第4話:ギルドの測定器と、筋肉という名の規格外
バウンドウルフ(Lv50)をワンパンで地平線の彼方へ飛ばした後、俺とイリスは森を抜け、ようやく人里離れた「始まりの街~フルドライブ~」へと辿り着いた。
「いいですかミスター、この世界で生きていくには『冒険者カード』が必要です。これがないと宿にも泊まれませんし、食料を買うお金も稼げませんからね!」
イリスの説明によれば、冒険者カードとは女神の加護を受けた水晶に触れることで、個人のステータスを可視化・固定化するものらしい。このカードがあれば「女神のお墨付き」を得たことになり、ギルドの施設利用や報酬の受け取りがスムーズになるという。
イリスに連れられ、重厚な石造りの建物――冒険者ギルドの門を叩く。 中には、いかにも「異世界の戦士」といった風貌の男たちがたむろしていた。剣を腰に下げ、重そうな鎧を纏っているが……。
(……甘い。大胸筋の厚みが足りないせいで、鎧の重さに振り回されている。もっと僧帽筋を鍛えれば、構えが安定するものを)
俺は心の中で、彼らに「週3のデッドリフト」を推奨しながら受付へと向かった。 受付嬢は、俺の身なり――ジム帰りのスウェットから、はち切れんばかりに主張する筋肉を見て少し眉をひそめたが、イリスが「女神(自称)」の神々しいオーラ(と必死の形相)で押し切った。
「では、新規登録ですね。こちらの『魔力測定器』に手を置いてください。あなたのレベルと適正職、そして能力値を数値化します」
カウンターに置かれたのは、禍々しくも美しい、深淵のような輝きを放つ水晶玉。 (……禍々しいとか失礼ね! 精一杯の威厳を出してるのよ!)というイリスの心の声が聞こえた気がしたが、無視する。 これに触れることで、個人の魔力や身体能力を読み取り、絶対的なステータスとしてカードに刻印するのだという。
「さあミスター、あなたの『数値の外側』の力、これでやっとわかるわ! 伝説の勇者級の数値が出ちゃったらどうしましょう!」 「数値化されるのは不本意だが……背に腹はかえられんからな」
俺はゆっくりと右手を差し出し、水晶玉に触れた。 その瞬間――。
『ギ……ギギギ……ッ!!』
水晶玉が、聞いたこともないような異音……いや、断末魔のような悲鳴を上げ始めた。 内部で渦巻く魔力の光が、赤、青、黄色と激しく明滅し、目まぐるしく数字が入れ替わる。
【Lv:1】……【Lv:99】?……【Lv:ERROR】??……【STR(筋力):測定不能】
「えっ……な、何!? 水晶が暴走してるわ! 今までこんなこと一度も――」 「ミ、ミスター、もっと力を抜いてください! 筋肉から何か得体の知れない圧力が出てます!」
そう言われても困る。俺はただ、添えているだけだ。 だが、この水晶玉は俺の手のひらから伝わる「密度」に耐えきれなかった。 俺の肉体は、魔力というソフトなエネルギーではなく、圧倒的な「物理的質量」として、この世界の論理システムそのものに強引に干渉していたのだ。
「……ふんっ!」
無意識に、指先に少しだけ力がこもった。 パンプアップした前腕筋群が、わずかに収縮したその時。
パリンッ!!!!!
轟音と共に、ギルドが誇る高価な魔力測定器が、内側から弾け飛んだ。 飛び散る魔力の残滓と破片。 喧噪に包まれていたギルドが一瞬で静まり返り、受付嬢は口をあんぐりと開け、周りの冒険者たちは飲んでいた酒を噴水のように吹き出した。
「あ……あ……。わ、我がギルドの秘宝……建物の半分が買えるほどの特級魔導具が……粉々に……」 「すまない。少し……指の筋肉が敏感すぎたようだ。繊細な操作は苦手でな」
俺は静かに拳を握り、自分の指の強度を再確認した。 どうやらこの世界の「システム」は、俺の筋肉が持つ純粋な質量を処理できるほど高性能ではないらしい。
「ミスタアアアア! 弁償ですよ! 弁償! 救済措置なしの借金地獄からのスタートですよぉ!!」
泣き崩れる女神の悲鳴がギルドに響き渡る。 どうやらこの石ころ(水晶)は、俺が想像していたよりも遥かに高価だったらしい。 ……早速、労働を探さなきゃいけないのか。
「おい、その掲示板……一番高いのはどれだ」
俺は泣き崩れる女神を横目に、掲示板に貼られた「肉が手に入りそうな依頼」を物色し始めた。 数値など関係ない。必要なのは、今日を生きるための良質なタンパク質。 そして、この世界を支配する「魔法やスキル」という名の不条理を、この拳一つで物理的に矯正(フォーム修正)していく覚悟だけだ




