第7話:再戦の草原、そして「主」を刈り取る者
翌朝。俺は石の床から跳ね起きると同時に、全身の細胞を呼び覚ます鋭いサイドチェストを決めた。 「……素晴らしい。床の硬度が脊柱を矯正し、筋肉の張りが昨夜よりも増している。やはり自重こそが原点か」
「増してないから。ただ体がバキバキなだけでしょ。……おはよう、ミスター。よくそんな冷たいところで寝て、爽やかな顔ができるわね」 ベッドの隅で丸まっていたイリスが、眠そうな目を擦りながら呆れ顔で起きてくる。だが、寝起きの少し崩れた姿もまた、神々しさを損なわない。ここ数日の共同生活でわかったことだが、この女神、性格はともかく……造形としては、実に、かわいい。
「おはよー……おじさん。今日こそ、お肉食べたい。お腹が『ビッグバン』しそう」 リリィも杖を抱えたまま、寝ぼけ眼でベッドから這い出してきた。昨日、獲物を蒸発させたショックは、彼女の育ち盛りの胃袋をさらに活性化させていたらしい。 「よかろう。成長期には質の高い動物性タンパク質が不可欠。わが新メンバーとして、その食欲、高く評価するぞ」
「よし、再チャレンジだ。今日の目標は『ジャイアントラビットの確保』、および『完全なる調理』だ」 俺たちは、借金地獄からの脱出と朝食の確保を懸けて、再び「始まりの街~フルドライブ~」の草原へと向かった。
草原に着くと、驚くべき光景が広がっていた。昨日の爆心地を囲むように、昨日以上のジャイアントラビットの群れが集結している。さながら現場検証を行う捜査員の群れだ。 「かなりの数だな。……だが、これだけいれば、一人三枚はステーキが食える」
「リリィ。昨日と同じ轍は踏むなよ。火加減は中火、いや、弱火の遠火だ」 「わかってるって。……ええと、闇より深き……じゃなくて、ちょっと温かめの……えいっ!」
リリィが杖を振るい、超低出力の爆裂魔法を放とうとした、その時だった。
「待て! 背後だ!」
地響きと共に、草原の奥から「山」が動いたような錯覚に陥るほどの巨体が出現した。 それは、ラビットの群れを統べるこの地域の主――『エンペラーラビット』。 通常のラビットが軽トラなら、こいつは10トントラック。その脚部に至っては、俺の胴体よりも太い、暴力的なまでの筋繊維の束がうごめいていた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 出たわ、このエリアの主! 討伐報酬は金貨50枚、でも全滅者数も地域No.1のバケモノですよ! あれでもLv30はあるわ!」 イリスが俺の背中にしがみついて震える。
「金貨50枚……。借金が半分以上片付く計算か」 俺の目が、獲物を狙う肉食獣……いや、極限まで絞り込んだボディービルダーのそれへと変わった。
「リリィ、打つな! こいつは素材(肉)がデカすぎる。蒸発させるには惜しいバルクだ。俺が直接『捕獲』する!」 「「え!? 一人で!?」」
俺は地面を爆発的なストライドで蹴った。 エンペラーラビットが、その巨大な後ろ脚に力を溜める。狙いは俺の頭部。鋼鉄をひしゃげるキックが、大気を切り裂いて放たれる。
「シィィィィィッ!!」
俺は大胸筋に極限の力を込め、そのキックをあえて正面から、面で受け止めた。 「グッ……いい刺激だ。ベンチプレス200キロを超える衝撃……だが、この程度の負荷では、俺の筋繊維は破壊できん!」
衝撃を全身の筋肉で分散させた俺は、即座にラビットの太すぎる脚にしがみついた。 「筋肉と筋肉の対話といこうじゃないか……! いくぞ、主!」
「ぎゅいぃぃぃっ!?」 主が悲鳴を上げる。俺の圧倒的な握力と腕力が、主の脚力を上回ったのだ。 そのまま俺は、巨大なウサギを背負い投げの要領で空中に放り出し、無防備になったその分厚い首筋へ、慈悲(筋肉痛)を込めた拳一撃を叩き込んだ。
「――仕留めた」
ドォォォォォォォォン……。 草原の主が、白目を剥いて沈黙する。リリィの破壊魔法ではなく、俺の「純粋な物理」が草原を揺らした。
「……すご。おじさん、本当に魔法使ってないの? ただのパンチ、だよね?」 リリィが杖を降ろして呆然と立ち尽くす。 「信じられない……。あんなバケモノを素手で……。でも、これで本当に借金が半分消えますよ!」 イリスが狂喜乱舞して駆け寄ってくる。
「……だが、それよりも重要なことがある」 俺は主の脚部――その最高の部位を指差した。 「このサイズだ。リリィが多少『ビッグバン』の出力を間違えても、芯まで蒸発することはない。……リリィ、火加減の修行を兼ねて、こいつの表面を『強火』で一気に焼き固めろ。メイラード反応を誘発し、旨味を閉じ込めるんだ。中身は俺が低温でじっくり仕上げる」
「うん、やってみる! じゅーじゅーにするね!」
こうして、伝説の主は、借金返済の担保として、そして「最高にデカいステーキ」として、俺たちの血肉になることが決まった。 草原に、香ばしい肉の焼ける匂いと、筋肉男の満足げな笑い声が響き渡る。 俺たちの異世界生活は、ようやく「まともな食事」へと一歩近づいたのだった。




