主任がゆく(千文字お題小説)PART8
お借りしたお題は「妄想の羽」です。
住之江博己に後ろから抱きしめられた松子はそれを振り払ってしまった。
「すみません……」
住之江は頭を下げた。松子は住之江と腕を組んで道頓堀を歩く自分を頭の中から追い出し、
「冗談はやめてください、住之江さん」
心にもない事をまた言ってしまった。
(私はどうしようもない臆病者だ)
松子は住之江の告白が嬉しかったのだが、そんな状況に慣れていない身体が反射行動をしてしまったのだ。
「足立さんの気持ちも考えずに感情に任せて動いてしまい、申し訳ありません。でも、冗談ではないです。本気です」
住之江はそう言うと、こじんまりした事務室を出て行った。
松子はそれを見届けると溜息を吐いた。
その後、他の男子社員が来たので、松子と住之江はいつもと同じように接した。
松子は、三人の男子に鶏肉の揚がり具合の見極め方を説明し、唐揚げ粉の調合、そして油の温度、量、揚げる時間を事細かに説明した。
そして実際に揚げてみせる。三人がそれに倣って実践するが、彼女と同じにはならない。
「平野さんは油の温度に注意してください。鶴見さんは粉の配合をもう一度確認してください。そして、阿倍野さんは粉の量に気をつけてください」
「はい」
三人は松子の丁寧な指摘に感動しているようだ。松子は彼らとの楽しい会食を想像してしまった。
(私、何を考えてるのよ……)
その日の業務を終えた松子は帰ろうとしたが、
「今日は愛さんの店に行きましょう」
平野達が強く誘ったので断わり切れず、住之江も交えて行く事になった。
「いらっしゃい! 今日はイケメンばかりで嬉しいわあ」
愛は満面の笑顔で迎えてくれた。
まずはビールで労い合い、鉄板焼きを楽しんだ。
住之江は愛とは笑顔で話すが、松子とはぎこちなくなっていた。
松子もそれを感じ、悪い事をしたと思った。
「松子さん」
トイレに立った時、愛が声をかけて来た。
「はい?」
松子は何だろうと思い、愛を見る。愛は顔を近づけて、
「博己君、松子さんの事、本気やよ」
「え?」
突然そんな事を言われ、松子は動揺した。すると愛は苦笑いして、
「ウチも博己君と長い付き合いやから、わかるんよ。博己君は控え目な女の子が好きやねん」
松子は全身が火照るのを感じた。
(私が控え目?)
大いに疑問に感じる松子である。
「松子さんは光子の親友やから、ウチは引き下がるわ。そやから、博己君の気持ちに応えてあげてな」
愛が目を潤ませて言ったので、松子はもらい泣きしてしまった。
ということになりました。