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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目


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2/2

テリーとの出会い

 大学進学と同時に念願の一人暮らしを始めたおれ。新しい街がどんなところか気になって、引っ越してから数日色々とうろちょろしていた。

 引っ越してから最初の土曜日。近所の大きな公園でイベントが開かれていた。『手しごと市』という名のイベントで、キッチンカーや雑貨屋、カバンや植木にドライフルーツなど、色んなお店が出ている。

 キッチンカーで買ったタコスを食べながら歩いていると公園の端の一区画、フリーマーケットのコーナーがあった。十ほどのお店があり、何気なく前を通っていると、おれより少し年上くらいの女の人の売り場の前で勝手に足が止まった。

 最初はどうして自分が立ち止まったのかわからなかった。女の人に見覚えはなく、目を奪われたわけでもないのにどうも足が動かない。

 売っているものを見てみる。女性ものの服や雑貨、少女漫画や文庫本が並んでいるだけでおれの興味を惹くものなんてない。そう思った時だった。

 目があった。

 毛並みが少し疲れた古そうなテディベアと目があったんだ。テディベアは30cmほどのサイズで少し大きかった。タータンチェックのベストを着たテディベア、もちろんそれがテリーなのは言うまでもない。


 テリーは並んだ売り物とは少し離れたところにいた。レジャーシートの隅っこ。店主の女の人の私物っぽいトートバッグの横にちょこんと座っていた。

 この後は不思議なことの連続だった。まず、テディベアと目があってる気がするけど気のせいかな? なんて思っていたら女性から「これ、もらってくれませんか?」と声をかけられた。女性がこれと言ったのはおれと目があったテディベア。

 普通ならここで怪しんで断るはずなのに、どうしてだかおれは「ありがとうございます」と言って受け取っていた。

 今思うとなんで理由すら聞かずに受け取ったんだろう? 新天地で自分では気づいてないだけで少し心細さを感じていた? いや、そんことはないと思うんだけどな……。でも、おれは結局そのままテディベアを小脇に抱えて帰っていた。

 本当はもう少し手しごと市を見てまわって、それからスーパーに買い物に行くつもりだった。なのに、おれの意思に反して体はまっすぐ家に向かっていた。

 ラーメン屋の近くを通った時にいい匂いがしたのでラーメンでも食べて帰るか、なんて思った。なのに気付けば素通りしていた。

 頭がぼんやりしていて、体が勝手に動くような感覚。なんだか上から糸で操られてるみたいだなと思った。


 テディベアを持ち帰り、これもまた自分でもよくわからないけれど、気がつけば座布団の上にテディベアを座らせていた。それから普段あまり着ないグレーのスウェット上下を引っ張り出して座布団の前に置いていた。なんとなくそうしなきゃいけないと思って。

 座布団に座るテディベアを見て、おれは何をしてるんだろう? と首を傾げたくなる。でも、首は動かない。なにかがおかしい。

 ぽふん、と軽い音ともに白くて埃っぽい煙が上がる。

「おぉっ!?」

 思わず声が出た。カビとまではいかないけど埃っぽい臭いがして少し咳き込んだ。加湿器の煙のように煙が引いていく。そして、煙が消えると目の前におれのスウェットを着たイケメンが立っていた。

 そういえばおれはその時、目の前の光景にほとんど動揺していなかった。何故かそうなるのが当然のことのように、声を上げることもなくぼんやり眺めていた。

「よお、おれはテリーや。これからこの家でお世話になるで」

「おれは隼人……え? 待って、今、自分世話になるって言った? てか、あんたほんま誰なん?」

「だからテリーやて。テディベアのテリー」

「テディベア? そんなわけないやん! なんでテディベアが人になってんの?」

「そら人になるテディベアかておるやろ」

「人になるテディベアとか聞いたことないわ!」

「おかしないおかしない。聞いたことあらへん? 長生きしたものは命が宿るみたいな話」

「……付喪神のこと?」

「あ、それそれ。物知りやな自分。そんな感じや」

 テリーの話を聞いて、おれは「なるほど」と言っていた。全く何も「なるほど」なんて思ってないのに。でも、テリーと話しているとあまりそのことも気にならなくなっていき、おれはテリーを受け入れていた。

 そんなこんなで転がり込んできたテリーと暮らし始めてもう三ヶ月になる。我ながらどうかしてるなとは思うけど、テディベアとの生活をおれはそれなりに楽しんでいる。


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