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困難必至のヘル・ゲート

 ねっとりと絡み付くような嫌な空気が次第に重みを増してくる。

 三年前日本にいた頃の空気に似ている。フルフェイズと共に日本に派遣された時、日本は梅雨の季節だった。湿気が肌にのし掛かるようなあの感覚だ。

 ただあの時と違うのは気温は高くなく、寧ろ肌寒いような悪寒が混じっているところか。

 通ってきた道はゾンビとその擬きの死体がごろごろしている。

 ゾンビ擬きは魂がない状態で体は生きているから実際は死体にカウントされないかもしれないが、魂が戻らない限り動きはしないだろう。

 ハジメがいるから魂を戻す事は出来るのだがこの状況で生き返らせても新たな死体を増やすだけである。事態が収まるまでは放置する事にした。

 西棟にいるというダニーを探し、東棟から庭を突っ切るまで1時間が経っていた。わざわざ東棟を抜けたのは校舎外に広がる林に何がいるかわからないからだ。とはいえ校舎の中でも連続の襲撃があり、流石に疲労の色が見える。

「悠長に待ってくれてるのはどういう意図だ?」

 何度目かの視覚薬を口に放り込みながらノックが疑問を投げた。

 ノックの疑問は尤もである。

 こちらが侵入してから大分時間は経っているというのにカレッジを覆う結界が緩む気配はない。

 魔界と繋がる扉が開いたなら後は解き放つだけだろう。なのにゴーストやゾンビ、低級悪魔は現れどカレッジの外に未だ脱していない。何か意図があるのは明白だろう。

「さぁな。ネクロマンサーの考えはわからん」

 吐き捨てるように言って仲間を見遣る。

 ノックとジャックは疲労こそ見えるがまだ気力は削がれていない。ただジャックの率いる部下達は限界が近そうだ。化物と長く対峙するだけで多大な精神力が要る。普段から相手をしているノックは場馴れしているが普通はそうなるのが自然だ。ジャックは精神がタフなのだろう。こんな状況にも関わらず冗談を言っている程だ。

 ハジメも普段から心霊といったオカルトと接しているおかげかまだ余裕がありそうだ。

 教会から支給された魔力増強剤を口にしながらこれからを考える。

 西棟は確か実験棟だ。これ以上にゾンビが増えるだろう。緊急時に運び出されなかった動物達が生きる屍になっている可能性は高い。

 消耗している特殊班を引き連れての突撃。余り気乗りはしないが体制を建て直そうにもカレッジからは出られない。ならばさっさと攻めて頭を叩くしかない。長引けば長引くほどじり貧になる。

 西棟は不気味な程に静かだった。ただ空気の重さは増している。陰鬱な空気がじとりと汗を滲ませた。

 物音に銃口を向ける。人の足音とは違う。しかしかなりの数の気配を感じさせる。

 通路に現れたのはネズミの群れだった。

「またか!」

 悲鳴にも似た声を上げたのはハジメだ。実験用のネズミなのだろう。下水道にいたのとは違い白いく小さいものが多い。

 ネズミは甲高い声を上げながらこちらに押し寄せた。散弾を撃ち込むと群れは三ツ又に分かれて襲い掛かる。

 隊員達も弾をばら蒔くが、数匹仕留めたところで群れは止まらない。足元からネズミが這い上がる。

『鬱陶しいッ!』

 冥府の番犬がハジメの体を借りて吼えた。魔力を持った咆哮が脆弱な獣達を吹き飛ばす。床に転がる前に散弾で撃ち抜くとぴくりとも動かなくなった。

「止まるな! 走れ!!」

 叫んでしんがりにつく。ネズミの群れは濁流のようにこちらに迫り、散弾を撃ち込んでみるものの仲間が死のうがその勢いは止まらない。

「上に行く!」

 ジャックの声に答えて階段へと向かう。先にジャック率いる特殊班とハジメが上り、踊り場を確保。ノックと共に特殊班達の援護の中階段を駆け上がり、踊り場を突っ切って上の階で待ち受けるゾンビと擬きを退魔の弾で吹き飛ばす。

 踊り場でハジメが再びケルベロスの力を借り、ネズミの濁流が散り散りになった隙に残りの面子も階段を上った。

 再びしんがりについてショットガンを構える。ネズミ達は未だ赤い目を光らせている。

 階段から、手摺から、または近くの部屋の扉から次々と現れ再び大きな波となる。

(キリがない!)

 歯噛みして散弾をばら蒔く。数は減っている筈なのに衰えない勢いに汗が流れるのがわかった。

「うわぁぁ!!」

 悲鳴に振り返るとゾンビが隊員に掴み掛かっていた。ノックが頭を撃ち抜くより先に押し倒し、首もとに噛み付いた。

 悲鳴に他の隊員達が息を飲むのがわかった。次は我が身。想像に難くない。

 散弾を撃ち込んでゾンビの横腹を吹き飛ばす。足を速めて隊員を半ば引き摺るように起こすが、掴んだ手は握り返されなかった。

 首から噴き出すように血が流れていた。

 恐怖に染まった目と刹那かち合う。隊員の手はするりと掌から落ちていった。

 感情のまま叫びだしそうになるのを唇を噛んで耐えた。今心を乱せば事態が悪化する。冷ややかな一面がある自分に初めて感謝した。

 ネズミの濁流に追い付かれる前に再び駆け出す。倒れた隊員を飲み込んでいった。

 前方から悲鳴が目立つようになった。仲間の死が恐怖を植え付けたのだ。

「殺られる前に殺れ!」

 ジャックの声に隊員達は銃を握り直す。この状況下でも班長から恐怖を感じさせないおかげか隊員達もなんとかついていけている。リーダーが狼狽えれば士気は一気に下がる。ましてこんな非現実めいた状況なら尚更。

