第五章 卜部の秘儀
卜部神社の書庫は、本殿の地下にある。湿気を避けるため、床は高く、壁は厚い。中には、何百年も前の古文書が、桐の箱に入れられて保管されている。
蒼月は、一番奥の箱を開けた。
「これが、卜部神道の奥義書だ」
箱の中には、巻物が入っていた。紙は茶色く変色し、端は擦り切れている。しかし文字は、まだ読める。
紅蓮は、巻物を覗き込んだ。
「読める? すごい古い字だけど」
「……読める」
蒼月は、巻物を広げた。
そこには、境界神についての記述があった。
「永正年間、対馬海峡に異変起こる。海が裂け、その裂け目より巨大なる神出づ。その神は、日ノ本の神にあらず、異国の神にもあらず。境界より生まれし、境界そのものなり」
蒼月は、声に出して読んだ。
「日ノ本の術者と、異国の術者、力を合わせて封印を施す。しかし、この封印は永遠ならず。数十年ごとに、再び鎮めの儀式を行わねばならず」
紅蓮が、割り込んだ。
「で、その儀式の方法は?」
蒼月は、ページをめくった。
しかし、そこから先は、破れていた。
「……ない」
「え?」
「儀式の具体的な方法が、記されていない。いや、破られている」
蒼月は、破れた跡を指でなぞった。
明らかに、意図的に破られている。誰かが、この知識を隠そうとした。
「なんで……」
「……わからぬ。しかし、これでは術が再現できぬ」
蒼月は、巻物を閉じた。
紅蓮は、しばらく考え込んでいた。そして、顔を上げた。
「じゃあ、創るしかないわね」
「……創る?」
「そう。昔の人ができたなら、私たちにもできるはずでしょ。日本の術と、朝鮮の術、組み合わせれば」
蒼月は、紅蓮の目を見た。
そこには、恐れがなかった。
代わりに、確信があった。
「……そなたの術を、教えてくれ」
蒼月は、初めて、そう言った。
紅蓮は、にっこりと笑った。
「いいわよ。じゃあ、あんたも私に教えてね。卜部神道の、秘密の術」
二人は、その日から、互いの術を学び始めた。
蒼月は、紅蓮に亀卜の方法を教えた。亀甲の焼き方、ひび割れの読み方、祝詞の唱え方。紅蓮は、最初は上手くできなかった。火の加減が強すぎて、甲羅が割れすぎる。しかし、何度も繰り返すうちに、徐々にコツを掴んでいった。
紅蓮は、蒼月に神降ろしの舞を教えた。鈴の振り方、足の運び方、呪文のリズム。蒼月は、最初は硬かった。体が、舞に慣れていない。しかし、紅蓮が手を取って導くと、徐々に動けるようになった。
「もっと力を抜いて。舞は、戦いじゃないの。神様との対話なの」
紅蓮の声は、優しかった。
蒼月は、初めて、術が「楽しい」と感じた。
それは、父から学んだときには、なかった感覚。
父との修行は、厳しく、苦しかった。しかし、紅蓮との稽古は、何か軽やかなものがあった。
二人の術が、混ざり合っていく。
蒼月の青白い光と、紅蓮の赤金の光が、徐々に同調し始めた。
しかし、その時。
事件が起きた。




