うたた寝の最中の来客
「これでよしっと。」
秀がそう言いながら視線を向けた先には、整理整頓され、綺麗にたたまれた洗濯物があった。
中学に入ってから、親の都合上一人で家事をこなすようになって、今では一通りのことなら出来るようになっていた秀にとっては、洗濯物の片付けはお手の物であった。
「あとは……、もうないな。」
指を折りながらやった事を確認し、秀は一息つこうとしてソファに座った。
秀は天井を見上げ、ふと昨日の透の言葉を思い出した。
『きっと、これからだよ。』
その時は自分でも納得した気になっていたが、改めて考えるとはぐらかされた気がして、秀は釈然としなかった。
「……なんだかなぁ~。」
言葉に表せないもどかしさをそう口にしながら、秀はソファに寝転んだ。
しばらくそうしていたが、そのうち、秀は寝息を立て始めた。
その直後だった。
部屋の空気がカゲロウの様に揺らぎ、マントを身にまとい、フードを被った一人の人間が突如として姿を現した。顔はフードの陰で見えず、それがより不気味さを引き立てていた。その人間はソファで寝ている秀を見ると、足音を立てずに、静かにソファに近づいた。
そのことに気づかない秀は、未だに微かに寝息を立てていた。マントの人間はそのことを確認すると、秀の顔を少し覗き込むように態勢を変え、そして、微かに笑った。
「…コイツが〝アイツ〟の〈パートナー〉候補?ただの〈人間〉じゃねえ?」
マントの人間が若い男の声でそう言いながら振り返った先には、同じ様に現れた、同じデザインのマントを着て、同じ様にフードを被っている人間が立っていた。
「〝マスター〟がそう言ったんだ。間違いないだろう。」
後から現れた人間は、少女の様な声で言いながら、ソファに近づいた。
背丈は男のほうが高く、頭一つ分の差があった。しかし、会話の様子だと少女のほうが目上の様だった。
「ふーん…。それもそうだな。」
男はつまらなそうに言うと、再び秀の顔を見た。
「で?まだ〝アイツ〟とは会ってないの?」
「まだ話してなかったな。これから接触させる。」
少女はそう言いながら、秀の手首にそっと触れた。刹那、少女の掌から紫色の光が滲み出るかのように現れた。10秒ほどそうしていたが、少女の手から光が消えると、少女は手をどけた。
秀の手首に、先程の光と似た色の不思議な模様がブレスレッドの様に巻き付いていたが、
すぐに吸収される様に消えてしまった。
「これでいい。何をしたか、わかるか?」
少女はそう言うと、顔を男に向けた。
「もちろん。これで〈夢喰い〉に襲わせるんだな?」
「そうだ。あの模様は夢喰いを引き付ける〝呪印〟だ。コイツが今日中にでも外に出れば、やがて夢喰いのほうからコイツに寄って来て襲うだろう。」
再び秀を見ながら解説すると、少女は背を向けた。
「で、〝アイツ〟がコイツを救う、と。」
少女の言葉を引き継ぐ様に男が言うと、くすくすと笑い始めた。
「なかなかいいシナリオじゃないの。見物してようかなぁ~。」
「よせ。勘付かれる。」
少女に睨まれ、男は「はいはい。」と肩をすくませながら、同じ様に秀に背を向けた。
「行くぞ。任務完遂だ。」
「はいよ。」
二人は部屋の中央に立つと、その姿を歪ませ始めた。と、男が振り返って秀を見た。
「じゃあな、藍澤秀。また会おうぜ。」
その言葉を言い切った時には、二人の姿はその部屋にはなかった。