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勇者一行、全員が「自分が主人公」だと思っている

作者: あゆと
掲載日:2026/08/16

魔王城、最上階。


長い旅の果てに、六人の勇者一行はついに玉座の間へ辿り着いた。巨大な扉が閉じ、黒い鎧をまとった魔王が玉座からゆっくりと立ち上がる。窓の外では雷鳴が轟き、広間を満たす濃密な魔力だけで石床が震えていた。


その真正面へ、勇者ナルクが一歩進み出る。


「ここまでだ、魔王! 俺たちは何度も倒れた。それでも立ち上がってきた! 故郷を失った人たち、傷ついた仲間たち、俺たちを信じてくれたすべての人の想いを背負って、今日ここでお前を倒す!」


(長い!)


魔王には、最終決戦の前口上を遮らない程度の矜持はあった。長い旅の果てにここまで辿り着いた勇者なのだ。最後くらい好きに言わせてやろうと、腕を組んで黙って聞く。


「一人じゃここまで来られなかった! だけど仲間がいた! 諦めなければ道は開ける! 俺たち六人の絆に、不可能なんてない! 魔王! 俺たちの旅は、この一撃で終わらせる!」


(まだ続いた!?)


ナルクは聖剣を高く掲げた。長い旅、強大な宿敵、背後にはかけがえのない仲間たち。そして皆の想いを背負った勇者が、最後の一撃で魔王を倒す。


少なくともナルクの中では、これ以上なく完璧な最終回だった。


「待て」


横から剣士キルトが前へ出た。ナルクの聖剣が止まり、魔王もわずかに目を細める。


「……何だ?」

「やれやれ。結局、俺が本気を出すしかないらしいな」


キルトは心底面倒そうに息を吐き、腰の黒剣を抜いた。


(もう一人始まった!?)


ナルクが露骨に嫌な顔をする。


「お前、先週も本気を出しただろ。四天王相手に『俺を本気にさせたことを後悔しろ』って」

「あれは七割だ」

「八割って言ってたぞ」

「細かい数字には興味がない」


キルトはナルクを見もせず、魔王へ剣先を向けた。


「俺は勇者なんて肩書きには興味がない。誰が表向きの主役でも構わない。ただ最後に、一番強かったのが誰なのか分かればそれでいい」

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないか」


魔王は少し考え、試しに口を挟んだ。


「ほう。確かに勇者より、お前の方が強そうだな」

「……見る目はあるらしい」


キルトの口元が、ほんの少し上がった。


(ちょろい!)


「なら期待に応えよう。こういう時、最後に全部持っていくのは最初から選ばれていた勇者じゃない。誰にも真の実力を理解されていなかった男だ」

「キルト、お前ずっと俺たちから『強い』って言われてるぞ?」

「そういう意味ではない」

「じゃあどういう意味なんだ?」

「……やれやれ。説明して理解できるなら、とっくに理解している」


(面倒くさいな、こいつ……!)


魔王が早くも疲れ始めたところで、今度は魔法使いルルシアが静かに眼鏡を外した。長い銀髪を払うと、その下から右目を覆う黒い眼帯が現れる。


「仕方ありませんね。ついに、この力を解放する時が来たようです」


魔王がわずかに身構える。ナルクは慣れた顔で眉をしかめた。


「また封印か?」

「“また”とは心外ですね。四天王戦で解いたのは第二封印。これは我が血脈に刻まれし第三禁忌封印です」

「そんな重要な設定、仲間の俺たちにも先に教えておけよ! 仲間だろ!」


(問題はそこなのか!?)


ルルシアは眼帯へ指をかけた。


「この右眼を開けば、私はもう以前の私には戻れないかもしれません」

「ほう。何が起こるのだ?」

「魔力を三割ほど失います」

「その後は?」

「八時間眠れば戻ります」


(普通に戻るではないか!)


眼帯が外された。現れたのは、ごく普通の青い瞳だった。魔王は警戒したまま数秒待ったが、何も起きない。


「……その眼には何が封じられていたのだ?」

「覚悟です」


(物理的には何も封じられておらんのか……!)


