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第16話:湯煙の衝撃と、鋼の理性の限界点」

ギルド最上階の特別室。ここには、成功した冒険者だけに許される大理石造りの豪華なバスルームがある。中央には、大人四人が同時に入っても余裕があるほど巨大な円形浴場が、なみなみと豊かな湯を湛えていた。


「いいか、入浴は一日の疲労を完全に排出し、筋繊維を弛緩させてリカバリーを促す重要なセッションだ。全員で一斉に入るぞ」

「だから! ミスター、デリカシーって言葉を辞書で引いてきなさいよ!」


イリスが顔を赤くして叫ぶが、ミスターは至って真面目だ。

「安心しろ。この浴室には厚手の防水カーテンが設置されている。俺はこっち側で大人しく浸かっているだけだ。お前たちの領域には干渉せん」


「……ま、おじさんがそう言うなら。あったかいお湯、楽しみー!」

「あたしも、たまにはゆっくり羽を伸ばさせてもらうよ」


リリィとシャナも同意し、カーテン一枚を隔てた「効率重視」の入浴が始まった。


バシャッ、と心地よい音を立てて、ミスターは湯船に身を沈めた。

「ふむ……適度な温度が血管を拡張させ、血流が加速していく。素晴らしいリカバリーだ」


カーテンの向こう側からは、イリスたちが楽しげに髪を洗う音や、石鹸の香りが漂ってくる。ミスターは目を閉じ、今日一日の筋肉の収縮を一つ一つ反芻していた。 だが、ハプニングは唐突に訪れる。


「あ、シャンプー切らしちゃった! シャナ、そっちの貸して!」

「あ、悪い、あたしも今使い切ったとこ。イリス様のは?」

「私のも空っぽだわ……。あ、さっきミスターが新しいのを棚に置いたって言ってたわね。ちょっと取ってくるわ」


――……ん? 俺の棚?

「待て、イリス。それは俺のすぐ脇の棚――」


ミスターが警告を発するのと、イリスが不用意に手を伸ばすのは同時だった。湿気で滑りやすくなっていたタイルの上で、イリスの足がツルリと踊る。


「きゃっ!?……え、ちょっ、ちょっと!」


バサァッ!!


派手な音と共に、空間を仕切っていた厚手のカーテンが、イリスの体重に耐えきれずフックごと引きちぎれた。


「「「…………あ。」」」


そこにあったのは、一面の湯煙。そして、遮蔽物を失い、すべてをさらけ出した異世界の光景だった。


ちょうどその時、ミスターは「水圧による腹筋への負荷」を確認するために湯船から立ち上がろうとしていた。霧の中から現れたのは、彫刻の如き大胸筋、広大な広背筋……そして、それらと同様に「鍛え上げられている」としか思えない、規格外の**「素晴らしき巨木」**だった。


「………………っ!!」


イリス、リリィ、シャナの三人は、悲鳴を上げることすら忘れ、石化した。 ミスターの肉体は、この魔法とスキルの時代において、もはや一つの生物としての威厳すら放っている。当の本人は、ボディビルダーの域にすら達していない自分の肉体は「まだまだ未熟だ」と厳しく自己評価しているようだが……乙女たちからすれば、それは暴力的なまでの完成度だった。


「……悪い。カーテンの強度が、お前の重心移動を支えきれなかったようだな」


ミスターは動じることなく、あくまで冷静だった。だが、立ち上がった姿勢のまま堂々と佇むその姿は、女性陣にとって破壊的な視覚情報オーバーロードだった。


「ひゃ、ひゃわわわわ!! 見えた! おじさんの……おじさんの『ビッグバン』が、私の魔法よりも強そうだよぉ!!」

リリィは顔を真っ赤にして卒倒しかけ、杖を落とした。こんななりでも彼女は16歳。思春期の少女には、あまりにも刺激が強すぎた。


「……ちょっと、あんた! なんでそんなに堂々としてるのよ! その……なによそのサイズ! 全身筋肉なの!? どこまで鍛えたら、そこまで育つのよ!!」

イリスは両手で顔を覆いながらも、指の隙間からその圧倒的な光景を凝視して叫ぶ。どうやら女神様、こういう「実物」はこれまで見たことがないらしい。恐怖を通り越し、もはや興味津々といった様子だ。


「……デカすぎだよ、全部がさ……。あたしの盗賊の勘が、あれは『罠』じゃなくて『攻城兵器』だって告げてるんだけど……」

シャナは呆然と立ち尽くし、その「絶対に壊れない」と確信させる巨木を、職業的な冷徹さで(しかし頬を染めて)まじまじと見つめていた。


「騒ぐな。肉体はすべてが繋がっている一つのユニットだ。一部を疎かにしては、全体のバランス(スタビリティ)が崩れる」


ミスターは沈着冷静に、棚にあったボトルを差し出した。 もちろん、その動作の間も、隆起した上腕三頭筋、そして下半身の「素晴らしい質量」がこれ見よがしに躍動している。


「……もう、バカ!! 筋肉だるま!! 明日は絶対に鉄板の仕切りを作るんだからね!!」


イリスの怒鳴り声が響き、浴室は大パニックのまま幕を閉じた。


数十分後。リビングに集まった四人は、ミスター特製の「高タンパク・エナジージュース」を飲んでいた。


「……ミスター。あなた、少しは恥ずかしいっていう感情を鍛え直したら?」

イリスが、まだ耳まで真っ赤にしたままジト目を向ける。


「羞恥心で筋肉は育たん。それよりも、今のハプニングで心拍数が上がり、交感神経が刺激されたはずだ。これも一種のメンタルトレーニングだと思えば、悪くない入浴だったな」


「……この男、やっぱり救いようがないよ。あたしの純情を返しなよ」

シャナが溜息をつき、リリィが「おじさん、明日からもっともっと尊敬するね!」と、何を尊敬したのか不明なキラキラした目を向ける。


騒がしくも温かい、特別室の夜。図らずも露わになった「素晴らしき肉体」の全貌は、彼女たちに、自分たちがどれほど「圧倒的な存在」に守られているかを、嫌というほど刻み付ける結果となったのだった。


だが、乙女たちは知らない。 当の「巨木」の持ち主も、内面では理性を保つことに必死だったことを。 (あんな美人の入浴シーンを見せられて、理性を保てた俺を誰か褒めてくれ……) 泡で隠れていたとはいえ、目の毒なことこの上ない。ミスターはジト目のイリスと目が合わないように、無言でドリンクを飲み干した。


その過剰なまでの沈着さを、「自分に興味がないから平然としている」と勘違いした女神様は、なぜかむっとして顔を寄せてくる。

「ねえ、なんでミスターはそんなに平然としているの? 少しは動揺しなさいよ」

「……もう寝るぞ」


これ以上詰め寄られたら、巨木が「更なる巨大化」を遂げてしまう。 己の生理現象という名の「暴走する肉体」を抑え込むべく、ミスターは早々に寝床へ逃げ込むことにした。

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