第23話:公爵令嬢の勘違いと、三方向からの「愛の負荷」
セシリア・フォン・バレンティは焦っていた。 豪華な執務室の窓から、始まりの街・フルドライブを遠く見つめるその横顔は、いつもは気品に満ちているはずが、今は苛立ちに歪んでいる。
バレンティ公爵家の愛娘。彼女の美貌と権力、そして潤沢な資産があれば、この国に手に入らないものなど何もないと信じてきた。ましてや、男など。
「馬鹿げているわ」
これまで、父が持ち込む婚約話は全て冷淡に断ってきた。 『だって、どの殿方も魅力的ではないもの』 彼女の求めるものは、地位や財産では手に入らない。それは、芸術品のように鍛え上げられ、神殿の彫像のように完璧な、「男の肉体美」。 贅沢を重ねた肥満体や、魔法に頼りきったひ弱な貴族たちには、微塵も興味がなかった。彼女が求めたのは、ただひたすらに、力強く、官能的な筋肉だったのだ。
だからこそ、ミスターという『救国の英雄』の噂を聞いた時、彼女は雷に打たれたような衝撃を受けた。 魔法記録に映し出された、無駄のない筋肉。それでいてしなやかな肢体。 (……あの方こそ、私の求めていた『芸術』だわ……!) 万事、上手くいくはずだった。彼女の人生は、常にそうであったから。
なのに、今回の拒絶は、セシリアのプライドを根底から揺さぶった。
「私の全てを提示したというのに、あの男は……あの勇者は、見向きもしなかった。それどころか、『貴女では俺を満足させられない』とでも言いたげな手紙までよこしたわ!」
彼女の知る限り、男たちは皆、彼女の前に跪いてきた。だが、ミスターは違った。彼にとってセシリアは「負荷が足りない、物足りない女」と評されたようなものだ。
「許さない……! あの男の周りにいた、どこにでもいるような二軍女子たちより、私が下だというの!?」
そこでハッと気づく。 二軍女子。そう、写真に写っていた三人の冒険者たちだ。彼女たちが、ミスターの筋肉を自分たちの所有物のように独占している。
「そうだわ……! 書状で済ませるからいけないのよ。私が直接会って、私の魅力を見せつければよいのだわ!」
瞳に闘志が宿る。これはもう求愛ではない。公爵令嬢のプライドをかけた「獲物争奪戦」の始まりだった。 このわがままにして周りが見えていないお嬢様こそ、【セシリア・フォン・バレンティ】である。彼女の行動が、ミスターの日常に求めてもいない「新たな刺激(負荷)」を急速に引き寄せていた。
(その頃)
「ミスター! 今日は胸の日よ! 私が考案した新技『女神の胸筋プレス』を試しましょ!」
特別室は、いつも通りの「高負荷日常」に包まれていた。 イリスは今日も、ミスターのトレーニング姿に見惚れながら、補助を買み出ていた。狙いはもちろん、至近距離での密着だ。
「おい、イリス。お前の言う『女神の胸筋プレス』とは、単に俺のバーベルの左右にぶら下がるだけではないのか」
ミスターが汗を拭いながら問うと、イリスは胸を張る。 「そうよ! 物理的な重りになって、さらに精神的なプレッシャーもかけてあげるの! これこそ心技体を鍛える究極のプレスよ!」
「おじさん、ズルい! イリスばっかり!」
すかさずリリィが、腕立て伏せをしているミスターの背中にそっと乗っかった。 「おじさんの背中、あったかい……! 私も重りになってあげる!」 約45キロの追加負荷に、ミスターの背筋がピクリと動く。
「……あたしは休憩時間にマッサージをしてあげるよ。回復は重要だからね」 シャナは冷たいタオルを手に、背後から静かに機会を伺っていた。
なにもかも完璧に見えるミスターが、自分たちと同じ「孤独」という過去を持っていたこと。そしてその過去が、今のネジの外れたようなトレーニングの原動力であること。 それを知ってしまった彼女たちは、放っておけなかった。
ミスターは、三人の美女たちからの「愛の負荷」に包まれながら、静かに息を吐いた。
(……セシリア公爵令嬢との婚約は断ったが、どうやら俺の日常は、彼女の想像以上に充実した負荷に満ちているらしい。この三人の愛情という名の負荷は、魔王軍をはるかに凌駕する。……だが、嫌いではない)
ミスターの心の中で、「心の筋肉」が、ゆっくりと、しかし確実に育ち始めていた。 そして、その強靭な「心の筋肉」が、まもなく訪れるであろう公爵令嬢との激突において、彼の鋼の肉体以上の真価を発揮することになるとは、この時のミスターはまだ知らない。