ルルシアは杖を掲げる。


「我が血脈に眠りし漆黒の星よ。千年の眠りを破り、虚無の深淵より現れ――」

「長いな」

「まだ前口上です」


(まだ前口上!?)


魔王には、最終決戦の前口上を遮らない程度の矜持があった。だが、六人全員がそれぞれ始めるとは思っていなかった。


「皆さん、待ってください!」


今度は聖女カタリアが前へ出た。杖を胸に抱き、なぜか瞳をきらきらと輝かせながら魔王を見つめる。


「……分かりました」

「何がだ?」

「魔王様。あなた、隠し攻略対象ですね?」


(何を言っている……?)


カタリアは確信に満ちていた。


「最初は敵対。好感度は最低。しかも世界を滅ぼそうとしている。でも本当は誰より孤独で、主人公にだけ少しずつ心を開く。最後には世界より私を選ぶ……難易度最高の隠しルートです!」

「違う」

「まず過去を聞かせてください。幼い頃、ご両親から愛されなかったのですね?」

「両親とも健在だ。毎年誕生日には贈り物も届く」

「では親友に裏切られた?」

「友人関係も良好だ」


カタリアは少し考え、すぐに次の可能性へ飛びついた。


「人間に大切な女性を奪われたとか?」

「独身だが、特に不満はない」

「なるほど……まだ過去イベントの解放条件を満たしていないんですね」


(会話が成立せん!)


「大丈夫です。どれほど好感度が低くても、私は諦めません。きっとあなたの本当の笑顔を取り戻してみせます!」

「余はいまでも普通に笑えるぞ」

「強がらなくていいんです」

「余は単純に人間を滅ぼして世界を征服したいだけだ」

「好感度マイナスから始まるタイプ……燃えますね!」

「燃えるな!」


「おいおい。みんな、自分が主人公だって顔しすぎなんだよ」


柱にもたれていた盗賊リヴェルが、やれやれと肩をすくめる。


「お前だけはまともそうだな」


魔王は初めて少しだけ安堵した。


「俺は主人公じゃねえよ」

「ほう」

「主人公を食って人気投票一位になる脇役だ」


(こいつも駄目だった!)


リヴェルは短剣を指先で回しながら、得意げに続ける。


「王道勇者が一番人気なんて、そんな単純な話じゃねえ。一見軽薄で、普段はふざけてる。でも実は誰より周囲を見ていて、誰にも気づかれないところで一番重要な仕事をする。最後に読者から『あれ? これリヴェルが実質主人公じゃね?』って言われるわけ」

「何と戦っているのだ、お前は」

「人気」

「余と戦え!」


最後に、少し離れた場所で荷物を整理していた支援術師ナオルが静かに顔を上げた。


「……ついに、この時が来たか」


ナルクが振り返る。


「何が?」

「俺を追放する時だろう」


広間が静かになった。魔王まで黙った。


(……は?)


ナオルは寂しげに笑った。


「分かっている。勇者、剣士、魔法使い、聖女、盗賊。そして俺は地味な支援術師だ。派手な必殺技もなければ、魔王を一撃で倒す力もない。旅の途中から、いつ『お前はもう必要ない』と言われてもおかしくないと思っていた」

「一回も言ってないけど?」

「今さら優しくしなくていい」

「最初から普通に優しくしてるんだよ!」


ナオルは遠くを見るような顔をした。


「追放されたあとは辺境へ行くつもりだ。そこで俺の支援魔法の本当の価値を理解してくれる人々に囲まれ、静かに暮らす。そして俺を失ったお前たちは、攻撃強化、防御強化、属性耐性、索敵、荷物管理、野営、料理、そのすべてを俺に頼っていたと気づく」

「もう気づいてる! だから魔王城まで一緒に来てるんだよ!」


ナオルの眉が動いた。


「……追放しないのか?」

「しない」

「本当に?」

「三日前の雪山、お前がいなかったら全員凍死してたぞ」

「では俺のざまぁは?」

「知らないよ!」


(誰も追放しておらんのに、ざまぁだけ欲しがっておる!?)


