第21話:女神リミッター(物理)の24時間耐久セッション
「……おい、イリス。もう応接室は出たぞ。いい加減に腕を離したらどうだ」 ミスターがそう促しても、右腕にまとわりつく感触は一向に緩む気配がなかった。
「嫌よ! 離したら最後、どっかの馬の骨の公爵令嬢に、あんたの戸籍を奪われちゃうもの! 今日一日、私はあんたの『外れないリミッター』として過ごさせてもらうわ!」
イリスは頬を膨らませ、ミスターの上腕二頭筋に完全にロックをかけていた。女神の柔らかな感触が、鍛え抜かれた鋼の筋肉を優しく包み込む。 「おじさん、ズルい! 私も離れない!」 「……あたしも。盗賊は一度狙った獲物は逃さないからね」
結局、右腕にイリス、左腕にリリィ、そして背後からシャナが服の裾を掴むという、**「三方向同時加重状態」**でミスターの一日は始まった。
AM 11:00 ギルドでの依頼受注
街を歩けば、昨日のスタンピードを鎮圧した英雄を一目見ようと、群衆が後を絶たない。だが、その中心にいるのは、美女三人に「絶対密着」されたまま、平然と歩く鋼の巨漢だった。
「ミスター殿……その、非常に仲睦まじいのは結構ですが、そのまま依頼を受けられるのですか?」 受付嬢が困惑する中、ミスターは無表情で書類を受け取る。 「問題ない。左右に合わせて約90キロ、背後に45キロの動荷重だ。歩くだけで体幹が鍛えられる。……イリス、少し揺れるぞ。腹斜筋に力を入れろ」
「トレーニングの一環にしないでよ! 私はあんたの女除け(スタビライザー)をやってるの!」 イリスが抗議してさらに腕を強く抱きしめると、ミスターの右腕の血管が「ビキッ」と浮き上がった。
PM 2:00 昼食(鶏胸肉の試練)
宿屋の食堂でも、イリスのホールドは解けなかった。それどころか、右腕が塞がっているミスターのために「あーん」をすると言い出したのだ。
「ほら、ミスター。タンパク質よ、食べなさい」 「……自分で食べられる。左手は空いている」 ミスターがそう言うと、そこには「お肉一切れ」と交換条件にリリィから一時的に解放された自由な左手があった。
「ダメ! 右腕を離さないのが今日のルールなんだから。はい、アーン!」 フォークで差し出された鶏胸肉を前に、ミスターは絶体絶命の窮地に立たされていた。至近距離で見つめてくる女神の瞳と、その甘い香り。 (……まずい。咀嚼筋が正常に動作せん。視神経がイリスの唇にロックされた……!) 「……モグッ」 「ふふ、いい子ね。明日の筋肉が楽しみね、ミスター」 満足げに笑うイリスの顔が、ミスターの鋼の理性をミチミチと削り取っていく。
PM 6:00 夕暮れのトレーニング
結局、一日のルーチンであるトレーニングも「密着状態」で行われた。三人をぶら下げたままの懸垂。 「……998、999……っ!」
ミスターの背中(広背筋)で、シャナが吐息を漏らす。 「……あんたの背中、本当に揺れないね。……なんだか、このまま寝ちゃいそうだよ」 「おじさん、あったかーい……」 リリィも左腕に顔を埋めてまどろんでいる。そんな中、右腕のイリスだけは、ミスターの顔をじっと見つめ続けていた。
「……ねえ、ミスター。あんたはさ、本当に筋肉さえあれば、お嫁さんなんていらないの?」
不意に投げかけられた、真剣な問い。ミスターはバーを握る力を強め、ゆっくりと身体を上げた。 「イリス。前にお前に、俺の過去の話をしたよな?」 「……ん? 元の世界のこと?」 「そうだ。ヒトに裏切られ……当時の婚約者にも、裏切られた」
「――!!??」
その瞬間、左腕の負荷と背中の負荷に、微妙な揺れが生じた。リリィとシャナにとって、それは初めて聞くミスターの「傷跡」だった。二人は寝たふりを続けながらも、その言葉を一つも漏らさぬよう全神経を集中させる。
「……俺にとって、お前たちは単なる『仲間』以上の負荷(存在)だ。代わりが務まる者など、この世界にはおらん」 ミスターの声は、低く、重く、だがどこまでも誠実だった。
「裏切られ続けた人生だったが、また信じようと思えた人間……おっと、女神もいたな。特にイリス、お前は信用に足ると思っているよ」
それは、不器用な男が振り絞った、最大限の愛の告白(筋肉翻訳済み)だった。
「……バカ。……もっと、重くしてやるんだから」 照れ隠しにイリスがグッと体重をかける。その「心の重み」は、ミスターの心拍数をこれまでのどの死闘よりも跳ね上がらせた。
(……理性を保て。俺は今、世界で最も甘く過酷な拷問を受けているだけだ……!)
結局、夜が更けて四人がそれぞれのベッドへ戻るまで、イリスのリミッターが外れることはなかった。 一人になったベッドの上で、ミスターは右腕に残った「女神の残り香と感触」を消し去るように、激しく腕立て伏せを開始する。
「……だめだ。巨木が……英雄として君臨しようとしている……!!」
フルドライブの街の夜は、ミスターの「鋼の理性」と、初めて味わう「愛着という名の過負荷」との絶え間ない闘争と共に、静かに更けていった。




