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第17話:女神の逆襲と、鋼のポーカーフェイス

昨夜の「大浴場の惨劇」から一夜明けた。 ギルド最上階、特別室の朝食風景は、いつも通り……とは言い難い、奇妙な空気に包まれていた。


「……っ」

「「「……」」」


リリィは鶏肉を口に運ぼうとするたびに、ミスターの逞しい前腕を意識しては顔を真っ赤にして俯き、シャナはなぜかいつもより三歩ほど距離を取って、壁際の椅子でサラダを突いている。 唯一、イリスだけが、ミスターの正面で不敵な笑みを浮かべていた。


「ねえ、ミスター。昨日のことだけど」

「昨日のこと? ……ああ、カーテンの強度はギルドに報告済みだ。次は炭素繊維入りの強化シートを特注するよう手配した」


ミスターは、昨夜の「理性の限界」など微塵も感じさせない、爽やかで鉄壁のポーカーフェイスでオートミールを咀嚼している。


「そんな話をしてるんじゃないわよ。あんた、昨日はずいぶんと……余裕しゃくしゃくだったじゃない? 女神である私の美体を見ても、眉一つ動かさないなんて。……神界の常識で言えば、不敬罪ものよ?」


イリスはそう言いながら、少しだけ胸元を開いた薄手のローブを整え、わざとらしくミスターに身を乗り出した。

「どうなの? 私だって、その辺の人間よりはずっと、その……『魅力的なターゲット』だと思うんだけど?」


昨夜、自分だけが動揺したことが癪に障ったらしい。イリスは「ミスターを動揺させて、昨日の借りを返す」という、非常に子供っぽくも切実なリベンジに燃えていた。


「イリス。ターゲットというなら、お前の僧帽筋はもう少し柔軟性が必要だ。昨夜、足を滑らせたのも、体幹のバランスを支える補助筋の連動が遅かったからだ」

「筋肉の話をしてるんじゃないわよ!!」


イリスが立ち上がり、ミスターの顔のすぐ近くまで顔を寄せた。 芳醇な女神の香りが鼻腔をくすぐり、柔らかな肌の質感が目の前に迫る。25歳の健康な男にとって、それはもはや「精神の耐久トレーニング」以外の何物でもなかった。


(……くっ、またこのパターンか。昨夜の巨木の暴走を抑えるのにどれだけのカロリーを消費したと思っている)


ミスターは内心で冷や汗を流しながらも、表情筋を一切動かさない。ここで動揺を見せれば、このパーティの「スタビライザー」としての威厳に関わる。


「……ミスター? 黙っちゃってどうしたの? もしかして、見惚れてるのかしら?」

イリスが勝ち誇ったように、さらに顔を近づけ、潤んだ瞳で覗き込んでくる。


「……ふん。イリス、お前のその『必死さ』によって、アドレナリンが放出されているのがわかるぞ。……よし、いい機会だ」


「え?」 ミスターは突然、椅子から立ち上がった。そして、逃げ場を失ったイリスの肩に、ガシッと逞しい両手を置いた。


「動くな。今、お前の交感神経がピークに達している。この状態でスクワットを行えば、成長ホルモンの分泌が最大化され、昨日の入浴以上のリカバリー効果が見込める。……さあ、担いでやる、一緒に上下運動ワークアウトだ!」


「ちょっと、なんでそうなるのよー!? 離しなさい、この筋肉だるま! 私は口説かれに来たのよ、トレーニングをさせられに来たんじゃないわよ!!」


ミスターの逞しい肩に、まるで荷物のように軽々と担ぎ上げられるイリス。


「おじさん……朝から元気だね……」

「……アイツ、やっぱり天然の怪物だよ」


リリィとシャナが呆れる中、リビングではミスターに肩車をされた状態で「女神スクワット」を強制されるイリスの悲鳴が響き渡った。だが、その光景を見ていたリリィが、ふと羨ましそうに声を上げる。


「おじさん! 次は私が肩車の上になる! 私もぴょんぴょんしたい!」

「リリィ、これは遊びではない。だが……お前の体重なら、片足スクワットの負荷として丁度いいか。よし、来い」


「やったー!」 目を輝かせるリリィに続いて、シャナまでもが、どさくさに紛れておずおずと手を挙げた。


「……子どもじゃあるまいし、あたしは別に興味ないけど。……でも、その、一回くらいなら乗せてもらおうかな。逃走用の脚力、鍛えたいし」

「構わん。まとめて負荷にしてやる」


美女二人の申し出に、ミスターの耳はさらに赤く染まっていく。 「ここは私の特等席よ! 割り込まないで!」 肩車の上で、イリスがガルルと犬のように二人を威嚇し始めた。


……ん? 特等席? 今、コイツ、特等席と言ったか?


(……だめだ、理性を保て。俺は大腿四頭筋への刺激だけに集中するんだ。他意はない、これは単なる加重トレーニングだ……!)


ミスターは理性の限界を突破しそうになる「巨木」を必死に抑え込み、滝のような冷や汗を流しながら、一人、また一人と美女を担いでは腰を落とす。


「……ところで、ミスター。あんた、さっきから微妙に顔を背けてるけど……もしかして、本当は……」 「……喋ると腹圧が逃げる。集中しろ」


ミスターは頑なに目を合わせなかった。 耳の端が真っ赤になっていることに気づいたイリスは、担がれながらも少しだけ満足そうに、そして優越感たっぷりに笑った。


凸凹な四人の朝は、今日も筋肉の軋みと、わずかな「恋の予感(?)という名の過負荷オーバーロード」と共に更けていく。

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