邂逅2
衝撃の下宿決定から十数分後、俺こと木宮 晴彦は現在も絶賛混乱中である。
勿論、自室までついて来た類稀なる美女が原因だ。
彼女……邑瀬 竜司がここに居るのか、順を追って思い出してみる。
まず、学校の帰り道に誘拐の現場を目撃したのだ。
すぐさま警察に連絡しようと思ったら後ろから殴られて気絶。
連れて行かれた先では、小さい子供らが蟹の化物に殺されそうになっていて、助けようとしたら背中を裂かれた。
ほとんど死を覚悟していたら、今度はその化物を片手で木端微塵にする女の子が現れて……。
言うまでもなく、その女の子というのが目の前に居る邑瀬さんな訳だ。
何でも俺が無意識で呼び出したらしいけど……。
気が付くと、満月を思わせる金色の瞳が品定めするかのように俺を見ていた。
「あの…」
「ん?」
何が面白いのか、うっすらと微笑んで小首を傾げる邑瀬さん。
それだけなのに鳥肌が立つくらい色気がヤバい。
これが妖艶というヤツなんだろうか。
「…えーっと、何で俺の所に来たのかは分かりました。その、感謝します、ありがとうございました」
「気にするな、余が勝手にしたことだ」
嘘偽りなくそう思っているようだ。
それなら……。
「なら、余計その後までフォローして頂かなくてもいいと思うんですけど」
暗に帰った方がいいんじゃないか、と言ってみる。
すると、邑瀬さんは妖しい笑みでベッドに座る俺に身を寄せてきた。
「そうつれないことを言うな。この身では不満か?」
そんなことを言いながら腕を組んで指を絡めてくる……!
スベスベした滑らかな肌と服越しなのに生意気にも自己主張してくる二つの塊があわわわわわ!?
何かいい匂いまでしてきて、恥ずかしいとか通り越して頭がクラクラしてくる。
「そなたが望むのなら閨を共にするのも吝かではないぞ…?」
「うわひィ!?」
蕩けそうなほどに甘い声と吐息が耳元にかけられて、思わず飛び上がりそうになる。
悲鳴と言うか三回転くらいしてそうな裏返った声で叫んでしまう。
閨の意味は分からないけど、何だか危険な気がする。
「何だ?その声は」
緊張で固まっていると、ははは!と愉快そうに笑い声を上げてベッドに転がる邑瀬さん。
からかわれたと分かって、熱くなっていた顔がさらに体温を上げる。
「やや止めろそういうの!」
思わずタメ口が出てしまうが、邑瀬さんは気にした様子も無く笑っている。
「そう怒るな、ほんの戯れではないか」
クスクス笑いをしながら見上げてくる彼女を精一杯睨み付けてみるが、効果があるようには見えない。
ぐぬぅ……。
「仕方がない、少しは真面目に説明するか」
気が済んだのか、一息吐いて立ち上がるとベッドの向かいにある椅子に足を組んで座った。
だから何で一々動きが色っぽいんだ……!
「簡単に言うと、そなたはこれから狙われる」
「狙われる……?」
突然言われた言葉が理解出来ず、おうむ返ししてしまう。
「元々素質はあったのだろうな、今回の騒動の所為でそなたの魔力が活性化した」
「……はぁ」
既に理解が追い付かなくなって、生返事をするしかなくなってしまった。
「それだけなら間間あるのだが、そなたのはちと違う」
「!?」
好色な笑みで獲物を見るような目。
目標は……俺!?
「量はそうでもないのだがな、格別美味そうで」
そこまで言うと、これまた非常にエロチックに舌舐めずりをする。
背筋が色んな意味でゾクゾクしてきた!
「余のように自制が効くならまだしも、あの時のような輩相手ではどうであろう?」
「……」
あの蟹のような化物に切り裂かれ、頭から咀嚼されていく自分を幻視する。
そんな俺を見ながら、邑瀬はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
そこまで考えて、ふと違和感に思い至る。
ちょっとしたことに見えるけど、大きな矛盾。
「それなら何で俺を守ってくれるんだ?」
慈善事業ならまだしも……と思った矢先、彼女は楽しそうに口を開いた。
「そなたのことが気に入った。有り体に言えば、好きになったからだ」
しばらく言葉の意味を理解出来ず、少し考えてからあまりにも真っ直ぐな好意に気付いて、思わず赤面してしまうのだった。
「愛玩動物としてな」
思わず無言で彼女の頭をぶっ叩いてしまうのだった。