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人間ごときのラストボス

 魔界の入口となりつつある部屋の扉を潜ると空間把握能力が失われた。扉より向こうは別次元だった。

 本来部屋であるはずが壁がない。

 乾きひび割れた大地が広がり、墓地を囲むような鉄柵が囲んでいる。空は厚い雲に覆われ、時折雷が蛇のように走っている。

 乱立した墓は古いのか割れているものが目立つ。その一つの墓石に男が座っていた。

「思いの外残ったなァ」

 響いた声は無邪気。現れたのはフードを被った男。首もとにはヘッドフォン。サイズの大きな服で纏めた姿だった。

「サバイバルゲームは楽しんでもらえたかなァ?」

「もう二度とやりたくないね」

「そいつは残念」

 ハジメの心底嫌そうな声に男は笑った。

「ダニーは何処だ」

 こちらが問うと男は口の端を釣り上げた。

「オヒメサマはこの墓の下だ。大丈夫。生きてるぜ。ただ呪術やら魔術やら使えて邪魔だから棺に閉じ込めてる」

 男はそう言って足下を爪先で叩いた。

「目的はなんだ」

「ンー? そんな大層なモンねェよ? 強いて言うなら死体をもりもり作って人肉ハンバーグでも作ってみたいってトコ?」

 けろりと男は言い放った。

「話が通じる相手じゃなさそうだね」

 ハジメの言葉に頷く。完全に理解の範疇を超えている。

 ベルトに引っ掻けてきた拳銃を男に向ける。

 相手が死霊術師な以上退魔の武器ではさしてダメージを与えられない。

 だからノックから“借りてきた”。

「ワオ。そんな立派なモン持ってんの? 撃つなよ? 早漏はモテないぜ?」

 発砲音と共に実弾が吐き出され、男の足下を貫いた。

「ああ、悪い。ちょっと“先走った”。あんまりにもヘドが出るようなクソ具合に興奮しちまったよ」

 男は笑みを引き吊らせた。

「頭がオメデタイようだから一つ教えておいてやる。教会は支部が置かれている国では場合によっちゃ“殺処分”も許可されている。お前のようなクソ野郎を全員生かしておくには専用の牢が足りないからな」

 男は無理矢理笑みを形作った。

「人権もヘッタクレもねェな?」

「“人外を使う奴”に“人”権が適用するのか? 教会の中でもこの意見には賛否が分かれるが、俺は賛成だ。お前のような奴を生かして吐かせた所でマトモな理由なんぞ期待出来ないからだ。“人”でありながら“人”でなく“人外”を選んだ時点でそいつは“人”をやめている。それが俺の持論だ」

