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高嶺の花と無自覚なライバル  作者: はるさんた


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9/23

恋の相談と、勘違い

午後の学園庭園。

秋の陽光がレンガ造りの柱を照らし、白いテーブルクロスの上で紅茶の水面がきらめいていた。

エリオット・フォン・アルトハイム殿下と、レイナ・フォン・シュヴァルツは、穏やかなひとときを過ごしていた。


「殿下、今日の茶葉は特別ですのよ。王都から届いたばかりのアールグレイです」

「さすがレイナ。香りだけで分かるとは、さすが紅茶の魔術師だね」


「殿下、それは褒めていらっしゃるのですか?」

「もちろん。君が選ぶものは、いつも間違いがない」


エリオットの穏やかな笑みに、レイナは小さく微笑んだ。

その視線のやり取りには、言葉より深い信頼があった。


――そのとき。


「れ、レイナ様! 殿下!」


明るい声が芝生の向こうから響いた。

振り向くと、淡い栗色の髪を二つに束ねた少女――ミラ・フォン・リーヴァ男爵令嬢が、

勢いよく駆けてくるところだった。


「おや、ミラ嬢。どうしたのです?」

「はぁ、はぁ……お邪魔して申し訳ありません! あのっ、少しだけお時間を……!」


レイナは少し眉を上げたが、にこやかに応じた。

「構いませんわ。どうぞお座りになって」


ミラはそっと腰掛け、しかしすぐに膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

「レイナ様……その……私、好きな方ができてしまったんです」


――好きな方?


レイナの手がぴたりと止まる。

その言葉が、心の奥に重く響いた。

まさか――。


レイナはちらりと、向かいの殿下を見た。

エリオットは穏やかに微笑んでいる。

……まさか、殿下?


胸の奥が、わずかにざわめいた。

笑顔を保ちながらも、紅茶の香りが遠のいていく。


「……それは、どなたかしら?」

なるべく平静を装いながら尋ねる。


「えっと……」

ミラは頬を赤らめ、視線を泳がせた。


レイナの中で、言葉にならない不安が広がっていく。

殿下は誰にでも優しい。

ミラのような明るい子が好意を持つことも、ありえる……。


「まさか……殿下のことでは、ありませんわよね?」


思わず声が少しだけ硬くなった。

エリオットが一瞬驚いたように顔を上げる。


「えっ!? ち、違います! ちがいますっ! そ、そんな滅相もございません!」

ミラは慌てて両手をぶんぶんと振り回した。


「わ、私はただ! お兄様の護衛の方を、その……!」


レイナは一拍の沈黙のあと、深く息をついた。

――よかった。


口元に微笑を戻しながら、

「ふふ、早とちりをしてしまいましたわね。驚かせてごめんなさい」

と小さく頭を下げた。


エリオットは軽く咳払いをして、カップを置く。

「レイナでも勘違いすることがあるとは。珍しい」

「殿下、そういう時は笑うのではなく、慰めてくださいまし」

「はは、それもそうだ」


軽口が戻り、空気が柔らかくなる。


ミラは頬を押さえながら、まだ動揺している。

「本当に申し訳ございません! そんな、殿下をお慕いするなんて恐れ多いです!」


「落ち着いて、ミラ嬢。誰も責めてはいませんわ」

レイナが優しく言うと、ようやくミラも息を整えた。


「……実は、恋のご相談をしたくて。

その方、真面目で寡黙なんですけれど、たまに優しい言葉をくださって……

それが嬉しくて、胸がきゅっとしてしまって」


「なるほど」

レイナは微笑みながら頷いた。


「恋というのは、不思議なものですわね。

理屈ではなく、心が勝手に動くもの。

でも、ミラ嬢のように素直に想えるのは、とても素敵なことです」


「レイナ様……ありがとうございます」


ミラの表情がほっと緩んだ。

その笑顔を見て、レイナはようやく心から安堵した。

ほんの少し前まで感じていた嫉妬が、まるで幻のように消えていく。


エリオットが静かにカップを傾けながら、口を開いた。

「いい相談役だね、レイナ。君は人の心の動きをよく見ている」


「殿下こそ。人の心を揺らす天才でいらっしゃいますわ」

「それは褒め言葉だと思っておくよ」


「ええ、褒め言葉ですわ」


三人の間に、柔らかな笑いが広がった。

ミラは勢いよく立ち上がり、

「本当にありがとうございます! 頑張ってみますね!」

と明るく笑う。


その姿を見送りながら、レイナはふと呟いた。

「殿下……わたくし、驚いたんですの。

一瞬でも、殿下が他の女性を好きになったらって思ったら……胸が痛くなりました」


エリオットは優しく彼女の手を取る。

「そんな日が来ると思う? 君以上の人なんて、この国にいないのに」


レイナは小さく笑いながらも、頬を染めた。

「……もう、そうやってすぐお上手を言う」


風がそよぎ、紅茶の香りが再び戻ってきた。

秋の午後の陽光の中で、三人の心はそれぞれに温かく揺れていた。


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