セーラー服を着る人外1
爽やかな初夏の朝日が差し込む木宮家のリビング。
余の前には唖然とした表情の木宮兄妹が並んで椅子に掛けている。
「何を呆けている、早急に朝食を処理せねば洗い物が片付かぬぞ?」
「「え?あ、はい!」」
二人は弾かれたように目の前のトーストにかじりついた。
余もさっさと食べるか。
市販の食パンに市販のマーガリンを適量塗って明美嬢作のポテトサラダを載せて市販のマヨネーズを適量かけてオーブントースターに放り込んだもの。
蛋白質摂取の為に両面焼き半熟目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンをサラダに添える。
それに一杯の牛乳を付ければ完成だ。
余が人間だった頃のほぼお決まりのメニューを流用した朝食である。
木宮夫妻は共働きでしかも朝早くから出勤するため、兄妹に朝食を作ってやれないでいたそうだ。
憐れむ訳ではないが、テーブルの上に500円玉が3枚あるだけというのも侘しいので余が朝食を作ってみたのだ。
それが目の前の二人には意外だったらしく、やたらチラチラとこちらを見てくる。
「何だ?」
「いや、意外だと思ってさ」
ばか正直に晴彦が言うと、夢子嬢もうんうんと頷く。
「やっぱり家でもやってたのか?」
「父子家庭だったからな」
そう答えると、二人の笑顔が固まった。
「ん?言ってなかったか。余の母親は10年程前に亡くなった」
余にとっては数世紀前の話になるがな。
そんなことを考えていると、二人の表情がひきつっているのに気が付いた。
人並みに触れてはいけなかったと感じているのか。
掌をヒラヒラと振って気にするなと言ったのだが、二人とも気まずそうだ。
「あー、えーっとうが!……」
苦い表情で何かを言おうとした晴彦に肘鉄を打ち込んで悶絶させながら、夢子嬢が乾いた笑みを見せる。
ああいった打撃技は木宮家では必須なのだろうか?
「邑瀬さん、セーラー服似合ってますよ!」
無理矢理な話題転換だったが乗ってやろう。
「そうか?」
セーラー服の胸元を摘まみ上げてみせる。
自己主張の激しい乳房のおかげですっかり盛り上がっていた制服が部分的にだが平らになる。
本当に今更だが、若干の羞恥を覚えた。
装飾された派手な衣服なら余の好むところであるが、こう平素のモノとなると着慣れない。
ただ、着慣れないだけで暫くすればどうということもなくなるだろう。
……280年程前の余が今の姿を見たら卒倒するであろうな。
「それにしてもスピード転校ですね、流石です」
「今はまだ晴彦のそばを離れる訳にはいかないからな」
感心したような夢子嬢に、苦笑を返すしかなかった。
そう、今日は余が転校する日なのだ。
私立ノストラム学園
小中高大一貫の超大型校である。
が、閉鎖的と言う訳ではなく、外部入学は当然、外部への進学も大いに「有り」なのだと言う。
その高校棟の一階に存在する職員室に居た。
既に木宮兄妹とは別れて余のみ……いや、正確には他の教師や事務員が居る。
目の前には担任となる小柄な女性教師……椎実 華南教諭が、哀れな程に狼狽して余を見ていた。
「あのっ!あのっ!邑瀬君って男の子って聞いてたんですけどっ!?」
日曜の内に連絡はしていたのだがな。
「すまない、戸籍上はまだ男性でな、手続きが済んでおらんのだ。一応伝えたのだが?」
事務員の方に冷視線を向けると、誰もが視線を逸らして仕事をする振りをする。
「フン」
「!?」
わざとらしく鼻を鳴らすと、滑稽な程に肩を震わせる。
「それで?余の転入は出来るのか?」
yesかnoか?と先人に倣って言い放つと、椎実教諭は数回深呼吸をしてから頷く。
「分かりました!何とかしてみます!」
任せて下さい!と胸を叩く教師は、無能な事務員より余程「大人」であった。
「感謝する」
「気にしないで下さい、お仕事ですから」
「は〜い!皆さんに新しいお友達を紹介します」
少しはざわめくかと思ったのだが、余を見た途端教室内は一人残らず目を剥いて黙してしまった。
「えーっと……自己紹介どうぞ」
「邑瀬 竜司だ。生物学的には雌だが戸籍上は雄となっている」
おぉ、今度は目が丸くなった。
「故に諸氏には迷惑をかけるやも知れぬが許すがよい」
教室内を睥睨してみれば、一人を除き誰もが唖然とした表情を浮かべている。
「そ……そしたら席はですね……」
椎実教諭の指示を受けて窓際の最後尾の席へと座る。
晴彦の隣ではないのだが、本来なら同じ学校に居る必要すら無いしな!
転校初の休み時間。
余の周りには黒山の人だかりが出来ていた。
こう言っては難だが、生前は注目を浴びるようなことは無く、人外になってからは周りに何かがたかるのは戦場で囲まれた時くらいだったので少々面食らってしまう。
とは言え、他愛もない質問に答えるだけなので苦になるものでもない。
「へ〜、じゃぁ帰国子女なんだ」
「そうなるのか?」
異世界に居たことをボカして伝えたら、外国(欧州系)で性転換手術をして帰ってきた変人という立ち位置に収まっていた。
「その口調もその時に?」
「うむ、訳あって永く使っていたら癖になった。不快なら謝罪しよう」
「そう言う訳じゃないよ、うん」
「それじゃあ……」
気が付くと毎時間質問攻めにされ、時間が光のように過ぎて行った。
やっと本編に入れた気がする