魔王は六人をゆっくり見渡した。絆を叫べば全部なんとかなると思っている王道勇者。勇者の座に興味がないと言いながら、誰より勇者より強いと認められたがる剣士。自分に禁忌設定を増やし続ける魔法使い。


魔王まで攻略対象にする聖女。主人公より人気になりたい盗賊。そして誰も追放してくれない支援術師。


(余が一番普通なのでは!?)


魔王は深々と玉座へ座り直した。


「……お前たちの話がまとまるまで、余はここで待っていてよいか?」

「待て! 今から最終決戦だぞ!」

「だから待っておるのだ! いつ始まる!?」



それでも、どうにか最終決戦は始まった。そして魔王は、すぐに別の意味で驚かされた。


こいつらは強い。ものすごく強い。


ナルクの聖剣は魔王の闇を正面から切り裂き、キルトの黒剣はわずかな防御の隙を正確に突く。ルルシアの魔法は一撃で城壁すら砕き、カタリアの聖防壁は魔王の炎を正面から受け止める。


リヴェルは一瞬で死角へ潜り込み、ナオルは戦況に合わせて攻撃強化、防御強化、速度上昇、属性耐性を次々と重ねていった。六人全員が超一流で、一人ずつなら魔王とて油断できない。


「今だ! みんな、俺についてこい!」


ナルクが聖剣を掲げ、真っ先に突っ込んだ。


(なぜ毎回お前が先頭なのだ!)


魔王の防御が崩れている。ここで仲間が援護し、勇者が必殺の一撃を叩き込む。ナルクの頭の中では、すでに勝利の音楽が流れていた。


「下がれ、ナルク」


キルトが横から追い抜く。


「またお前か!」

「やれやれ。まだ分からないのか。こういう場面で最後に真の実力を見せるのは、表向きの主人公じゃない」

「俺の見せ場に毎回入ってくるな!」


キルトはそのまま魔王と斬り結んだ。剣筋は速く、鋭い。魔王を二歩も後退させる。


「ほう。見事だ。やはり勇者よりお前の方が――」

「……そう見えるか?」


キルトの口元がわずかに上がった。


(本当に扱いやすいな、こいつ!)


「なら、もう少しだけ見せてやろう。俺の真の――」


「待ってください!」


光の壁がキルトと魔王の間へ割り込んだ。黒剣が弾かれ、キルトが険しい顔で振り返る。


「カタリア、何をする!」

「今、好感度が上がりました! 魔王様がキルトさんを認めました。敵対ルートから共闘ルートへ移行する兆候です! ここで攻撃したら重要なフラグが折れます!」

「そんなフラグはない!」


カタリアは本来、治癒と防御に関しては一流だった。だからこそ厄介だった。味方を守るための聖防壁を、存在しない攻略ルートを守るためにも迷わず使う。


魔王が怒鳴った瞬間、頭上に巨大な魔法陣が展開した。


ルルシアだ。


「終焉の鐘は鳴った。星なき夜に眠る虚無よ、我が第三禁忌を贄として、今こそ真なる名を――」


(まだ撃たんのか!?)


ルルシアは詠唱を止めることなく、なぜか得意げに告げた。


「ちなみに、ここから真名詠唱に入ります」

「今まで何だったのだ!?」

「前口上です」


(戦闘が終わる前に詠唱が終わるのか!?)


「待て、ルルシア!」


今度は魔王の背後からリヴェルの声がした。


「俺がいる!」

「いつの間にそこへ?」

「誰にも気づかれず敵の背後を取ってる俺。最高に脇役人気出そうだろ?」

「先に言え!」

「言ったら誰にも気づかれてないことにならねえだろ」


(こいつら、余より仲間に邪魔されておらんか!?)