 班長の声はなんとか隊員達の精神をこのふざけた現実に縫い止めていた。

「次の階段だ!」

 ノックの叫びに頷く。

 重苦しい空気が増している。恐らく魔界の扉は近い。

 先程と同様特殊班とハジメが踊り場を確保し、ノックと共に上階へと駆け抜ける。

 ずぶり、と足が沼に嵌まったような感覚に前方を見遣った。

 煙のような何かで出来た巨大な顔が廊下にあった。こちらに気付き吼える。

 明らかに廊下の広さより大きなその顔は、しかし実体を持たないのか此方に一気に近付いてくる。

「どうする?!」

「俺が聞きたい!」

 ノックの言葉にそう叫んで散弾を撒き散らす。

 巨大な顔は形を崩しながらもこちらに迫る。ノックと共に巨大な口に弾を撃ち込むも怯まない。

 踊り場から上ってきたジャックと隊員達、そしてハジメが巨大な顔に圧倒されている間に、霧のようなその顔がぶつかった。

 圧倒的な瘴気が体を通り抜けたのがわかった。同時に脳内に直接感情を叩き付けられる。

 怨霊達の嘆き悲しみ怒り憎しみ――。それらがごちゃ混ぜになって一気に脳を揺さぶった。

「か、は」

「うぅ」

 声に振り返る。隊員達が穴という穴から水気を出して放心している。

 ジャックとノックは荒い息をして蹲っている。

 “あてられた”のだ。強すぎる負の感情が彼らの精神を叩きのめした。

 エクソシストである自分は生まれついて悪魔に対抗する力を持つ故、まだ精神を保っていられるが一般人である彼らはそうはいかない。

『ここで倒れちゃダメだ!』

 声が響いた。目を赤く輝かせたハジメだった。

 彼の声は気を発し、内から壊そうとする負の気を吹き飛ばした。

 しかし怨霊の声は途絶えても一度折れた心までは戻せないのだろう。起き上がる者はいない。

 そして階下から聞こえる小動物の甲高い鳴き声。

 絶望的状況だ。

「That sucks!!」

 忌々しく吐き捨ててハジメを見る。ケルベロスの加護のお陰かピンピンしている。しかし番犬の力を持つ以外は素人だ。仲間を守るには魔力がいるというのに!

「ケルベロス! あんた火は使えるか?!」

 最早使い手を無くしたサブマシンガンのマガジンを集めながら問い掛ける。

『媒介になる火があれば出来る』

 媒介。つまり直接火を起こす必要があるわけだ。マガジンから弾を取り出しナイフで無理矢理ばらしてしんがりを務めたハジメの背後に火薬を撒く。数個分火薬を撒いて蹲ったノックに駆け寄った。半ば押し倒すようにして上着をまさぐる。あった。ジッポだ。

 撒いた火薬の上に弾を撒く。

「ケルベロス! 頼むぞ!」

 言ってジッポで火を起こし、火薬に放り投げた。

 火は火薬で一気に燃え上がりケルベロスの力で赤から青へと勢いを増した。

 火薬の中に放られた弾は火柱により暴発した。壁や窓、天井に向かってデタラメに跳ね回り、押し寄せるネズミ達を撃ち抜く。

 魔力が籠った弾は壁にめり込むと結界の始点としてその役目を得る。

 弾はこちらにも跳んでくるがケルベロスが一度力を介したお陰か多少制御出来るらしく、ぎりぎりを掠めていく。即興にしては上手くいった。簡易結界だ。

 サウジェントタウンでの一件でイザベラに退魔弾の火薬で結界を作ったのを思い出したのだ。

 弾を更に放り投げて結界を強固にする。ケルベロスの力を具現させるハジメに負担が掛かるが仕方がない。ハジメもわかっているのかマガジンを受け取り自ら火柱に弾を放り込んだ。

 ネズミの群れは突如出来た結界により道を阻まれ、或いは体ごと遮られ粗方壊滅した。

 こちら側にも跳弾したお陰で歪だが仲間を入れるスペースも僅か出来た。

 そこに動けない者を集める。

 途中ジャックが呻き、嘔吐した。

「大丈夫かい?」

 ハジメが声を掛けると頭を垂れたままだが片手を上げた。殆んどが戦闘不能となった中意識があるあたり彼の精神は余程タフなのだろう。

「吐いたら多少楽になった」

 サブマシンガンを掴むジャックを制止する。

「すまないが個々で皆を守ってくれないか。ここから先はさっきより激しくなる」

 ジャックは頷いた。やはり本調子ではないのだろう。

 戦力が減って心許ないが仕方がない。彼らを無理矢理連れていけば見殺しになるのは目に見えているのだから。

「いけそうか?」

 ハジメに声を掛ける。

「なんとかね」

 少し疲れは見えるが思ったよりは平気そうだ。ハジメは霊媒体質だというし案外悪魔との相性はいいのかもしれない。

「君は大丈夫?」

「大事ない」

 光るショットガンを構えて頷いた。

 開かれたままの扉から鬱々とした気が漂っている。魔界と繋がろうとしているその部屋に歩み入った。

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