「蝉の国」
それは二千二百三十四年の快適な夏の事でした。冷房の効いた中学校の教室では丁度五時間目の授業が終わりました。家に帰る者、友達と遊びに行く者、いずれも待ちわびたように教室を飛び出して行く中で四人の少年少女がだけが一つの机に固まって一枚の地図を見ていました。あまり大きくはありませんが詳細に書かれた町の地図です。それには一箇所だけ赤い印がつけてあります。印は中学校から東に十キロ程の距離をいった所です。その周りには他に何もなくバスも電車も通っていませんでした。赤い印だけがついていました。
「なあ、ホントにこんな所にあるのか?」
アキラという髪の色が薄い少年が言いました。アキラはいつもどこか諦めた所のある冷めた少年でしたが彼の声はいつになく上擦り興奮した様子が伺えます。
「疑うならこなければいいでしょ」
地図の持ち主であるカエデは少し怒った顔をしました。カエデは信じて貰えないことが不満でした。彼女は嘘が嫌いです。
「でも中々信じられるモノでもないよ。ここから『空』が見えるなんて。ウチだってカエデの言うことじゃなかったら笑い飛ばしてたと思うわ」
白い肌をしたミユキがアキラを庇いました。カエデは何か言おうといて「私もお姉ちゃんから聞いてなかったら信じられなかったかも」と俯きます。
「空かぁ」
シンジの声は誰にも向いていません。しかしシンジの何気ない一言で四人は未だ見たことのない「空」への空想を巡らせました。昔の記録でしか見たことのないどこまでも続く蒼穹は彼らを夢見心地にさせます。
それがいつのことだったのか正確なことを彼らはまだ習っていません。彼らが知っているのは地表はソーラーパネルとかいうモノで埋め尽くされているということです。そうでもなければエネルギーの生産が追いつかなくなり今の暮らしが出来なくなってしまうそうです。少年達は地下に住んでいました。
だから少年達は空を見たことがありません。
「じゃあ次の日曜日にみんなで空を見に行こう」
少年達は頷き合いました。
ずっと地下で過ごしてきた少年達の体は日光に含まれる有害な紫外線などへの抵抗力がありません。明るい地下から外に出れば彼らは死んでしまいます。
それでも少年達は日曜日になると待ち合わせ場所へ向かうのでした。
ただ光を求めて。