魔王は炎を放った。六人が散開し、ナルクがナオルへ叫ぶ。


「ナオル! 炎耐性を頼む!」

「……そうか」

「何が?」

「俺には攻撃に参加する価値すらない。後ろで皆を補助していろ、と」

「支援術師だから頼んでるんだよ!」


ナオルは悲壮な顔で目を伏せた。


「いい。分かっていた。最後くらい役に立ってから消えよう」


そう言いながら全員へ炎耐性と防御強化を重ねる。直後に魔王の炎が炸裂したが、誰一人ほとんど傷つかなかった。


(……こいつ、めちゃくちゃ有能では!?)


「ナオル、本当に助かる!」

「……今さら引き留めか」

「最初から引き留めてるんだよ!」


戦闘は続いた。ナルクは何かあるたび「俺を信じろ!」と先頭へ飛び出し、キルトは毎回「やれやれ」とその前へ出る。ルルシアは小さな術で済む場面でも禁忌魔法の詠唱を始め、カタリアは魔王の殺意を「好感度が低すぎるだけ」と解釈した。


リヴェルは重要なことを見つけるたび誰にも言わず姿を消し、ナオルは補助を頼まれるたびに追放の前兆だと思い込む。強い。だが、あまりにも噛み合わない。


しばらく攻防を続けたあと、魔王は一度距離を取り、六人を見渡した。


(……なるほど)


正面から六人まとめて相手をする必要はない。こいつら、自分から崩れる。


魔王はまずナルクを見る。


「勇者よ。一対一で余へ挑む勇気はないのか? 仲間の力がなければ何もできぬ者が、王道の勇者を名乗るのか?」

「何だと……!」


ナルクが聖剣を握り直した。


「なら見せてやる! 勇者が最後に魔王を倒す! それが王道ってものだ!」


(よし!)


キルトが止めようとしたところで、魔王はそちらへ顔を向ける。


「剣士は冷静だな。やはり勇者より、お前の方が真の強者に見える」

「……見る目だけは本物らしい」


(よし!)


キルトまで前へ出た。


次はルルシアだった。


「魔法使い。その程度の力で禁忌を名乗るとは笑わせる」

「……言いましたね?」

「まさか、まだ隠している力があると?」

「第四禁忌封印を解除します」


ルルシアがローブから、二枚目の眼帯を取り出した。


(なぜ予備がある!?)


カタリアにはさらに簡単だった。


「余をここで倒せば、隠しルートは永久に閉ざされるぞ」

「やっぱりあったんですね!?」


(よし!)


リヴェルへは声を潜める。


「余の弱点を一人で発見できれば、後世ではお前こそ実質的な勝利者として語られるだろうな」

「……魔王のくせに分かってるじゃねえか」


(よし! こいつもちょろい!)


最後にナオルを見る。


「勇者よ。ところで、その支援術師は本当に必要なのか?」


ナオルの目が見開かれた。


「……来た」

「来てない! 魔王が勝手に言ってるだけだから!」


ナルクが叫んでも、ナオルはすでに遠い目をしていた。


「敵ですら俺の不要さに気づいたというのに、まだ情けをかけるのか」

「違う! むしろ必要だから残ってくれ!」

「いいんだ、ナルク。俺抜きでどこまでやれるか……見届けさせてもらう」

「補助を切るな!」


ナオルは本当に補助魔法を止め、悲壮な顔で一歩下がった。


(本当に切った!? ……いや、好都合ではあるが!)


魔王が思った以上に、全員が簡単に釣れた。ナルクは一騎打ちへ突っ込み、キルトはその前へ出ようとする。ルルシアは第四禁忌の長大な詠唱に入り、カタリアは存在しない隠しルートを守るため攻撃を止めた。


リヴェルは一人で死角へ消え、ナオルは自ら補助を切っている。


(全員、扱いやすすぎるだろ!?)


