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Knockin'on heaven's door  作者: 佐野和水
8/8

同業者の藤田早苗の場合


「本当にありがとう、あんな笑顔の妻を見る事が出来て、もう満足だ」

 松田さんの表情から迷いが消えた。

「僕はただ、きっかけになっただけです。一番がんばったのは松田さん自身ですよ」

 僕に残された事は、気持ちよく松田さんが昇天出来るように手助けする事くらいだ。

 そう、僕達の仕事は「ほんの少しの手助け」で、結果は本人の意思次第。本人の気持ちが理解出来ずには、この仕事は簡単には勤まらないのだ。

「後はゆっくり、天国で妻が昇って来るのを待つとするよ。高野君、もし妻がここにやってきたら……」

「大丈夫ですよ、松田さん。真っ先にお連れしますって」

 僕のその言葉に松田さんは白い歯を輝かせながら親指を立てて答えた。そして両手を広げて、まるで舞い上がるかのように光の束の中を駆け昇って行った。


「あーーーーーっ、嘘でしょ? ねぇ、今のって、松田一樹さん? もうアゲちゃった?」

「……え? まぁ、そうですけど」

「なんなのよ、この泥棒猫ぉ! ウチの会社がまだ新しいからって馬鹿にしてんじゃないわよーーー!」

 仕事の達成感を味わえるのは、今日はどうやら先送りになりそうだ。



『 その8 同業者の藤田早苗の場合 』



 元気よく登場してきて僕に因縁をつけてきた彼女は、同じ「天導士」を生業としている藤田早苗さんだ。

 同じ、といっても会社は違う。

 僕の会社は古くからの老舗でもある「天国社」。社訓は【心に悔いなく、仕事に無駄なく、優しさは惜しみなく】で、小規模な会社ながら顧客満足度は常に上位である(天国調べ)。

 対して彼女の会社は数年前から事業を始め、近年成長著しい「エンジェルハイロウ社」、外資系だ。モットーが【質より量】なので、とにかく昇天実績数にこだわりを持っている。現世への未練を絶たせる事で昇天させる手法を取る傾向にあるエンジェルハイロウ社は、僕はあまり好きではない。

「確かに早い者勝ちですから、私の抗議を認めたくないってあなたの考えは分かります。でもですよ、私は松田さんとのアポを五日も前から取っていたのですよ!」

「あっ、その事怒ってましたよ、松田さん。断っても断ってもやって来るって」

「な……何よっ、アポ取りは大事でしょ。それに私が先に見つけたんだから横取りしたのには変わりないでしょ!」

「横取りだなんて物騒な言い分ですね、まるで物扱いだ」

「何言ってんの? 今さら偽善者ぶっても天導士なんだから言い訳にしか聞こえないわよ。誰でもいいから天国にアゲて報酬をもらう、それが私達の仕事じゃない。とにかくアゲれば多かれ少なかれ報酬が入るわけだし、天国に行けて御霊もハッピーになれるんだし、悪い事ないじゃない」

 彼女が言いたい事は理解は出来る、だが納得はしたくない。天導士は「天国に行く資格は無いが良質な御霊の持ち主」から選ばれる、いわば天国からの「救済処置」なのである。それなのに自分の利益のために動くような考え方、僕には思いもしない発想だ。

 エンジェルハイロウ社が抱える問題点のひとつが、この藤田さんのような「若葉マーク」ばかりの人員である事。新人研修をちゃんとやっているのか、マニュアルばかりに気を取られて対象の御霊への配慮や礼儀などが欠如している天導士をよく見掛ける。

 いくら新人だからといっても、天導士になったのだから「良質な霊魂をより良質にして天国に送る」という天導士の本分は守ってもらいたいと僕は思う。

「……藤田さん、あなたが天導士になる事を引き受けた理由って、なんですか?」

 僕は我慢が出来なかった。この事を聞くのは天導士の間ではタブー視されている節があるのだが、どうしても同じ天導士として譲れない事があるのだ。


        ◇


「じゃあ、私は天国にアガれないの?」

 本来の天導士の役割や立場、そういった事を彼女は知らなかったので僕が説明すると、強気な彼女が一転してオロオロとうろたえ始めた。

「て、天導士としての職務を全うすれば権利が得られるって聞いてます。そこからは他の御霊達と同じく現世への心残りを清算していけば、遅かれ早かれ昇天出来るはずです。……って、僕もまだなんで詳しくないんですけど」

 それでも藤田さんは不安そうな表情で目に涙を貯めて、さっきまで責め立てていた僕にすがってくる。少し誇張して言ったのが不安になっている原因なのだろう。

「でも天導士に選ばれてるって事は、本来は天国に行けるだけの良質な御霊だっていう証拠なんですよ。現世で何があったかは聞きませんが、天国は藤田さんを見捨てずに天導士としてチャンスをくれたんですよ」

