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Knockin'on heaven's door  作者: 佐野和水
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友達の平田尚輝の場合

「実はこの世界は巨大なMMORPGでして、私はその中のシステムの一つなんです。退会された方のアカウントを回収、管理しフォーマットする役割を担っております」

 真顔で僕がそんな事を言い出したので彼はわずかながら困った表情になったが、その表情はすぐに赤みを帯び始め、そして堪えられなくなって大声で笑い始めた。

「いい、いいよ、高野ちゃん。君といるとやっぱり楽しいや」

 何もない所で二人して座って、眼下に広がる現世の風景など気を留めずに、僕と彼は残された時間を一緒に過ごしていた。



『 その6 友達の平田尚輝の場合 』



 今回、天国に旅立たれる予定の平田さんは、以前に昇天させる事を伝えた際にすぐにそれを断られた経歴がある。もちろん、本人の意思を尊重するのが我が社のモットーなので無理強いするつもりはないのだが、もったいないと感じてしまうのも事実であった。

「最近のさぁ、高野ちゃんって面白いよね。昔ってなんか……学級委員長って感じでさ、融通も利かなかったよね」

 あの頃の僕はまだ駆け出しで、簡単な案件も困難な事例も真面目に全力で頑張る事が仕事なのだと信じていた。おかげで当初はウザがっていたらしく、ろくに話しもしてもらえずに担当から外されてしまった。

 数ヵ月前に再び担当となり久々に顔を合わせてみると、不思議と昔の苦手意識はなく今のようにこうして会話を楽しめるような仲になっていた。

「なんて言うんだろうね。分かるのよ、魂胆とか。いい顔して俺のためとか言って、本当は自分の成績とか保身とか考えてんのが。もう、そんなんばっかり来てたのよ」

 天導士業界で「難攻不落」と言えば彼の事を表す。再度担当に指名された際に日下部監視員に教えられたのだが、最初の僕以降に十五人もの天導士が彼を担当し、全員が結果を出せなかったのだとか。


 現世の街並みが足元で茜色と変わり行く。それはゆっくりと、時が経過している事を優しく教えるように。


「さぁ~て、もういいかな。十分楽しめたよ」

 ひょこっと立ち上がった平田さんは、ぐいっと背中を伸ばしながらそう言った。

「やっぱり……、僕なんかでよかったんですかね? 満足してもらえる事とか楽しい事とか、ちゃんと出来てた記憶もないですよ」

「そこがいいんだって、高野ちゃんらしいじゃん。ひねくれ者で天邪鬼な俺らしくもあるだろ?」

 ニッと白い歯を大きく見せて彼は笑う。目は線のように細くなり、イタズラっぽい笑い方で座ったままの僕を見下ろす。

「それと……な、約束したじゃねーか。高野ちゃんの担当の時に天国行くってよ」

 今度は一転して真面目な表情となり、照れながら鼻っ面を人差し指でかき出した。

 ――本当に、この人は分かりやすい。喜怒哀楽がはっきりしているし、飾る気も隠す気もなく接してくる。そういうところが……嫌いじゃない。

「そうでしたね、八年経ってようやく認めてもらったんですし、平田さんには跡形もなく昇天してもらわないと僕の気が晴れて……」

「オイオイ、物騒な言い方するんじゃねーよ。ちょくちょく出てくる本音が怖いんだよ、高野ちゃんは」

 怒っているようにも聞こえるが、きっと彼は喜んでいる。寂しがる表情を彼に見せるわけにはいかない、お互い笑っていないと間が持たないのだから。

「最期に……真面目な話。天国ってどうよ? どんなトコなのよ?」

「その質問には……答えられないです。もうすぐ体感出来ますから、ご自分で確認してくださいって」

「そうか。それじゃ、高野ちゃんのオススメスポットとかあんの?」

「いやぁ……。実は僕、天国に昇った事ないんです」

「えっ? マジでっ!」

 無理もない、僕ら天導士の事を世間一般的に「天使」と認識している人も多い(天国調べ)。それなのにその天導士が天国を知らないのは、とても「騙された感」が満載なのだろう。

「あー、なんかショックやぁ。高野ちゃん一言も言ってくれんしな。それならもっと早めに行って、先に楽しんでも良かったのに」

「すいません、別段言う必要もないと思ってましたし。……それに、いろいろとあるんですよ、この仕事は」

「そっか、ならしゃーないな。言えない事は聞かないし、俺もそこまで意地悪じゃないし。……お前も辛かったんやろ?」

 数ヵ月前に改めて担当になって、それから多くの時間を使って彼と仲良くなった。僕は天導士だ、清き御霊を天国へ届ける案内人であり、彼は天国から指定された「荷物」みたいなものだ。

 ――僕も、平田さんみたいに、もっと本音で話せたらよかったのに。

 気が付けば僕は涙を流していた、恥ずかしがる暇もなく涙が出てくる。昔に体感した何かに似ている、大好きな玩具を親に取り上げられた時のあの悲しさだろうか?

「なんも言わんでいいって、高野ちゃん。頑張ってるのは俺が認めてるから、このまま頑張れば行けるんだろ?」

 そう言いながら、平田さんは僕の頭に手を当てる。ポンッと、そっと優しく。

「あー、もう時間みたい。なんか、体か軽くなってる気するし」

 しかしその頭に置かれた手の感覚も軽くなり、僕は慌てて立ち上げる。

「なぁーにシケた面してんの、高野ちゃん。また天国で会えるんだろ? ……俺はよ、生きてても死んでからも楽しくなかったのよ。でもよ、面白くなって帰ってきた高野ちゃんと話ししてたら毎日が楽しくてよ。おかげで死んでからも引きこもらずに済んだよ」

「なに……言ってるんですか平田さん。今さら素直でイイキャラ設定になろうってしても遅いですよ」

「元気じゃねーか、高野ちゃん」

 そして再び細い目の笑顔を見せてくれる。

「じゃーな、あっちでも先輩面させてもらうからよ。来る時は必ず焼きそばパンとイチゴ牛乳持ってこいよ」

「パシりかよっ。っていうか、ドリンクのチョイスがかわいいよ」

 ゆっくりと浮かぶ平田さんに、僕は今までと変わらぬ対応をする。言いたくないのだ、ありがとうもさようならも。

 言うと、もう会えないような気がするのだ。

「またな、ダチ。楽しかったぜ」

 スーッと平田さんが右の手を握り拳にして伸ばしてきた。僕も慌てて右の拳を上に伸ばし、軽く拳同士を当てる。


 それは、僕らだけの挨拶。ありがとうも、さよならも、楽しかったも、いろんな感情を詰め込んだ「いつもの別れ」の挨拶だ。


 光の中で「オムそばパンも有ったら……」と必死に叫んでいたので、悲しみの涙がいつしか笑いの涙になっていた。最後の最後まで、僕に気を遣ってくれていたのだろう。

 本当に、あの人はいい人だ。楽しい人だ。飽きない人だ。面白い人だ。


 ……大切な友達だ。



 静かになった場所に、僕はポツンと立っていた。どう動けばいいか分からず、どう考えればいいか分からず、あの笑い声を思い出しながら少しだけ涙を流していた。


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