第19話:一万レップの狂宴
「グロォォォォォ!!」 地平線を埋め尽くす魔物の咆哮が、フルドライブの街の城壁を激しく震わせていた。 本来、この街に現れるはずのない中級から上級の魔物――オーク、ワーウルフ、ガーゴイルの精鋭たちが、黒い津波となって押し寄せる。それは「始まりの街」を地図から消し去るには過剰すぎるほどの戦力だった。
街の防衛隊という名の駆け出し冒険者たちが、腰を抜かし、絶望に膝をつく。その静寂を切り裂くように、ただ一人、城門の前に立つ男がいた。 「……あれは、ミスター?」 冒険者たちがその背中に注目する中、彼は静かに、そして深く酸素を吸い込んだ。
「第一セット……開始だ」
もちろん、この言葉がただのトレーニングの合図であることを、後に語り継ぐことになる生存者たちはまだ知る由もなかった。
第一メニュー:衝突抵抗スクワット
先頭を切って突進してきたのは、巨大な猪の魔物、ボア・タイラントの群れだ。一台の馬車を軽々と跳ね飛ばし、城門をも粉砕する突進力が、ミスターの胸板に激突する。
「ヌンッ!!」
衝突の瞬間、ミスターは微動だにしなかった。それどころか、突進のエネルギーをすべて大腿四頭筋で受け止め、そのまま深く腰を落として――押し返した。
「重さが……足りんぞ!!」
ミスターが脚力を爆発させた瞬間、ボアの群れは「逆噴射」したかのように後方へ吹き飛び、後続の魔物たちをドミノ倒しに圧殺した。彼にとってこれは、ただの「重負荷レッグプレス」に過ぎなかったのだ。
「腰を低くし、重心をブラさないことがコツだな。……元の世界のジムの先生から教わってよかったよ。もっとも、あの先生の方がよっぽど強かったがな」
ミスターがふと漏らしたその言葉に、背後で見ていたイリスはある一つの恐ろしい結論に達した。 (……あれ? もしかしてこの世界が呼ぶ『チート能力』って……元の世界の住民はみんな、この男みたいにデタラメな力がデフォルトなの!? 日本人って、全人類が兵器なの!?) 女神の勘違いが、さらなる伝説の火種になろうとしていた。
第二メニュー:指鉄砲・乱射編
「ギャァッ!」 上空から飛来するガーゴイルの群れが、鋭い爪を立てて急降下してくる。ミスターは空を見上げ、右手の親指と中指を無造作にセットした。
「指鉄砲――広域拡散仕様」
「だからその名前はやめてってば!」というイリスの悲鳴が重なる。 パァン!! と乾いた音が連動し、弾かれた空気の衝撃波が音速を超え、上空の魔物を次々と粉砕していく。指先一つで空中の機動部隊を撃墜する光景は、もはや対空砲火そのものだった。
「おじさん、私も負けないよ! 『ビッグバン・ストリーム』!!」 リリィが杖を突き出す。ミスターの「絶対に崩れない背中」を間近で見ている彼女は、恐怖を忘れ、魔力が枯渇する限界を超えて爆炎を乱射していた。
「……あはは、あたしの出番、本当にあるのかいこれ?」 シャナは苦笑しながらも、爆風の間を縫って生き残った魔物の急所を、正確無比な短剣捌きで仕留めていく。 すべてはこの背中があるから。中心にミスターがいるからこそ、彼女たちは最強の力を発揮できるのだ。
最終メニュー:魔王の絶望
その様子を遠方の魔王城で、魔力鏡越しに見ていた魔王は、立ち上がったままガタガタと震えていた。
「な……なんだあの男は……。我が精鋭たちが、まるで使い捨ての砂袋のように……。魔法もスキルも使わずに、ただの『指先』一つで空を割り、『脚力』一つで大地の流れを押し戻しただと……!?」
魔王が送り出した「世界の終わりを早めるための軍勢」は、ミスターにとっては「効率よく全身を追い込むためのトレーニング器具」でしかなかった。 「くそっ! 一体どんな規格外の能力を女神に授かったというのだ!?」 この時の魔王は、まだ知らない。この男が授かったのは加護などではなく、ただの「努力の結果」であり、服の下は「ちょっと爽やかなさわやか系日本人(ただし中身は鋼)」であることを。
「……よし、仕上げだ。三万セット目、いくぞ」
「ちょっとミスター、いつの間にか目標回数(セット数)が増えてるんだけど!? 街の前が更地を通り越して、クレーターだらけじゃない!!」 イリスが叫ぶが、ランナーズハイならぬ「マッスルハイ」に達したミスターの耳には届かない。
一万の魔物を屠り、血と汗に塗れながら、ミスターの筋肉は異世界の月光を浴びてさらに硬く、さらに巨大へと進化していく。
「ふむ……有酸素運動としては、及第点だ」
更地と化した戦場の中心で、ミスターは爽やかに汗を拭った。 魔王軍全滅。 フルドライブの街は守られたが、街の入り口は「ミスターのトレーニング」によって永久に地形が変えられ、後に『筋肉の聖地』と呼ばれることになるのである。
一方、ミスターは理性を保つのに必死だった。 (……危なかった。一万体の攻撃を捌くのに集中しすぎて、危うく服が破けて全裸の『巨木』を街中に晒すところだった……。俺の筋肉が、街の人々の精神的トラウマにならなくて本当によかった)
ミスターは静かにリストガードを直し、呆然とする美女三人の元へ歩み寄った。