魔王は躊躇なく両手を広げた。


「では、終わりだ!」


凄まじい闇が広間を覆う。一騎打ちに夢中だったナルクとキルトがまとめて吹き飛び、ルルシアは詠唱を完成させる前に壁へ叩きつけられた。カタリアは咄嗟に聖防壁を張ったが、全員が散らばりすぎて守り切れない。


単独行動中のリヴェルにも援護が届かず、ナオルは慌てて補助魔法を戻したが、すでに遅かった。六人が石床へ倒れ、広間が静まり返る。


魔王はゆっくりと歩み寄った。


「強かったぞ。一人一人はな」


ナルクが聖剣へ手を伸ばし、睨み返す。


「……何が言いたい?」


魔王は六人を見回した。


「勇者が動けば剣士が追い抜き、剣士が攻めれば聖女が止める。魔法使いは勝手に長い魔法を撃とうとし、盗賊は勝手に消える。支援術師は誰も追放していないのに勝手に追放された気になっている」


ナオルが床に倒れたまま呟いた。


「いずれされる」

「されてから言え!」


魔王は肩で息をした。なぜ敵である自分が、こいつらの人間関係にここまで疲れなければならないのか。


「……お前たち、本当に仲間なのか?」


誰も答えなかった。


しばらくして、ナルクが聖剣を杖代わりに立ち上がる。いつものように「俺についてこい」と叫びかけ、口を閉じた。


そして初めて、仲間たちの顔を順番に見る。


「……みんな、どうする?」


キルトが少しだけ目を見開いた。


最初に答えたのはリヴェルだった。


「魔王の左肩。攻撃する直前だけ結界が薄くなる。それと、玉座の裏に結界を維持してる魔石が三つある」

「いつ調べた?」

「さっき一人で潜った時」

「なんで今まで言わなかったんだ?」

「最後に俺が全部解決した方が、実質主人公っぽいだろ」


ナルクはしばらくリヴェルを見た。


「……もう先に言ってくれ」

「分かったよ」


リヴェルは少しだけ不満そうだったが、今度は魔石の場所と魔王の動きを全員へ詳しく伝えた。


ルルシアも眼鏡を掛け直す。


「左肩が弱いなら、私が止めます」

「第四禁忌か?」

「いいえ。初級拘束術で十分でしょう」

「それでいいのか?」


ルルシアの顔が露骨に曇った。


「詠唱は三文字。技名も短い。魔法陣も小さい。空も割れません」

「最高じゃないか」

「私にとっては最低です。ただ……必要なのは派手さではなく、三秒ですよね」


カタリアも杖を握り直した。


「私は皆さんの治癒と防御に集中します」

「魔王は攻略しなくていいのか?」

「攻略はあとです! まず全員生き残らないと、個別ルートにも入れませんから!」


(まだ諦めておらんのか!?)


最後に全員の視線がナオルへ集まった。ナオルは一瞬だけ身構える。


「……何だ。ついに?」

「追放しない」


ナルクが先に言った。


「お前の支援が必要だ。俺たち全員を一番いい状態にしてくれ」

「俺が?」

「お前以外に誰ができるんだよ」


ナオルはしばらく黙った。


「……ちなみに、さっきの魔王の大技だが」

「何だ?」

「闇属性耐性を三重にすれば、威力を三分の一くらいまで落とせる」

「それ先に言えよ!」

「俺を追放したあと、お前たちが苦戦した時に判明する予定だった」

「その予定を捨てろ!」


ナオルは少し考え、渋々頷いた。


「……分かった。今回は最初から全部使う」

「今後もそうしてくれ!」


魔王は少し離れた場所で六人を眺めていた。さっきまでとは空気が違う。


(……非常に嫌な予感がする!)



