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良き使い魔良き主人

翌日

日曜であることを利用して早速下宿の準備をすべく、早朝から活動を開始する。

真っ先にしたことは親父に無断外泊を謝罪する事だった。

と言っても、当日の夜にニコルが伝えてくれていたので、そこまでややこしいことにはならずに済んだ。




「つまり、しばらくは君が付いていてやらないと危ないのか、その晴彦君は」


親父が複雑な表情で唸る。


「そう言うことだ」


細かい事由や理屈は理解しきれなくても概要を解せるのは得難い資質だと思う。


「私は今すぐ八つ裂きにして晒し者にすべきだと思うなぁ」


「……」


香箱座りのニコルが爽やかな笑みで物騒極まりないことを宣う。

親父が固まってしまったではないか。


「そう言うな、余が好きでする事だ」


「そうは言ってもだねぇ?無価値な下等生物に君が使役されるだなんて……」


ニコルの言葉を遮り、膝に抱えて頭を撫でてやると不満げな顔ながら喉を鳴らす。

すっかり猫の体に定着したな。

暫くニコルを撫で擦っていると、立ち直った親父が再び真剣な表情を浮かべる。


「分かった、必要な手続きは出来る限りやっておくよ。竜司、ここまで関わった以上最後まで面倒見るんだよ。途中で飽きたから放り出すなんて許さないからね?」


「当然だな」


即答して微笑すると、親父も不敵な笑みを返してきた。


「しかし、それなら僕も挨拶した方がいいかも知れないね」


「ふむ、確かに」


頷いて肯定を示すと、親父は早速立ち上がった。






その日の夜


「いぃぃひいぃいぃぃいい!?」


「狼狽えるな、鬱陶しい」


余に横抱き……俗に言う所のお姫様抱っこをされている主は喚くばかりなので思わず叱咤してしまう。

たかが60メートル前後の高さから飛び降りただけだろうに。

そう思った矢先、先程まで足場にしていたマンションが巨大な触手に打たれて崩落する。

結界の中でなければ大惨事だったな。


「ぅゎゎゎゎゎ!」


「口を閉じていろ、舌を噛むぞ」


「!」


主が慌てて口を閉じたのとほぼ同時に着地。

鎧含めて200キログラムを越える重量が、轟音をたててアスファルトを捲る。

その内、1メートル程の塊を足先で持ち上げて蹴飛ばす。

尖った先端が突き刺さり、微塵になりながらも触手を貫通し引き裂く。

が、無数にある触手は怯むことなく余を……正確には余が抱えている主を追って殺到してくる。

飛び退いた瞬間に周囲のビルを巻き込みながら触手が地面を抉っていく。


「清酒なぞ持ち込むからだ」


触手の着弾点を攻勢術式で吹き飛ばしながら呟く。

そう、元はと言えば親父が酒盛りの為に非常に純度の高い清酒なぞを持ち込み、余が木宮家に張った簡易とは言え結界を破ったのが原因だ。

酒は只でさえ聖物分類で余との相性最悪なのに……。

運悪く近くに「コレ」が居たのも原因か。

40メートルはある円錐状の肉塊に大量の目と触手が不規則に生えた魔物。

意外とこちらにも魔物が多いのか、それとも単に運が悪いのか。

結界が消滅した瞬間に、餌場用の結界を上書きして主に襲い掛かってきたのだ。

とりあえず木宮家からは引き離したし、異相空間的な結界の中であるから周囲には何も居ないのでそこまで問題は無い。


「どうすんだよコレ!倒せんのか!?」


少しは慣れたのか、主が悲鳴八割の叫び声をあげる。

その言葉に思わず口角がつり上がった。


「愚問だな」


触手が覆い被さる寸前に空間転移し、数十キロ程離れた高層ビルの屋上に移動する。

さすがにここから見ると奴も芥子粒のようだ。

派手に暴れているからよく目立つな。


「な……倒すんじゃないのかよ!?」


逃げたと思っているのであろう、余の腕の中から降りた主が悲鳴を上げる。

確かにあんな怪物が近くに居たのでは周囲の者まで危険で仕方がないとは思う。

が、それには答えずに得意気に腕を組んで見せる。

丁度良い機会だ、この状況を利用させてもらおう。


「主よ、本来なら主人は使い魔の力量を正しく把握し、御する必要がある。まぁ、主は魔術士でも召喚士でもないのだから難しいやも知れぬが……」


「そういうのは後でいいから!アイツを……」


早口で捲し立てる主の襟首を掴み、引っ張る。

顔を近付けてやると、困惑に揺れる瞳に余の邪悪な笑みが映っていた。


「分かり易い、という事は非常に重要だと余は常々思っている」


