宿泊トラブル
「申し訳ございません。やはり何度確認してもご予約が確認できません……」
「え、まじっすか……?」
「はい……坂口隼人様のお名前でのご予約ですが、予約の履歴も確認しましたがお名前がございませんでした。また、本日は他のお客様のご予約で満室となっおりまして、今のところキャンセルの連絡もないので……」
顔中の筋肉で申し訳なさを表現した受付の女性スタッフ。見ていてこっちも申し訳なくなる。なるけど、謝られても困る。だって宿泊サイトからの予約完了のメールが来ているし、ここで泊まれないとなると今日泊まるところがなくなってしまう。
「一部屋も空いてないですか?」
「はい……」
「本当に一部屋もないんですか? もうこの際どんな部屋でもいいんですが」
「………………」
「もしかして、一つぐらい空いてる部屋、あったりしません?」
「いや……その……」
「そこ、めちゃくちゃ高いお部屋なんですか?」
「いえ、そういうわけでは……」
ホテルのロビーにはおれと受付のスタッフとテリーの三人。テリーがおれの横で顔をしかめた。心配するな。任せろ、ここはおれが押し切る。
「一部屋、空きがあるにはあるんですが……支配人に確認させていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます……少々お待ちくださいませ」
受付の人が裏に下がる。この流れはいけると思った。なのにテリーは心配そうにこっちを見てくる。心配性なやつだ。
「大丈夫やって。金は多めに下ろしてきたし」
「隼人、ちゃうて。金の問題じゃなくてなんかあかん気がすんねん」
「なんかてなにが?」
「いや、なにがって言われてもあれなんやけど……」
テリーがまごついているとスタッフの人が戻ってきた。
「確認いたしました。一部屋空きがございますのでそちらにご案内させていただきます。ご迷惑をおかけしているのでご料金も結構です。ただ……」
「いいんですか!」
「ちょっと待て隼人! やっぱこれあかん気配がする」
「テリーは黙ってろ。すいません、その部屋でいいんで泊まらせてください!」
「かしこまりました。それでは坂口様、お泊まりになる部屋で何が起こりましても当ホテルでは保証いたしかねますこと、予めご了承いただけますか?」
「もちろんです!」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
スタッフの女性の顔にはさっきまでの申し訳なさそうな表情の余韻など一切なく、完全な無表情になっていた。案内も澱みない。スイッチの切り替えが上手い人だなと思った。
それにしてもタダで泊めてもらえるなんて、なんて運がいいんだろう。
「おい、隼人! これやばい展開やろ絶対」
お姉さんに続いて部屋に案内してもらっているとテリーが小声で言ってきた。長生きのくせに本当に心配症だな。
「大丈夫やって。ここは廃墟ちゃうんやで? ちょっと訳ありでも、そんな危ない部屋じゃないやろ。ねえ、お姉さん?」
「……こちらになります」
おれの問いを無視して案内された部屋は四階の角部屋だった。L字型の廊下の端っこで、他の部屋から少し離れている。廊下の照明はちゃんとついているのに何故だかこの部屋の前だけ少し薄暗い。
「お部屋にあるお札は絶対に剥がされませんよう、お気をつけくださいませ」
「はい?」
ここでやっと気がついた。おれはたぶんまた踏んじゃいけないものを踏んでしまったということに。隣を見るとテリーが頭を抱えている。
楽しい旅行になるはずだったのに、かなりまずい展開を呼ぶフラグが立ってしまった。
遡ること二週間前。
「なあ、なにしとん?」
こたつ机でノートパソコンに映し出された文面を眺めていると、上からテリーが覗き込んできた。見慣れたとはいえやはりイケメンはいつ見ても目の保養になる。悔しいけど。
「メール書いてんの」
「メール? クレームでもいれんの?」
「待てや、なんでおれがクレーマーの前提やねん。おかしいやろ」
「三度の飯よりクレームメールやろ?」
「やばすぎるやろそれ。クレームじゃなくてクーリングオフすんねん」
「ほらクレームやん」
「違うわ! おれに非はない」
「それクレーマーみんな思ってるて」
それもそうか。おれは思わず「確かに……」と納得してしまいそうになった。
「いやいや、これはまじでクレームちゃうねん。そもそもおれ関係ない話やし」
「どういうことやそれ?」
「小寺のおばあちゃんが詐欺にあってるみたいでさ」
「あー、ゴミ捨て場の横のおばあちゃんか。詐欺ってどんな?」
「なんかさ、えらい高い給湯器付けられそうになってる」
「ど定番やな。それ国民の八割が詐欺って聞いたら思い浮かべるやつやで」
「八割はさすがに言い過ぎや」
「因みに残り二割はロマンス詐欺な」
「絶妙なとこつくやん。そんなことより小寺のおばあちゃんが大変やねん」
道端で会うといつも声をかけてくれる小寺のおばあちゃん。優しいおばあちゃんで、ご近所さんみんなに声をかけている顔が広い人だ。
引っ越してきて初めてゴミ出しに行った時、勝手がわからず戸惑っていると親切に教えてくれた。
そんなおばあちゃんが困っていたのだ。