二度目の戦いは、最初とはまるで違った。


ナルクが正面から走る。だが、今度は「俺についてこい」とは言わない。


魔王が右腕を振り上げた瞬間、リヴェルの声が飛んだ。


「右から来る!」


ナルクは即座に左へかわし、空いた場所へキルトが入る。魔王の首筋ががら空きになった。


キルトなら届く。ここで斬れば、自分一人の手柄にできる。


黒剣が首へ向きかける。


「……やれやれ」


キルトは寸前で軌道を変えた。狙ったのは魔王の左腕。強烈な一撃で、大きく弾き上げる。


「ルルシア!」


「分かっています」


ルルシアが杖を向けた。巨大な魔法陣は出ない。雷も炎も降らない。


「……縛れ」


小さな青い輪が一つだけ飛び、魔王の左肩へ絡みついた。


ルルシアの顔が歪む。


「短い……」

「便利だろ!?」

「格好よくありません!」


(戦闘中に何を争っておる!?)


魔王が拘束を力任せに破壊する。その瞬間、玉座の後ろから乾いた破砕音が響いた。


「一個!」


リヴェルが魔石を砕く。魔王の周囲を覆う闇が揺らいだ。


「二個!」


さらに一つ。


魔王が振り返ろうとした瞬間、カタリアの聖防壁が真正面に立ち塞がる。


「どけ、聖女!」

「嫌です! 今は皆さんを守る役ですから!」


魔王の闇が防壁へ叩きつけられ、白い光が激しく揺れる。カタリアは歯を食いしばったが、一歩も退かなかった。


「三個!」


最後の魔石が砕けた。魔王を守っていた結界が消える。


「ナオル!」


ナルクが叫ぶ。


「もう済んでいる!」


六人の身体へ幾重もの光が重なった。攻撃強化、速度強化、防御強化、闇属性耐性。それぞれの役割に合わせ、必要な補助だけが正確に積み上がっていく。


魔王が思わず目を剥いた。


「お前、そんなにできたのか!?」

「できる」

「なぜ今まで黙っていた!」

「追放されたあとに価値を思い知ってもらうためだ」

「まだ引きずっておるのか!」


魔王が両手を広げた。先ほど六人をまとめて吹き飛ばした闇が、再び広間を埋め尽くす。


「これで終わりだ!」


黒い衝撃波が放たれた。


今度は誰も散らない。


「カタリア!」


「任せてください!」


巨大な聖防壁が六人の前へ展開される。同時にナオルの闇属性耐性が三重に重なった。


轟音とともに石床が抉れ、壁に亀裂が走る。聖防壁が砕けた瞬間、カタリアがすぐさま治癒術を放った。浅い傷が塞がり、六人は立ったまま魔王を見据えている。


(防御は聖女、耐性は支援術師……役割を分けるだけで、こんなに厄介になるのか!?)


