世界を救ったその夜に
敷島 皇華は自室のベッドの上で目を覚ますと、時計を見た。
最近買った電波時計は、デジタル表示を無機質に映し出している。
それから見慣れた自室を見渡し、込み上げてくる激情を感じた。
帰って来た。
帰って来たんだ。
寂しさや、喪失感もあるが、嬉しさが勝り、ガッツポーズしようと上体を起こして、そこで気付いてしまった。
腰まで届く、豪奢な黄金の髪。
人間離れした美貌。
すらりと引き締まっていながら、出る部分は十分に育った肢体。
ドレスのようなデザインの真紅の甲冑。
そして、轟音と共に床に倒れた、人の背丈を超える巨大な黒い大剣。
「な…な……な!」
上手く言葉を発することが出来ず、どもりながら自分の体を触る。
「伝説が終われば、歴史が始まる」
そんな皇華の横から、面白がっているとすぐに分かる、男性の声が聞こえてきた。
机の上に、上等な毛並の黒猫が一匹、ニヤニヤした笑みを浮かべながら座っている。
「さぁ、歴史を刻んで行こうではないか、アブソリュート・クリムゾン」
悪魔ニコラウスの笑顔を見て、皇華は頭を抱えるしかなかった。
数分後、場所は敷島家の居間に移る。
畳の上に正座する皇華と、ちゃぶ台を挟んで男性が胡座をかいている。
生え際がかなり後退した頭に、眼鏡をかけた痩せ気味の中年。
皇華の父、拓哉だ。
剣が倒れた際の音で起きたらしく、慌てて部屋にやって来て今の皇華を見付けてしまったのだ。
その姿を見て、普段は怒ることを忘れているかのような温厚な彼が、肩を震わせながら涙をこぼしている。
「僕はね、皇華、別に女装に怒ってる訳じゃないんだよ。驚いたけど、そう言うのは個人の趣味だから。女っぽい名前を付けた僕達にも責任はあるだろうしね。猫を拾って来たのだって構わないさ、自分で世話をするのなら。でも……でもね」
しゃくりあげ、精一杯鋭い目をして皇華を睨み付ける。
「お母さんにもらった体にメスを入れるとはどういうことだっ!!」
声を裏返しながら、拓哉が慟哭する。
父の言う通りだ。
どんな理由があれ、親にもらった大事な体を弄ってしまった。
謝ろう。
そう、皇華が思った矢先、ニコラウスがちゃぶ台に飛び乗った。
「お父上殿、貴方の言い分はごもっとも、反論のしようがございません。しかし、彼には彼なりの事情があるのです。どうか、話を聞いて頂けないでしょうか?」
「!?」
突然猫が喋り出したものだから、拓哉は当然目を見開いて固まってしまった。
しかし、そんな拓哉を無視してニコラウスの弁護は続いている。
「実は、以前私の故郷が非常に重大な危機にさらされていまして、その時ご子息のお力を借りたのです。本来ならばただの人間であるご子息は魔力に変換され魔器の燃料となるはずだったのですが、彼は魔力に変換された状態からアストラル体に変化し、魔器や近くに封印されていた魔導兵器と融合してしまいました。その際に再び実体化させるために魔石を媒体にした結果、このような姿になりました。ご子息の現在の容姿に関しては、全ての責任が私にあります」
突然の喋る猫の乱入に、拓哉は唖然としてしまった。
しばらく困惑した様子だったが、持ち直してニコラウスと正面から向き合う。
「つまり、息子は自分から望んで女性になった訳ではないと?」
「その通りです。女性になってからも多少腐りはしましたが、悲観することはなく、私共の故郷を救うのに快く協力してくださいました。おかげで万単位で命が救われたのです。ですから、どうかご子息を責めないで頂きたい」
「そうでしたか」
拓哉は半分も理解していないようだったが、それでも理解しようと頭を働かせている。
「皇華、お前はどうなんだ?」
少し考えてから、皇華は顔を上げた。
「俺は、こんなんもありかなって思ってる。確かに普通は有り得ないし変なことなんだろうけど、向こうの三年間も俺の経験だし。いや、こっちでは一瞬だけどさ。それに、今の恰好も意外と気に入ってるし……さ」
「そうか、分かったよ。君がそう言うのなら僕も出来る限りの協力は惜しまないよ」
「悪いな、親父」
「気にしないで、父親として当然だよ。ただ、また今度分かりやすいように説明してもらうからね?」
「あぁ」
二人で顔を見合わせ、苦笑し合う。
「所で皇華?学校はどうするんだ?」
「あ……」
呆然としてしまった竜司を見て、ニコラウスはニヤニヤと笑みを浮かべていた。