「……そんな話し、会社から全然聞かされてなかった。私はてっきり輪廻転生とかで優遇されるんだろうって考えてた」

「天導士それぞれで負債の額は違います。それは現世での過ちで決まりますし、何よりそれが天国に行けない負の原因です」

「私、現世への未練や後悔はあるけど、天国に行けないほどの悪い事した覚えなんかないよ……。このまま天国に行けなかったら、ヤだよ……」

 正直、少々やり過ぎた事は否めない。僕は考え方の相違くらいで取り乱し、大袈裟な説明で彼女を不安にさせてしまったのだ。少し反省しないといけないな。

「藤田さん、もう一度質問します。あなたが天導士になる事を引き受けた理由は何でしたか?」

「……他人の役に立ちたい。生きてた頃はワガママで自己チューで周りに迷惑ばかりかけてたから、困っている魂の助けをしたくて引き受けたの」

「天導士って、迷いや後悔で天国へ昇天出来ない魂をサポートするのが仕事だと思いませんか? 誰だって悩みはあるんですし理由だって違う。それなのに全て同じように昇天させてしまうのって、人助けになるんでしょうか?」

「……」

「もし逆だったら? 藤田さんは自身の昇天を手伝ってくれる人に「ありがとう」って言える事をされたいって、思いませんか?」

「そうだ。私、生きてた時と同じ事を繰り返してる……」

 彼女はようやく気付いたようだ、僕等は人助けをし続けないと天国には昇れない存在なのだという事を。そして、それに喜びとして受け止めないといけない立場である事を。


 決して僕等は「天使」と呼ばれるべきではないのだ。


「ハイロウ社のシステムは知りませんが、他社より低い負債額で天導士契約を結んだりしてますよ。もしかしたら藤田さんはとっくに完済してるんじゃないですか?」

「だったらいいな、なんだかやる気が出てきちゃった。……いつまでも返済が続くんだろうなって考えてて、最近ヘコんでてさぁ」

 そんな事を話す藤田さんは少し輝いて見えた。まるで昇天前の御霊のように、彼女が自分らしさを取り戻した証拠なのだろう。


        ◇


「高野君って、意外と度胸据わってて大胆なんだねぇ」

 藤田さんと別れてしばらくしてから、僕の上司である日下部さんがやってきた。

「大胆ってなんですか、ああでも言っておかないと収拾がつかなかったでしょ?」

「そうよね、今回の件はエンジェルハイロウ社さんに優先交渉権があったんだし、横取りした事は間違いないしねぇ」

 そんな事を言いながら、日下部さんはニヤニヤと笑顔を見せて僕の背中をバンバン叩く。

「クレームになったらどうしてくれるのさぁ? 頭下げに行くのって、アタシなんだけどぉ?」

「それはぁ……はい、すいません」

「それとぉ、最近好調だったから返済は順調に進んでいるワ。完済が見えてきたって感じかしらねぇ」

「そうですか……、なんだか複雑ですね。僕は天国に行けるだけの資格は無いっていうのに」

「何言ってるのぉ、さっき他社の小娘に説教したばっかりじゃん。あなたが天国に行きたくないのは構わないけど、あなたの魂は天国として必要なのよ」

 日下部さんが言っている事は理解している、だが納得はしないようにと心に決めている。そうでなければ、今まで僕が天国に送り届けた御霊の方々に失礼なのだと思っているからだ。

 天国は良質な魂が必要で、それが僕のような「大罪」を犯した者の魂でさえ必要とするほどに「財政難」なのだ。早い話、誰の魂でもとにかく必要としている。そんな天国の状況では【質より量】を今は求めていて、マイペースで仕事を進める僕には少々居心地の悪い場所になりつつあった。

「ま、今月も残り少しだけど、目標昇天数をクリア出来るように最後までがんばりましょーよ」

 少し考え込んだ僕に、そんな風に日下部さんは軽いノリであいさつをして帰って行った。僕には丁度いい上司なのかも知れない。



 日が沈み眼下の街並みが灯りで色鮮やかになり始める頃、僕は昼に昇天させた松田さんの事を思い出していた。

「悪い事したな……、出来ない約束をしたな……」

 僕には松田さんの奥さんを待つ事も連れて昇る事も出来ないって、自分でも分かっているのに……。

 自分自身では親身になって対応しているつもりだったのに、いつの間にか「仕事」として割り切っていい顔をしていたのだろう。

「なんか……、無理なのかなぁ?」

 誰に問いかけたわけでもなく、答えてもらいたかったわけでもなく、僕はそんな言葉をつぶやいてしまった。

 しかし、僕は天導士を続けなければ天国には行けない、「僕には資格がない」などと言っておいて本音ではやはり昇天したいと思っているのだ。



 そんな事を僕は見慣れた街を見下ろしながら、答えなど出すつもりもないのに考えてみた。



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