ナルクが聖剣を構え直した。


「行ける!」

「当然だ」


キルトが先に踏み込む。以前なら、そのまま自分で決めにいっただろう。


今度は一撃だけだった。魔王の右腕を外へ流す。


「ナルク、左だ」

「分かった!」


ナルクが駆ける。魔王は聖剣を受け止め、反撃しようとする。


「三秒止めます」


ルルシアの短い拘束術が足へ絡む。


「リヴェル!」

「もう後ろだ!」


最後に残った防御術式を、リヴェルの短剣が切り裂いた。発見した弱点も狙いも、今度は全部仲間へ伝えてある。


魔王が力ずくで拘束を破る。


「まだだ!」


黒い魔力が爆発した。


「防ぎます!」


カタリアの聖防壁が衝撃を受け止め、ナオルの耐性が残った威力を削る。


ナルクは聖剣を振り上げた。


届く。


今なら、自分一人で魔王を倒せる。長い旅の最後、王道勇者が宿敵へ最後の一撃を叩き込む。ずっと思い描いてきた場面だった。


魔王もそれに気づいた。


「どうした、勇者! 結局、最後はお前一人の見せ場ではないのか!」


ナルクの聖剣が止まった。


一瞬だけ仲間を見る。


以前なら、ここで叫んだ。


俺についてこい。


ナルクは違う言葉を選んだ。


「みんな、どうする!?」


「右腕をどけろ!」


キルトが即座に答える。ナルクは迷わず横へ跳び、空いた場所へキルトが滑り込んだ。魔王の反撃を黒剣で弾く。


「足は私が!」


ルルシアの小さな拘束術が魔王の足を止める。


「左肩、今だ!」


リヴェルが弱点を叫び、そのまま死角から最後の防御術式を切り裂いた。


「ナルクさん!」


カタリアの聖なる守護がナルクを包む。


「攻撃強化、限界まで上げる!」


ナオルの術式が聖剣へ流れ込む。


ナルクが再び踏み込んだ。


「行くぞ!」


聖剣が走る。キルトの黒剣が魔王の腕を弾き、ルルシアの小さな拘束術が足を止める。リヴェルが最後の防御を断ち、カタリアが反撃を防ぎ、ナオルがナルクの一撃を限界まで押し上げる。


その中心を、聖剣が貫いた。


「ぐおおおおおおおっ!」


魔王の鎧へ亀裂が走る。黒い魔力が砕け散り、広間いっぱいに光が弾けた。


やがて巨体が、ゆっくりと倒れる。


静寂。


ナルクはその場へ座り込み、大きく息を吐いた。キルトも黒剣を床へ突き、ルルシアはずれた眼鏡を直す。カタリアはへたり込みながら笑い、リヴェルは仰向けになった。


ナオルだけが、少し不思議そうな顔をしている。


「……追放されなかったな」

「だから最初からしないって言ってるだろ!」


ナルクが笑った。六人から、自然に笑いが漏れる。


キルトは黒剣を鞘へ戻し、少しだけ肩の力を抜いた。


「まあ……悪くなかった」

「初級魔法で魔王を倒す日が来るとは思いませんでした」

「私はまだ魔王様の攻略を諦めていませんよ」

「倒したあとに言うなよ」


リヴェルは両手を頭の後ろへ回した。


「まあ、結界を全部壊した俺が実質主人公だったことには異論ないだろ?」

「あるに決まってるだろ」


ナオルも静かに頷く。


「俺の支援がなければ全員死んでいた。つまり俺を追放した場合、今後かなり困ることが証明された」

「まだ追放後の話してるのか!」


ナルクは呆れながらも笑った。


「もう誰が一番とかいいだろ。俺たち全員で勝ったんだから」


少しだけ静かになった。ナルクは満足そうに聖剣を眺める。


「……でもまあ、最初に正面から魔王を引きつけたのは俺だよな?」


沈黙。


キルトがゆっくり顔を上げた。


「……何?」

「だから、連携の起点は俺だったというか」

「魔王の腕を弾いたのは俺だが?」

「三回拘束したのは私です」

「結界三つ壊したの俺だけど?」

「最後の反撃を防いだのは私ですよ?」

「俺の支援がなければ、そもそも戦闘になっていない。やはり俺を追放した場合の影響は――」

「追放しないって!」


六人は、あっという間に誰が一番活躍したのかで揉め始めた。


その時、床からかすかな声がした。


「……やはり……何も、変わっておらんではないか……」


六人が一斉に振り返る。


「魔王!?」


倒れていた魔王が、最後の力を振り絞って顔を上げていた。


カタリアの顔がぱっと輝く。


「生存ルートです!」

「違う!」


ルルシアも杖を構え、目を輝かせた。


「なるほど。敗北後に真の姿を現す第二形態ですね」

「現さん!」


キルトが黒剣を抜く。


「……やれやれ。二戦目なら、今度こそ俺一人で十分だ」

「また始めるな!」


リヴェルも勢いよく起き上がった。


「第二部か。なら今度こそ、俺が実質主人公になる流れだな」

「第二部を始めるな!」


ナオルは静かに荷物を持ち上げた。


「……二戦目の前に、いよいよ俺が追放されるのか」

「されん!」


そしてナルクが聖剣を高く掲げる。


「よし、みんな! 今度こそ俺についてこい!」


魔王の目が見開かれた。


(戻った!? 一瞬で全部戻った!?)


「もう帰れえええええええっ!!」

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