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魔術使い《ウィザード》の契約  作者: 蒼龍由希慧
第1章 はじまりの出会い
3/8

最後の『何でもない日』

20☓☓年 秋

  人間界 日本国 東京都・某所


夏の猛暑が嘘の様になくなった荒川の土手で、藍澤秀(あいざわしゅう)は寝転んで本を読んでいた。

時折近寄ってくる猫と遊んでいるその近くには誰もいない。

せっかくの連休なのにサッカー部の助っ人として強制参加された(しゅう)は、連休の頭から自分も行くはずだった2週間のアメリカ一周旅行に行ってしまった両親を妬んだ。

開校記念日と連休が重なった為、4日間学校を休めるが、遊びに行く金もない(しゅう)は残りの3日間をどう過ごそうか考えていた。

「…平和だなぁ…。」

そう一人つぶやいていた。

『魔法界』と〝繋がって〟から約20年。

学校の授業にも『魔法界』の歴史が入ってくるほど、交流が盛んになっていたが、現実は大して変わらず、『人間界』は同じ様な日々を送っていた。

秀も『魔法界』に関しては、一般常識並の事しか知らず、だからこそ一人空しくつぶやいていた。

〝何か〟が、足りない。

「…つまんねぇ。」

(しゅう)は再びつぶやくと本を片手に立ち上がった。

「じゃあな、ちび。」

そばにいた猫の頭を軽くなで、ジーンズについた草を払って歩き出した。

家に戻ろうとした(しゅう)はふと思い直し、近所の喫茶店『Night Cat』に立ち寄った。

「ども、(とおる)さん。」

その言葉を向けた先には、父の友人の不破透(ふわとおる)がカウンターで白磁の食器を拭いていた。

「いらっしゃい、(しゅう)君。」

「そんなにかしこまらなくてもいいっすよ。」

(とおる)がいつもの笑顔で店員のお決まりのセリフを言ったので、秀はなんだか照れくさくなった。

(とおる)とは小さいころからよくしてもらっていた。海外旅行好きの両親が(しゅう)を連れていけない時は、いつも(とおる)に預けていた。その為、(とおる)(しゅう)の育ての親と言っても過言ではなかった。

「いつものかい?」

(しゅう)がカウンター席に座ると、(とおる)がさも当然のように聞いてきた。

「はい、お願いします。」

(しゅう)が返事を返すと、(とおる)は微かに頭を下げ、(しゅう)のお気に入りのコーヒーを用意しながら(しゅう)に再度尋ねた。

「退屈かい?」

「…さっきまで土手で本読んでたんっすけどねー。」

「飽きちゃったか。」

「…はい。」

(しゅう)のふてくされた返事に、(とおる)は「ふふ。」と微かに笑った。

「でも、サッカーの試合は勝ったんだろ?」

「まあ…、そうっすけど。」

「たしか、4対0だっけ。すごいねー。」

「あれ?教えましたっけ?」

(しゅう)は首を傾げた。

「観に行ったんだよ。秀君が出るって聞いたもんでね。」

「あ、そうでしたか。」

(しゅう)が納得した時、目の前にコーヒーカップが置かれた。

「お待ちどう様。」

そう言った(とおる)の緋色の髪が少し揺れた。

「相変わらずっすね。その紅い髪。」

(しゅう)がポツリと言った。言ってから(しゅう)ははっとした。

(とおる)の髪は、(しゅう)の記憶がはっきりしている頃から鮮やかな緋色だった。だが、不思議と変だとは思わなかった。

なのに、なぜ今気になったのだろうか。自分でも不思議だった。

「どうしたんだい、いきなり。」

(とおる)も何かを感じたのか、(しゅう)の顔を見て聞いた。

「いや…、なんでですかね。なんか急に気になって。」

(しゅう)はまた首を傾げた。そして、ふと思い立った。

「さっき、あれを考えてたからかな…。」

「なんだい?」

(とおる)が興味ありげに聞いてきた。

「いや…その…、『魔法界』のことを…。」

(しゅう)がそう言うと、(とおる)は不思議そうに首を傾げた。

「『魔法界』が、どうかした?」

そう尋ねてきたので、(しゅう)は答えることにした。

「…『魔法界』って、どんなとこかなって…。」

「どんなとこか?」

「はい。」

(しゅう)はコーヒーを一口飲んで、話を続けた。

「世界…、いや、『人間界』が『魔法界』と〝繋がって〟、もう20年くらいたったじゃないですか。けど、特に変わった事はなくて、結局いつも通りの日が過ぎてくから、そんな事なんかなかったんじゃって考えちゃうんですよ。」

またコーヒーを一口。

「…けど、俺が考えてたのって、そうじゃないんですよ。」

「どんな風に?」

(とおる)がまた尋ねた。

「なんと言うか…、魔法使いとかと普通に話してんじゃないのか、とか、手品とかじゃない、本当の『魔法』が見れたんじゃないのか、とか…。あまりにも変わらなすぎじゃないのかって…。ほら、(とおる)さんの髪って、染めなきゃありえない色じゃないですか。たぶんそれで…。」

そこまで言って、(しゅう)は言いよどんだ。

「うーん…、そうか。」

(とおる)は何かを考え始め、(しゅう)は残りのコーヒーを一気に飲み干した。

1分ほどの沈黙を先に破ったのは、(とおる)だった。

「きっと…、これからだよ。」

「え?」

きょとんとした(しゅう)に、(とおる)は微笑みを浮かべながら続けた。

「きっと、(しゅう)君はこれから、この世界の変化を感じ取っていくんだよ。人って意外と鈍感でさ、その変化に気づくのは、結構後になってからなんだよ。」

そう言いながら、(とおる)はカウンターに手をついた。

「だから…、そう焦らなくていいんじゃないかな。」

そして、(とおる)(しゅう)の頭をクシャクシャッと撫でた。

「ちょっ、(とおる)さん!」

(しゅう)は少したじろいだので、(とおる)は声を上げて笑った。

「それよりさ、今日の夕飯どうするの?」

(とおる)にそう話を振られたので、(しゅう)はハッとなった。

「やばっ!考えてなかった…。」

「良かったら、今夜一緒にどうかな?」

「え!いいんすか!?」

「ああ。」

(とおる)の笑顔に、思わず(しゅう)は笑みがこぼれた。

「んじゃっ、お言葉に甘えさせていただきます‼」

「わかった。じゃあ今夜、待ってるからね。」

「はい!」

(しゅう)が威勢よく答えると、(とおる)はまた笑った。

「あ、そだ。1回家に帰んなきゃ。」

(しゅう)がそう言うと、(とおる)も頷いた。

「じゃあ、コーヒー代はつけといてください!」

「またかい?相変わらずだねー。」

「はは…。月末払うんで!それじゃ!」

(とおる)に手を振りながら、(しゅう)は『Night Cat』を後にした。



誰もいなくなった店内で、(とおる)はカウンターに寄りかかり、眼鏡を外しながら天井を見上げ、小さくため息をついた。

「『あまりにも変わらなすぎている』、か…。」

そう言って下を向いた(とおる)の口には、さっきからは想像もつかない冷たい笑みが浮かんでいた。

「意外とそうでもないんだよ、(しゅう)君。」





「もうとっくに、君も巻き込まれてるからね。」

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