やばいおっさん
おっさんはこのホテルのオーナーだった。バブル期に儲け話を聞いてホテルを建設。最初は周りの開発もあり、いい具合に売り上げが伸びていた。しかし、バブル崩壊共にその目論見は弾けて消えた。
その結果、ホテル事業は失敗。他にも事業をしているから生活は回るものの、借金をする羽目になった。土地を売ろうにも買い手が見つからず、時間と共に荒廃が進み、変な噂を立てられ、気がつけば心霊スポット扱いされ、さらに売りにくくなっているという。今では無断で肝試しや動画を撮りにくる人が増えて、かなり迷惑しているらしい。地獄過ぎる。
おっさんの話に胸が痛くなる。でも、話の途中からは罪悪感によっておっさんを見ていられなくなった。
「本当にすみませんでした」
「すみませんでした」
おれは素直に謝った。テリーも俺に続き頭を下げる。
「別におれは謝って欲しいわけじゃない。ここを心霊スポットだのなんだの取り上げられたり、騒がれたりするのが嫌なんだ。わかるか?」
おれは食い気味で「わかります」と返事をした。
「そもそも、お前らここに入る時おれに許可取ったか? 塀が閉まってたはずだし、塀にも書いてあったはずだぞ? 『私有地につき立ち入り禁止』って」
「はい、ありました。すみません、おれら二人無許可で入りました」
「すみませんでした」
「お前ら、子どもじゃないんだから、無許可での侵入は違法行為なことぐらいわかるだろ」
「本当にすみませんでしたっ!」
「すみませんでした!」
「まあ、顔を上げろ。反省してるみたいだし警察に突き出そうとか、ネットに晒し上げてやろうなんてことは思ってない」
「本当ですか!」
また食い気味で声をあげてしまった。
「本当だ。ただし、データ、消してくれるか? ここで撮影したもの全て」
「データですか?」
おれは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そうだ。ここで撮ったものをこれ以上ネットとかSNSで広められるのは困るんだ。お前らも何かで調べてここに来たんだろう?」
返す言葉がない。
「消してくれるな? さもないと……」
「わかりました、消します消します」
おれは慌ててカメラを見せるとおっさんの目の前でデータを削除した。テリーもおれの横でスマホを操作し撮影した写真を削除していた。
「もう二度と来るなよ。わかったな」
おっさんはそう言っておれたちを睨みつけると、おれに懐中電灯を押し付けて部屋を出て行った。そして、それと同時に部屋の照明が消えた。
「助かった……」
もう、めちゃくちゃ疲れた。まだ廃墟の中だし、真っ暗だし、気を抜いていい場所じゃないけど緊張の糸が切れた。テリーも同じなのか、床に力無くへたり込んでいる。
「でも、電気つけといてくれてもいいのに……」
ふと思ったことがそのまま口から出てしまった。
「おいやめとけ、聞こえるかもしれんねんから」
「そやな……なあ、おれ何個か気になることがあるんやけど」
「なんや? それここで聞かなあかんことか? 外出てからにせえへん?」
テリーに言われて一瞬考えてみる。でも、緊張の糸が切れたせいで口から言葉が勝手に出てしまう。
「普通さ、外まで見送らへん? これ以上うろちょろすんなよ、みたいな感じでさ」
「隼人、管理人にホスピタリティ求めんなよ。しかもおれら不法侵入言われてんねんで」
「でもさ、ここからお前らだけで帰れって、なんかホラー映画とかでありそうな展開ちゃう? 別れた後、『無事に帰れるといいな』ってほくそ笑む管理人みたいな」
「だから、それをここで言うなって。聞こえたらどうすんねん」
「あとさ、影」
「影? 影がなんやねん」
「なかった気がすんねん」
説教中、管理人から目を逸らした時に気がついたんだ。照明の下に立っているのに管理人の足元に影が全くなかったことを。
「足元見たら影なかってん、あのおっさん。部屋出て行く時も見ててんけど、床にも壁にも影が映らんかったんや」
「ただの見間違えやろ。あとな、そういうのはここで言うもんちゃうで。フラグ立てんのやめいや自分」
「ごめんて。でも、あとな……」
「まだあるんかい! ストップやストップ。もうあかんで、これ以上はあかん」
テリーが大きな声を出す。ふざけている様子はないから本気なんだろう。でも、喉元まで出てきた言葉は止められない。
「おっさんさ、懐中電灯持ってなかった気がすんねん」
「懐中電灯?」
「最初におっさんが出てきた時、なんも明かり持ってなかったと思うんや」
「そう言われると……そやった気がする。隼人の後ろにスッと顔が出てきた感じやった」
「おっさん、ヘッドギアみたいなライトもしてなかったし」
「ヘッドギアてどんな例えやねん。ヘッドライトな。でも、確かにしてなかったな」
「やろ? こんな真っ暗の中どうやってきたんやろ。足音もせんかったし」
そこまで言った時だ。吐き出してすっきりした反面、取り返しのつかないことをした気がした。
立てちゃいけないフラグを全て立ててしまった、そんな嫌な感じが。そして、たぶんその感覚は間違っちゃいなかった。
窓のない部屋の中、突然足元に冷たい風が流れる。
「お前らそんなにここで死にたいのか?」
おっさんの声がすぐ後ろでした。ばっと振り向くと目と鼻と先に青白く光るおっさんの顔があった。懐中電灯を向ける前から顔が暗闇の中ではっきり見える。
ああ、これは人じゃない。
肺に空気が送り込めず、叫びたくても叫べなかった。声にならない悲鳴をあげながらおれたちは走り出す。
おれの前を走るテリー。二人とも何度も何度も躓きながらもなんとか階段を転がり落ちるように降りて出口に向かう。
あと少しで出口だと思った時、顔に黒い布のようなものがへばりつく。湿っているし生臭いし気持ち悪い。
「ぐあっ!!」
よくわからないそれをなんとか払いのけていると、テリーの背中がどんどん遠ざかっていく。
「ちょっ置いてくなよ! お前人の心無いんか!?」
再び走り出しながら叫ぶ。
「テディベアのおれに人の心なんてあるわけないやろ!」
テリーは振り返ることなく吐き捨てると、そのままホテルのエントランスを脱出。
「待てや! おい!」
おれの言葉に耳を貸す気配すらないテリー。そんなテリーの数秒遅れでおれもホテルを飛び出した。
ホテルを出て塀を抜けてからもおれたちは立ち止まることなく車まで爆走。心臓が口から出るんじゃないかってぐらいしんどかったけど走り続けた。
ホテル内よりはましとはいえ、走りにくい悪路をなんとか完走。おれたちは無事に車の元まで辿り着くことができた。月明かりもあり遠くには街の明かりも見える。おれたちはやっと安心して止まることができた。




