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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目
第三章

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18/23

宿泊する部屋の鏡はお札だらけでした

 部屋に入ってみる。十月のまだ少し暑さが残る季節にもかかわらず、部屋の中はひんやりとしていた。一見なんの変哲もない部屋で、照明が僅かに暗く感じる程度。でも、なぜか鳥肌が立っている。

「テリー、なんか感じる?」

「わからん。嫌な感じはするけどなんやろなあ……あ、これか」

 洗面所のドアを開けたテリーが言った。なんだろうと思いテリーの後ろから洗面所の中を見る。

 ユニットバスだった。トイレとお風呂が一体型の普通のやつ。でも、洗面台の鏡がお札でびっちりと埋め尽くされている。

「剥がしちゃいけないってこれのことか」

 思わず独り言がでた。

「そうやろうな。でも、この感じやとたぶんこれだけちゃうと思うで」

 そういってテリーが部屋の奥に進む。そして「やっぱり」と言った。

 なにを言っているのか気になって部屋の奥に行くとすぐにわかった。十五畳ほどのシンプルな部屋。ベッドのそばにある大きな鏡台の鏡もお札で覆い尽くされている。

 白い和紙に黒い墨で書かれたお札。古いのも混ざっているようで、茶色く日焼けしているものが何枚か混じっている。

「隼人、これ、まじで剥がしたらあかんで。生きて帰りたかったらな」

「ああ、わかった。絶対に剥がさへん」

 胸に重たいなにかが落ちてきたような、そんな感覚に襲われた。


 テリーが先にシャワーを浴びている間、おれはベッドの上で寝転がっていた。先にさっぱりしたかったけどじゃんけんに負けてしまった。

 部屋の中はおれしかいない。なのに、お札のせいか誰かに見られているような、そんな感じがしている。

 お札を剥がさないように。受付のお姉さんが言っていた言葉を守るべく、おれは鏡にも近づかないようにした。

 漏れ出てくるシャワーの音が静かな部屋に響く。なにもなかったらいいな、なんて思いながらスマホでSNSを見る。

 音がした。

 カサカサと乾いた音だ。

 紙が擦れるような小さな音。おれは起き上がって音の出所を探す。空調はついていない。

 気のせいだ。たぶんおれの考えすぎだ。お札がたくさんあるからそれが気になって音がしたと思い込んでしまったんだろう。自分でも意味不明だけどそういうことにしておこう。

 もう一度ベッドに横になる。うん、なにも怖くない。聞こえるのはシャワーの音だけ。

「ん……?」

 ふと気がついた。受付の人は「お札を剥がさないように」と言ったけど、剥がさなければ大丈夫とは言ってない。ということは剥がさなくてもそれなりにやばいことは起きるんじゃないのか? 急に不安になり嫌な予感が頭を過ぎる。

 スマホを操作する指が止まる。頭皮にじんわりと嫌な汗が浮かぶのを感じる。


『ダイジョウブ』


 思わず飛び起きる。

 声がした。

 女の、いや女の子か? 高い声だ。

 はっきりとした口調だった。気のせいじゃない。

 視線を感じる。胸が苦しくなるぐらいじっとりとした視線。何気なくお札だらけの鏡を見る。

 鏡に心なしか違和感かあった。


「あ……」


 思わず声が出た。

 手だ。

 鏡の真ん中、たくさん貼られたお札の何枚かが青白い手で暖簾のようにぺらりとめくられている。

 爪の長い手。手の皮膚はぼろぼろであかぎれが多く、いたるところに血がにじんでいる。見ていてかなり痛々しい。

 お札がめくられたところからなにかが見えるわけでもなく、鏡の向こうになにがいるのかはわからない。ただ、青白い手はおれに向かって「おいで、おいで」とでも言いたそうに手招きしている。

 鏡から生えた手。

 手しか見えない。なのに手のあるあたりからべっとりと視線を感じる。

 濡れたタオルでも覆い被されたような嫌な寒気が全身を襲い鳥肌が立った。

「隼人、お先」

 思わず肩が跳ねる。シャワーを終えたテリーが歩いてきた。おれの異変に気づいたテリーが顔色を変える。

「どうした? なにかあったか?」

「か、鏡から手が……」

「どこや?」

「え? ほら……」

 鏡を見るとお札があるだけで手は消えていた。

「お札の隙間から手が出てきたんや」

「嘘やろ……この枚数のお札があって止められへんってやばすぎるやん」

「……ああ」

 おれたちはしばらくその場を動けなかった。


 おれはなんとか覚悟を決めてシャワーを浴びた。シャワー中浴室ではなにもおかしなことはなかった、というテリーの言葉を信じ、おれは烏の行水で全てを終わらせ服を着た。

 どうにも落ち着かないおれたちはアルコールを入れて気を紛らわせることにした。ホテルのそばのコンビニでビールと酎ハイとつまみを買い、ビールを飲みながら部屋に戻る。部屋に戻ってから飲むつもりだったけど、足がすくみそうになったので景気付けに缶を開けてしまった。

 フロントの前を通る。受付のお姉さんは少し顔を引き攣らせながら「おかえりなさいませ」と言ってくれた。

 さっき「いってらっしゃいませ」と言ってくれた時もそうだった。無理に感情を殺そうとしているような不自然な顔。おれたちが泊まる部屋はよっぽどやばいようだ。

「あの、おれたちが泊めさせてもらう部屋ってなにがあったんですか?」

 我慢できずおれは聞いてみた。

「……申し訳ございません。私もよく知らないんです。ただ……」

「ただ?」

「あの部屋に泊まった人が何人も行方不明になったと聞いてます」

「行方不明……あの、その人たちって見つかったんですか?」

「まだ誰も見つかってないそうです」

「………………」

「あの、これよかったら」

 お姉さんは厄除けと書かれた橙色の小さなお守りをそっと差し出してきた。お姉さんの顔を見ると目は合わなかった。でも、瞼が少し震えてる。演技感はない。

「この近くの神社のお守りです。昨日たまたま買ったんですけど、よかったらどうぞ」

「……ありがとうございます」

 おれとテリーは顔を見合わせてお守りを受け取った。

「これもよかったら……」

 お姉さんがテリーに差し出す。

「ああ、ありがとうございます」

 テリーが受け取ったのは緑色のお守りだった。

「お気をつけくださいませ」

 聞くんじゃなかった。てか、泊まるんじゃなかった。後悔しているとテリーが「これ効果あるか?」と呟く。見るとテリーがもらったお守りには『開運』と書いてあった。

「ないよりましちゃう?」

「まあ、せやな……」

 テリーのため息が聞こえた。


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