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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目
第一章

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7/10

夜明けのテリー

 日が昇るまでおれたちはイートインコーナーに居座った。店内で寝るわけにもいかなかったので、おれたちはだらだらとイートインコーナーを満喫していた。

 カップ麺と缶ビール。それから漫画の週刊誌を買って時間を潰す。たまに店員が迷惑そうな視線を投げてきたけどおれたちは気づかないふりをした。

 日が昇るとテリーはおれをコンビニに残して本当に一人で廃墟に向かった。遠ざかるテリーの背中を見て、魔王を倒しに行く勇者を見送るのってこんな感じなのかなと思った。知らんけど。

 勇者出立から待つこと二十分。テリーは安全運転でコンビニに戻ってきた。汗をかくこともなく、涼しい顔で。

「お待たせ。さ、帰ろうや」

「テリー、大丈夫やったん?」

「大丈夫やで。でも、悪いけど帰りの運転頼めるか?」

「ええで。でも、なんかあったんか? 怪我でもしたか?」

「いや、おれ無免許やからさ」

「無免許やったんかい!」

「せやねん。おれ、基本住所不定無職やからさ」

「そうか……そら仕方ないわな。でもわざわざその言い方せんでええんちゃう。インパクト強すぎるて」

 テリーと運転席を代わり、おれは家まで車を走らせた。色々聞きたいことがあったけど、帰り道テリーが助手席で爆睡していたので聞けなかった。

 レンタカーを返却し、おれたちはとりあえず帰宅してすぐにシャワーを浴びた。そしてその後充電が切れたおもちゃのようにパタリと寝てしまった。


 気がついた時には日が沈んでいた。

 今日一日を無駄にしたような気がしたけど、生きて帰って来れたからよしとすることにした。

 おれの後に起きたテリー。二人とも買い出しに行く気にもなれなかったので、おれたちはまた昨日と同じくインスタントラーメンで夕飯を済ますことにした。

「ところでさ、テリー車取りに行ってなにもなかったん?」

 ラーメンを食べ終え、腹が満たされたおれは思い切って聞いてみた。本当はもっと早い段階で聞きたかったけど、なんとなく聞く勇気が出せなかった。

「特に驚くようなことはなかったで。最初に廃墟まで戻って、おっさん見つけて、写真撮って、車回収して終いや」

「今、なんて? おっさんおったん?」

「おったで。行ったら『お前よく戻って来れたな』って言われたわ」

「そんでどないしたん?」

「ヘッドロックかまして耳元で甘い一言囁いたった。そしたら大人しくなりよったで」

「なに言ったん? てか、ヘッドロックかましたってそんなことできんの!?」

「昨日隼人も女の幽霊蹴り飛ばしてたやろ? あれ見て気がついてん。気合さえあれば物理攻撃でいけるって」

「いや、そうやけど、ヘッドロックみたいに密着型の技よくかけたな」

「テディベアやからな」

「テディベアの得意技がヘッドロックなんて聞いたことないわ」

「クマだけに」

「どういうことやねん!」

「まあ、おっさん大人しなった時点で勝ちが確定してんよ。おっさんがあっこの頭張ってたからさ。だから後は楽勝。写真もバッチリよ」

「そや写真! 言うてたな。すっかり忘れてたわ。どんなん撮れたん?」

「これや、バッチリ写ってるやろ?」

 テリーが見せてくれたカメラのデータには確かにバッチリ幽霊が写っていた。

 写真はまさかの屋外だった。廃墟前の薄汚い白い塀の前に立つテリー。テリーの横には悲しそうにうつむに加減で立つおっさんがいた。

「これが二枚目。寄りでも撮ってもらってん」

 テリーがそう言って二枚目を表示する。二枚目はテリーとおっさんのアップカット。二人の上半身だけが写っている。テリーは満面の笑みだが、おっさんの顔は死んでいた。

 空虚な目、半開きの口、よく見るとメガネのフレームは歪み、頬には一筋の涙。

「おっさん、ノリ悪くてさー笑ってくれんかってんよな」

「待って。これなにがあったん? てか、誰が撮影してんの、この写真」

「誰って隼人も知ってる人やで」

「廃墟に知り合いなんかおらんわ」

「隼人が蹴り飛ばした女の人やで」

「あの人かい!」

「車の側に隠れて驚かせようとしてきたから捕まえて撮影係にしてん」

「お前昨日おれと一緒にあんなにビビり倒してたのに日が昇っただけで無敵すぎるやろ」

「そらテディベアやからな」

「お前それよく言うけど意味わからんからな」

「まあええやん。趣のある写真やろ」

「趣なあ……あるんかなあ」

「わからん? 趣味で人を驚かして調子乗ってたやつがお灸を据えられてしょぼくれてる感じ、良くない?」

「え、おっさんのあれ趣味やったん?」

「せやで。あいつ管理人でもなんでもなかってん。ただのおっさんの幽霊やったわ」

「まじかよ」

「だからお灸を据えたってん。聞いてたらなんか子どもとかも泣かしてたみたいやし、しっかり釘刺しといたわ」

「釘刺しといたってどうやって?」

「次調子乗ったら消すぞって」

 テリーが大きな口を開けてニコリと笑う。ただ笑っているだけなのに、どこか化け物じみたものを感じでひやりとした。

「ええ写真撮れたと思ってんけど、隼人にはまだ早かったか? まあ、もうちょい大人になればこの写真の良さがわかるようになるわ」

 そう言ってテリーは満足そうに頷く。そうなんだろうか? おれにはおっさんが被害者にしか見えないんだけどな、と思いながらも黙ってカメラの電源を切った。

 いい写真が撮れたらSNSにアップしようと思ったけど、やめておいた。なんとなくデジタルタトゥーになりそうな気がして。

 まあ、そもそもおっさんが透けてないから人間にしか見えないので、心霊写真って言っても誰も信じてくれないだろう。

 てか、この写真、写ってるのがテディベアと幽霊なのか。なんてカオスな写真なんだ。そう思うと思わず苦笑いが出た。




 二人が廃墟から戻った日の夜。真っ暗な部屋の中、ぽてぽてと軽い足音がする。足音の主は古ぼけたテディベア。

 テーブルの上から移動したテディベアは、ベッドによじ登ると眠る家主の顔を見下ろす。

「さっきも言うだけど、あの場面でよう見捨てんかったな。びっくりしたわ」

 カーテンの隙間から差し込んだ月明かりが、傷だらけの黒い瞳が鈍く反射する。月光により愛嬌のあるテディベアの顔の陰影がくっきりと際立っていく。

「お前はおれを見捨てとってな。これからも……」

 大きな雲が月を隠す。再び闇が部屋の中に広がりテディベアの顔の輪郭もぼやけていく。

 表情の読めないテディベア。鼻で笑ったような寂しげな音が暗闇に溶け込んでゆっくりと消えた。


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