OK?」
男の言葉が頭の中で反響する。
「…まさか…な。」
風が強く吹き、それでもしばらく立っていたが、夕焼けが深い赤に変わってきたのに気づいた。
「やべっ。夕飯の支度!」
ついさっき起こった現象に首をひねりつつ、来た時と同じように自転車に飛び乗り、もう一度ベンチを振り返った。誰もいないのを見てから、前に向き直った。
そして、背中に視線を感じながら、帰り道を急いだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お前はまた勝手なことを!」
「へーへー、悪うございました。」
「あれほど奴には接触するなと…!」
「いーじゃん。キョーミあったんだからさ。」
「…珍しいな。お前が〝アイツ〟以外に興味を持つなんて。」
「んー、なんとなくな。」
「まあいい。…ここまで来てしまったんだ。極限まで気配を消して経過を見届けるか。」
「お!マジ?」
「仕方なく、だからな!」
「ほーい。」
「んじゃ、見届けますか。『破壊の魔女』と人間の初対面を。」