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Knockin'on heaven's door  作者: 佐野和水
3/8

同級生だった坂口早紀の場合

「もしかして、高野クン?」

「久し振りだね。憶えていてくれてたんだ、坂口さん」

 彼女に会うのは何年振りだろうか。ただ同じクラスだっただけの同級生だと思っていたが、こうして顔を合わせてみると、不思議といろんな事を思い出してしまう。

 良い思い出と、悪い思い出を。



『 その3 同級生だった坂口早紀の場合 』



「驚いたよ。だって高野クン、あの頃から何も変わってないじゃん」

 今回、天国に旅立つ彼女は、僕の学生時代の同級生だ。天界からの資料によると、亡くなられてまだ1ヵ月も経っていない。

「やっぱり、私って死んじゃったの?」

「そうだね、だから僕の事も見えるようになったんだよ」

 どうやら彼女は、自身が死んでしまった事を理解していなかったようだ。

「そっかぁ……。で、高野くんはさぁ、こんなトコで何やってんの?」

「これでも仕事中なんだよ、坂口さんを天国に導くための」

「えーっ、高野クンがエスコート役なの? 出来ればイケメンがいいなぁ」

 久々に見た彼女の笑顔は少し大人っぽくはなっているが、まさしくあの頃の「坂口さん」そのものだ。しかし、自身が「死んでいる」と認識してからでもこんなに明るく楽しげに話をしているんだから、現世には未練など無さそうなのだが……。いったい、彼女を現世に留めさせた事は何なのだろうか。

「高野クン、覚えてる? 自分が死んだ時の事……。どんな感じだった?」

「あっ……、うん。ずっと見てたから、事故った現場も自分の葬式も」

 突然の質問に驚いてしまった。

「お葬式も見てたの? あーっ。じゃあ、泣いてる顔とかも見ちゃったのかな? 私、ひっどい顔で泣いてたでしょ?」

「アレは……酷かった、うん。でも……嬉しかったよ。坂口さんだけじゃない、ノブもマッキーもアツシも泣いてたし、あまり話した事もなかった森さんまで泣いてくれてた。僕の事をこんなに必要としてくれてたんだなって思えた」

「キョーコは、高野クンの事が好きだったんだよ? 知らなかったの?」

「えっ、森さんが?」

 知っているはずがない、森さんと話した事など数える程しかなかった関係だ。席が近かったワケでもなく、視線を感じた事もなく、今更確認も取れない事実を知らされ、僕は露骨に慌ててしまった。

「相変わらずかわいいね、高野クンは。キョーコは恥ずかしがり屋だったからねぇ。あの頃に教えておけばよかったね」

 彼女はそう言うと、僕の背中を叩きながら大笑いをした。あの頃の放課後もそうだった、教室でいつまでも無駄話をして帰ったあの日々。毎日が楽しい事ばかりだった。

 だけど、僕はあの日から傍観者となった。僕だけが取り残されているようで、ここから眺めているのが辛かった。

「私ね、自殺する瞬間に高野クンの事を思い出したの……、後悔したんだ。出来れば夢であってほしかったな、自殺した事。でも……もう遅いんだよね」

 さっきまで大笑いしていた彼女が、息を整えるとゆっくり話し始めた。それはまるで、独り言のようにも思える程の弱い声だった。 

「そうだね、今更戻る事は出来ないよ。……坂口さん、もしよかったら理由を聞かせてほしいな」

「言わないと、天国に行けないの?」

「そんな事はないよ。ただ、坂口さんが辛そうだから……。僕、そういう仕事もしてるんだ、霊魂相手のカウンセラー……っていうか、相談役みたいな」

「そっかぁ……。でもいいよ、もう済んだ事だし。それに、自殺していろんな人に迷惑とかかけちゃったのに天国に行けるんだから、泣き事聞いてもらえる程の立場じゃないよ」

 そして彼女はニッコリと笑顔を僕に見せてくれた。どうやら、僕の知っている坂口さんに戻れたようだ。


 その後も、僕たちは昔の事を飽きずに話し続けた。同級生のその後や先生の悪口、学校行事の思い出や当時の恋愛事情など、まるであの頃の放課後に戻ったかのように話し続けた。

「あーーーーぁ、スッキリしたぁ。学生時代に戻ったみたいで楽しいね」

「そだね、こっちの世界にマックかファミレスでもあったら、もっと話せたのに……。坂口さん、そろそろ出発みたいだね」

 僕は少し前から気付いていた。彼女が笑顔になるにつれて、彼女の体が徐々に薄く輝き出していた事を。

「やっぱり? そうなんだぁ、もう終わりなんだ。……高野クンありがと、とっても楽しかった。ずーっと仕事ばかりで悩んでてさ、生きてるうちにこんなに大笑い出来てたら、自殺しなくて済んだかな?」

「そうだね。昔みたいに元気な坂口さんだったら、悩み事なんて乗り越えられてたかも……ね」

 僕の言葉に、彼女はまた笑顔を見せた。そして輝きが一段と増した彼女の体は、少しずつ浮かび上がって行く。

「高野クン、最後に謝らないといけない事があるの。キョーコは高野クンの事が好きだったんだけど、告白する勇気がなかったんじゃなくて、私に気遣って告白しなかったの」

「坂口さん、それって……どういう事?」

「本当の事が知りたかったら、キョーコが上がって来るまで待ってみたら?」

 彼女は最後に、とびっきりの笑顔になって消えていった。ポツリと残された僕を傍から見たら、ポカンと口を開けて立ち尽くす姿が間抜けに見えるだろう。

 でもしっかりと、彼女の笑顔と明るさは僕の中に残ったように思えて満足だった。


 

 彼女を天界に送ってから気付いたのだが、僕は彼女の悩み事を聞いてもいないし解決もしていない。彼女が何に満足して天国に昇ったのか、いまいちよく分かっていない。

「ま、いいか。あんな笑顔で行ってくれる人も滅多にいないし。詳しく知りたくなったら、森さんが来るのを待ってみよう」

 森さんがいつ上がって来るかは分からない、本当の事など知らなくてもいいのかも知れない。

 僕の仕事は現世に居座る良質な霊魂を天国に送る事だ。彼女が笑顔で昇天してくれただけで満足するのも、仕事の内だと思うのだ。


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