テリーは国宝級イケメン
「なあ、なにか面白いことない?」
「はあ? なにそのいかにも冴えない男子大学生みたいな発言。冗談は顔だけにしとけよ」
「おい待て、なんで『面白いことないか?』て聞いただけでそんな高火力で焼かれなあかんねん」
「わかってないなあ、隼人は。それな、聞いてる時点でアウトやねん」
八畳のワンルームマンション。ふとんをのけたこたつ机を囲んで、晩飯のインスタントラーメンを食べる。
一つの鍋で二袋分まとめて作った塩ラーメン。白菜とにんじん、それからソーセージと半熟卵をいれた具沢山なラーメンを男二人で食す。ラーメンをすすりながら、なにか面白いことがないかなと思い、テリーに聞いたら火傷をした。
「ええやんけ。面白いことを求めてなにが悪いんよ」
「お前な、『面白いことないか?』なんて人に聞くもんちゃうねん。面白いことは自分で起こすもんなんやから」
テリーがラーメンをすするのをやめて渾身のドヤ顔を決める。
茶髪で少し天然パーマ。塩系で割とこざっぱりした顔のテリー。男のおれでも「もし女ならイチコロだったろうな」と思うぐらいまじのイケメン。そんなイケメンのドヤ顔はやはり超がつくほどイケメンだから腹が立つ。
「おい、やめろやそのドヤ顔。どうせ誰かの言葉のパクリやろ」
「失礼な! パクリちゃうわ」
「いや、絶対パクリやろ。どっかで聞いたことあるぞそれ」
「いやいや、それはない。もし似た言葉を隼人が聞いたんやったら、その言葉の起源はおれや」
さらにドヤるテリー。
「どこから出てくんねんその自信は」
「自信も何も、これは長い月日をテディベアとして生きてきたおれやからこそ辿り着いた言葉、境地や。そういうありがたい言葉をな、隼人は日常会話で簡単に聞けるんやから、もっとありがたく思えよ」
胸を張るテリー。
テリーという名前だが、テリーは外国人ではない。身長はおれより少し高いので180あるかないか。平常時でもすれ違いざまに二度見する人が多発するぐらいの国宝級イケメン。ただ、テリーは日本人でもない。てか、人間じゃない。
ぱっと見た感じだと、テリーの見た目はおれと同じ大学生ぐらいにしか見えない。けれど、本当はもっと長生きらしい。それも百年単位の。
最初聞いた時は信じられなかったけど、テリーは人間に化けて生活している古いテディベアだ。
「いやいや、それを言うならテリーもおれの奨学金とバイトで食べさせたってんねんからおれに感謝しろよ」
「さて、今日はおもろい番組ないかなー」
「おい、話を逸らすなって」
テリーはおれを無視してテレビをつけた。見た目はどこからどう見ても人間のテリー。普通にラーメンを食べているし、うちの風呂にも入っている。でも、日中は人間の姿で過ごし、夜寝る時はテディベアになる姿を毎日見ているので、テリーが人間じゃないのは認めるしかなかった。
テリーと一緒にテレビを見ていると心霊番組が始まった。
再現ドラマをメインにしたやつで、最近話題の俳優や女優がたくさん出ている。内容はどれもどこかで聞いたことがあるようなものばかり。演技も演出もいまひとつ。普段怖がりのおれでもあまり怖くないからよっぽどのレベルだ。
CM明けのスタジオでは、司会者が心霊写真を拡大したフリップ片手に話している。大真面目な顔して『心霊スポットに行くのは明るい時間帯でも危険だ』とかどうとかを熱弁している。
「テリー的には心霊現象ってどうなん? 怖いん?」
気になって聞いてみた。テリー自身が話すテディベアであり、人間に化けるテディベアだ。存在自体がオカルト系そのもののテリーにとって心霊現象はどう見えるのだろう。
「いきなりなんや? もしかして怖なったん? 隼人は怖がりやなー」
「ちゃうわ。流石にこのレベルでビビるやつなんておらんやろ。ちょっと気になっただけ。で、どないなん?」
「ものにもよるけどおれかて怖いで」
「え、そうなん?」
「そらそやで。心霊写真とか影が動いたとかなら気持ち悪いなで済むけど、まじもんの呪いとか祟りとか理不尽な怪異は怖いわ」
「そっか、テリーも怖いんやな」
「おれをなんやと思ってんねん。考えてみ? 隼人もなに考えてるかわからん狂ったやつが側におったら怖いやろ?」
おれはノコギリを持った覆面レスラーを想像する。はぁはぁと息を荒げながらこちらを見られると恐怖でしかない。
「それは怖いな。でも、それとこれって同じなん?」
「同じ同じ。怖いってのは『わからない』ってのがみそなんやから」
「みそ?」
「大事なことっちゅう意味や」
「ああ……」
「なにされるかわからへんし、どうすれば助かるかもわからへん。そもそも相手が何者かもわからへんし、助かる可能性があるのかさえわからへん。こういう絶望感が怖さを生むんやで」
「なるほど。助かるかわからんのは怖いな」
「やろ? あとな、大丈夫かなー思ったのにあかんやつな。助かったと思って油断してたら知らん間に詰んでて、気がついた時にはもう手遅れな状況やと気づくパターンや」
「それやばいな」
「せやろ? メンタルやられるであれ。まあ、話を戻すけど、おれかてなにしてくるかわからんやつは絡みたくないねん」
テリーの話を聞いて、なんとなく『怖い』というものがどういうものかを改めて認識させられた。
「そや、言い忘れてたけどおれをオカルト枠に入れるのはやめや」
夕飯の片付けをしているとテリーが言った。
「おれはもっと気高い感じやねん」
むっとした顔のテリー。気高いってなんやねん、と思ったけど、その言葉はぐっと飲み込んで「すまん」とだけ謝った。
「ええねん、わかってくれたら。覚えとき、隼人。話すぬいぐるみは基本プリティー系やねん」
「プリティー系……」
目の前にいる顔面偏差値ハーバードのテリー。イケメンだがプリティーではない。おれの視線に気づいたテリーは「ちゃうやん、人間に化けた時と違って元々の姿の話や。テディベアのおれは可愛い系やろ? 隼人もそれでおれを引き取ったん忘れたんか?」
「え、そうやったっか?」
おれの記憶ではそんなことはなかった気がする。