 男は無理矢理作った笑みに深みを持たせた。

「ナルホド。その意見、強ち間違っちゃいないな」

 男はパン、と手を叩いた。

 すると大地が低く鳴いた。乾いた大地に走る罅が大きくなり、中からガスのように煙が噴き出した。

 それは呻きながら一塊となる。廊下で襲い掛かった巨大な顔だった。

 吼えるだけで空気が震え、強烈な瘴気が発せられる。

「今度は食い殺すぜ?」

 発光するショットガンを構える。これでどうにかなるとは思っていないが何もしないわけにもいかないだろう。

 突如ハジメがパン、と手を叩いた。先程の男を真似するかのような行動に視線を向ける。

 何処からか遠吠えが聞こえた。

 大地が揺れる。男は辺りを見回し、揺れが近付いてくるのに気付き振り返った。

 巨大な影がこちらに走ってきていた。

「やっぱりここは魔界じゃなくて冥界だったんだな」

 ハジメはそう笑う。

『死者を使役する者ならば冥界に通じる穴を作る事も容易というわけだ』

 現れたのは巨大な犬。三つの首を無理矢理一つの胴につけた姿。

 これがハジメに協力を仰いだ冥府の番犬“ケルベロス”。

『お前がネクロマンサーか』

 ケルベロスは男を見下ろした。男はその巨体を見上げ目を見開くしか出来ないでいる。

『死者を地上に無理矢理連れて行きやがって。これだからネクロマンサーってのは嫌いなんだ。怒られるのは俺なんだぞ!』

『そーだそーだ! しかも生きた人を替わりにこっちに持ってくるなんて! 生き霊は死人に狙われやすいんだぞ! 食われちゃったらどーすんのさっ!』

 両端の頭が口々に文句を並び立てる。ケルベロスが吠えるように文句を言う度唾液が散って大地に降り注いだ。濡れた土からじゅうじゅうと音が鳴り、思わず距離を取る。

 そういえば神話ではケルベロスの唾液は猛毒だと記されていた気がする。

 男はひっくり返った声を漏らして巨大な顔を差し向けた。

『邪魔だ!』

 口の悪い頭がその顔にかぶり付いた。顔は煙草の煙のようにたちまち散り散りになって消えてしまった。

『コール・キルニアド。人間にしては大した魔力だ。だがその力を悪用した。よって貴様は地獄行きだ』

 真ん中の頭が淡々と告げる。コールは以前目の前の冥府の番犬に圧倒されているようでニワトリのように口をパクパクしていた。

 ケルベロスは巨大な前足を持ち上げるとコールをつついた。といっても衝撃はつつかれたなんてものでは済まないだろう。

 数メートル浮いてからコールはひび割れた大地に倒れた。その胴に前足が乗り押さえ付けられた。

『生き霊を帰すまでは生かしてやる。このクソ野郎め』

 口の悪い頭が唾液を撒き散らすように言った。コールに唾液が降りかかりじゅうじゅうと音を立てたがお構い無しである。

「待て。ダニーを置いて行けない」

「やだッ! 置いてかないでッ!」

 声と共に先程コールが座っていた墓が立つ大地から手が土を掻き分けるように出てきた。宛らゾンビの登場シーンである。

 先程コールを威嚇する際に撃ち込んだ退魔術を掛けた銃弾が上手く封じを解いたようだ。慌てて駆け寄りハジメと共に土を掻き分けると土まみれのダニーが現れた。

「ぶはぁ。シャバの空気は旨――シャバじゃなかった」

 相変わらず緊張感のない物言いに無性に腹が立ったので横腹に一発入れてやった。

「イキナリ不機嫌ッ?!」

「こっちは散々苦労したってのになんだその軽さは」

「OKOK.言いたい事はわかったぜ。真打ちの遅い登場に不満があるんだろ? 俺だってかっこよく登場したかったけど、まぁ俺も完璧じゃないから? こんな時もあるわな」

「此処にノックから預かった拳銃がある」

「すいませんでした」

 謝罪の言葉を吐かせたのでとりあえずこの件は終わらせて、ダニーを引き上げる。ダニーは体についた土を払う。

「まーた泥だらけかよ」

 サウジェントタウンでも泥だらけになっていたしそういう運気を持つのかもしれない。

 ダニーは自分が出てきた穴を見下ろした。

「出てこいよ」

 思わず穴を見遣る。穴から腕が現れた。異様に白い――否、青白い腕。

 その腕の主はゆっくりと姿を表した。前髪を伸ばし目元を隠した男。続いて同じく青白い肌をした赤毛の女が現れた。

 二人はケルベロスに押さえられたコールを見て悲しそうに顔を歪ませた。

『死人だね』

 子供っぽい口調のケルベロスが二人を見て言った。

『グールとして生き返らせたのか。馬鹿な事を』

 真ん中の頭がコールを見下ろしながら言った。

「だからやめようって言ったんですよぉ」

 赤毛の女が言った。

「何時かこうなる事はわかってた。コール。俺達は土に還るよ」

 顔の見えない男の言葉にコールが顔を上げた。

「折角生き返らせたのにそりゃないぜ」

 その呟きはまるで拗ねた子供のようだった。


 コールが冥界と地上を繋いだため、ハジメの力を介さなくても擬似ゾンビの魂の入れ替えが容易になった。といっても生体に入った死霊は殆ど退治してしまっていたが。

 元の体に戻った生き霊達は久しぶりの実体に皆喜んだ。

 ふらふらになりながらもノックは自らの仕事をこなす為、救急班を呼び出しノッキンヘルの使用者達と戦いに傷付いた特殊班の面子を車に押し込んだ。

「あんたも行かなくていいのか」

「まだコール・キルニアドの逮捕が済んでいない」

 まだ調子は悪そうだが頑なに救急車に乗りたがらないので隊員が呆れて行ってしまった。

 車の運転はハジメに任せよう。それぐらいはしてやらないと行けないだろう。

『このクソ野郎を地上に帰せってのか?』

「わかってくれよ、ケルベロス。生きてる以上事情やら何やら聞かなきゃいけないんだ」

 口の悪い頭がどうやら渋っているらしくハジメが宥めている。

『直ぐに地獄に送ろうが、死んでから地獄に送ろうが大して変わらん。なら無理に連れていく必要はないだろう』

『そーだよ。生きてる間も反省しなきゃ! 懲役がすんごい数になってもちゃあんとこっちで残りを引き継いで反省させるべきだと僕は思うな!』

 然り気無く怖い事を聞いた気がするが気のせいだろう。冥界の番犬は三つの性格を持つが基本罪人には厳しいらしい。

『……さっさと殺しときゃ良かったぜ』

 ふん、と鼻を鳴らして――とは言っても鼻の大きさがそもそも桁違いなので生暖かい強風で僅か煽られたが――口の悪い頭は渋々納得したようだった。前足を退けてノックが手錠を掛ける。

 コールはすっかり意気消沈してしまったようだった。自信満々で敵を迎えたらまさか格上がしゃしゃり出てくるとは思わなかったのだろう。

 仮にコールが本当に魔界との道を開いていたなら話はまた別だったのかもしれないが、それをするにはコールの魔力は足りなかった。

 ネクロマンサーとしての腕は確かでも人外には成りきれない。

 結界も死霊を呼び出しながらであるのを考えるとカレッジを囲むので精一杯だったのかもしれない。

『越科ハジメ。シャーマンとは言え一般人に過ぎないお前には色々迷惑を掛けた。協力感謝する』

『君が手を叩いて呼んでくれたから駆け付けられたんだよ。間に合って良かった』

『即興にしてはいいプレーだったんじゃねえの。けどあんまこっち覗くなよ。怒られんのこっちなんだから』

 三つの頭が各々言葉を並べる。ハジメは不思議な共闘をしたこの仲間に笑い掛けた。

「こっちこそ助かったよ。仕事柄また世話になるだろうから、また宜しくな」

 口の悪い頭がケッと悪態付いた。

『この道は閉じておく。地上に帰るといい』

「後始末やらせるみたいで悪いな」

『いいよいいよ。これぐらいなら閉じるのは簡単だしね』

 ダニーの言葉に子供っぽい口調の頭が答えた。

 コールを引き連れドアを出る。そこにはカレッジの廊下が広がっていた。

 ようやっと終わった。

 短時間だが酷く疲れる戦いだった。

 死者が出てしまったのが残念だが事件の真相はこれから明かされていく事だろう。

「冥府の番犬って思ったよりキャラ濃いな」

「お前が言うな」

 ダニーの呟きにノックが疲労をたっぷりと滲ませて突っ込んだ。

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