ちくわ勇者
俺は今、魔王の元へと乗り込む為に、魔王が住んでいると言われる、魔王城が一望できる、とある魔界の森の中に身を潜めている。
辺りは夕暮れ時となり、カラスなのか何なのか分からない普通の鳥よりも少しデカイ鳥が、グァグァと鳴きながら上空を飛んでいた。
それを視界に捉えると、懐から愛用のちくわを取り出し、徐に口に含む。
「フッ」
ちくわを口に含みながら、勢いよく息を吹くと、風圧によりカラスもどきな鳥が「グェェェ!?」と呻くと、地上に落下していった。
「今晩の食事は豪勢にカラスもどきの丸焼きだな…」
手にしたカラスもどきを肩に担ぎながら、今日の寝床となる良さげな岩穴を見つけると、その周辺に結界を張る。
すると、辺りに淡く白い光が発生し、結界を張った場所は誰の目にも留まらない空間へと溶け込む。
これは俺が勇者となった時に神官から授かった気配を消す事ができる魔法だ。
何でもこの魔法は、魔力の無い人物でも使える簡単な魔法らしく、魔物から身を護るのに適しているので、冒険者は皆必須で覚える初級魔法らしい。
俺は肩に担いだカラスもどきを地面に放り投げると、その辺に落ちている枯木や枯れ草を拾い集め、枯れ草にライターで火を着ける。
枯れ草から枯木に火が燃え移るのを確認すると、まな板もどきの薄っぺらい木の板を用意し、腰に着けていた小刀でカラスもどきの血抜きをした後に、手早く捌いていく。
鳥特有の淡白な肉部分を適当に木の串にぶっ刺して焼いていく。
かなりワイルドなやり方だが、ここに来てからかれこれ半年にもなると、手慣れた物である。
◇◇
俺は半年前に、勇者として異世界に召喚された。
何で俺が選ばれたのかは分からないが、異世界から召喚された勇者にしか魔王が倒せないと言う事を、俺を召喚した国の巫女姫さん(美少女)や王女様(これも美少女)、果ては大臣の可愛いお孫さん(美幼女)やらに切々と懇願された為、了承した。
決して美少女達に涙ながらお願いされたからではない…。
元の世界には戻れないけど、こっちの世界で王女を嫁にやるからとか、巫女姫も妾にするからとか、お孫さんを10年後やるから…とか言われたからやる気が出たのではない。
世界を救うと言う使命に、俺の燃え盛るパッションを止められなかったのである。
嫁にはもらうけど――
そんなこんなで半年掛けて俺は、たった一人でとうとう魔王のお膝元、魔界の森までやって来たのだった。
ちなみに俺自身には何の力もない。異世界トリップにはお約束のチート設定と言う物は何一つ、この身には宿っていなかった。
ならば、何故こんな無力な俺が単身魔界の森までやって来られたのか?
ちくわだ。
俺はちくわを手に取ると、一口かじりつく。口の中に入れた途端、口内に広がる甘やかな練り物の味。微かに感じる魚の芳醇な味わいが口いっぱいに広がり、数度噛みしめた後にそっと飲み込む。
疲れた体が優しく癒されていくようだ。
森の中で見つけて、水袋に淹れておいた湧水で喉を潤すと、ちくわの味が消えていく。
代わりに身体中に力がみなぎってくる。
そう、ちくわには俺の体を癒し、肉体を強化する作用があるのだ。
何故ちくわにそんな力があるのか?
これは巫女姫さんや神官の話だが、本来ならば俺自身に付与される筈であったチート能力が、ちくわに宿ったのではないか――と言う事だった。
確かに、俺は召喚される前に大量のちくわを購入していた。
別に無類のちくわ好きだったから、と言う訳ではない。単に某アニメの忍者犬があまりにもちくわを美味しそうに食べていたから、俺も無性にちくわが食べたくなったから購入しただけだ。
何故大量に購入したのかは、未だに理解に苦しむが、大量に購入しておいたおかげで、こちらの世界に召喚されて半年経った今も、ちくわのストックはまだ無くならない。
ちくわの効能はそれだけではなかった。
ちくわを目に宛て、望遠鏡のように覗き込むと遥か彼方まで見えたり、先ほどカラスもどきを倒したように、口に含んで息を吹くと、凄まじい空気弾となり狙った獲物は百発百中で倒す事ができる。それ以外にも、ちくわを両手で握りしめると、ちくわの空洞の先から刃のような刀身が現れ、剣術を習った事のない自分でも、ちくわ剣を振るう事が出来るのだ。
更には水の中でちくわを口に含んでいると、水中でも息が出来るという。
もう、ちくわの域を越えたスーパーチートちくわと呼ぶに相応しい練り物だ。
このちくわのお陰で、無力な俺でも半年間旅を続ける事が出来た訳である。
そんなちくわの数も、あと僅か。ちくわが残っている内に俺は魔王を倒して、世界に平和をもたらさなければならない。
「明日が決戦の日だ…魔王!!」
俺は誰に言うともなしに、そう呟くと焼けたカラスもどきの肉を食べて腹を満たした。
魔王…お前を倒し、俺はちくわ工場を作り、可愛い美少女達を嫁にする!
ちくわはチート能力により腐りません。
勢いだけで書きました。すみません。