困惑は驚愕に変わり、慄然に体を震わせる。


「だから、そなたにも解らせてやろうと思ってな」


手を離してやれば、ふらふらと後退ってから尻餅をつく主。

その目線の先、余の背後には高空に浮かぶ魔方陣があった。

直径10キロメートルの紅く光る陣は、本来なら全く必要のない大袈裟な仕掛だ。

それに合わせるように、芝居がかった大仰な動きで腕を広げる。


「そなたが呼び出したバケモノがどれほどのモノか、よく見ておくがよい」


言葉を合図に魔力を解放する。

発動した術式が閃光と轟音を撒き散らしながら街を焼いていく。

魔物など抗う暇も無く蒸発し、跡形も残らない。

何もかもが光に呑み込まれ、消滅する。

たっぷり数分もかければ、陣と同じ面積のすり鉢状の窪地が現れた。

勿論、その中に残るモノは存在しない。






数十分後

お互いに一言も口をきかないまま木宮家に帰還すると、お互いの家族が心配そうに待っていた。


「お兄ちゃん!」


我々に気付いた途端、涙を目尻に溜めた夢子嬢が晴彦に抱き付く。


「あー、心配かけたな、ごめん」


「……」


晴彦の胸に顔を埋めたまま、頭を撫でられながら無言で首を振る夢子嬢。

感動の再開は当人逹に任せるとして、余は木宮夫妻に歩み寄る。

身内の不手際なのだから余も謝罪せねばと口を開こうとした時、向こうが先に口火を切られた。


「ニコラウスさんから聞きました、息子は今後ああいう怪物に狙われると」


「!」


敏也氏の言葉を受けて足元に視線を向けると、ニコルが得意気な表情で見上げてくる。


「今回は特別危険なのを引き当てただけだがな」


そうは言ったが、親として心配するなと言う方が無理であろう。


「それに、晴彦を守る為に同居してくれるって……」


「あぁもう、余が好きでやるのだ!そう畏まるな!」


恐縮しきった様子の明美嬢の言葉に思わず頭をガリガリと掻いてしまう。

木宮夫妻は顔を見合わせ、それから深々と余に頭を下げた。


「全く、危険な目に遭わせる前に何とかならなかったのかい?」


「親父、まだ生きていたいのならその口を閉じろ」






さらに数時間後

土曜日は客間の座敷で寝たが、今日からは晴彦の部屋に同衾だ。

半ば無理矢理にな。


「……何で一緒のベッド?」


「意味はあるぞ、一応な」


背中を向けてささやかな抵抗を見せる晴彦の背中を指先で撫で上げる。


「ひぃ!?」


「こうして余の匂いを擦り付けておけばマトモな輩はそなたを襲う気にはならぬだろうからな」


「犬猫の縄張りかよ」


「そんな上等なものか」


寝間着を捲り、男らしい背中にぺたぺたと掌を這わせる。


「そなたの情けない顔と声は愛でる価値があるしな?」


「んなぁ!?」


「それに」


抗議しようと振り返る晴彦と間近で顔を合わせる。

少し突き出せばキスしてしまいそうだ。


「元が男でも構わぬと言うのなら存分にこの身を貪ってもよいぞ?」


赤や青を通り越して紫になる晴彦の顔色が面白くて思わず笑ってしまう。

親父が夕食ですっかりぶちまけたので、余が元々人間の男だったのは既に周知だ。

だからと言って、今更この身に人間だった頃の面影なぞ欠片も残っていないがな。


「何でお前はそう明け透けなんだよ」


「?」


余の肩を掴んで無理矢理引き離しながら、吐き捨てるように晴彦は言った。


「バケモノの倒し方とか男だったこととか、普通の相手なら恐がるし嫌がるだろ。何考えてんだよ、何がしたいんだよ」


少しの沈黙。

真剣な表情の晴彦を、あの時と同じ邪悪な笑顔で見返す。


「余が分かり易いという事を重要だと思っているのは話したと思うが、そう言うことだ」


「……は?」


「あの時も言ったが、主人は使い魔を御する必要がある。義務とでも言い換えるか?兎も角、そなたは呼び出したモノが何であるかを見極め、手綱を引かねばならない。余はその一助になればと思っただけだ」


「……」


望むと望まざるとに関わらず晴彦は余の主となった。

ならば、背負うべき責務は果たして貰わなねば困る。

それこそ、あの痩せ男のような主人には絶対になって欲しくない。

余は良き使い魔でありたいし、晴彦には良き主人であって欲しいのだ。


「後は、そなたの怯える顔を見たかった。意外とそそった」


顔面に晴彦の肘鉄が直撃したのは一瞬もしない後だった。


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