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高嶺の花と無自覚なライバル  作者: はるさんた


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13/23

殿下への恋の相談


ラングレー侯爵家の庭園での茶会から数日が経った。

秋の風が柔らかく木々を揺らし、学園の中庭には穏やかな午後の日差しが差し込んでいる。

けれど、アーロン・ラングレーの心は、どこか落ち着かないままだった。


「……また、考えてしまうな」

ミラの笑顔。

真剣に話を聞いてくれる瞳。

そして、あのとき自分の名前を呼んだ、わずかに照れた声。


どれを思い出しても、胸の奥が熱くなる。

自分はこんなにも誰かを意識する性格ではなかったはずなのに。

なぜ、あの小さな笑みひとつで、世界が鮮やかに見えるのだろうか。


そんな考えを巡らせながら中庭を歩いていると、背後から穏やかな声がした。


「アーロン?」


振り返ると、そこに立っていたのは王太子殿下――エリオット・フォン・アルトハイム。

陽光を背に受け、いつもより少しくだけた笑みを浮かべている。


「殿下……! お、お忙しいのに……」

「そんな慌てるな。君、珍しく顔が険しいぞ?」

「えっ……」

「何か悩みでも? 講義のことじゃなさそうだな」


その観察眼に、アーロンは苦笑するしかなかった。

彼の誠実な性格が、隠しごとをまったく許してくれない。


「……実は、その……少し、人のことで悩んでおりまして」

「人のこと?」

「……殿下、私……ミラ嬢のことが、気になってしまったのです」


沈黙。

一瞬、風の音だけが中庭を通り抜けた。

アーロンの頬がみるみる赤くなっていく。


だが、次の瞬間。


「やっぱり、そうか」

エリオットが穏やかに笑った。


「え……!? “やっぱり”とは……!」

「お茶会のとき、君の視線がほとんどミラ嬢に向いていた。

 あれで気づかないほうが難しい」


「そ、そんなに……分かりやすかったですか……!?」

「ふふ、レイナも途中で気づいてたぞ。“アーロン様、可愛らしいですね”って」

「なっ……!? れ、レイナ嬢まで……!」


真っ赤になって両手で顔を覆うアーロンを見て、エリオットは肩を揺らして笑った。


「からかって悪かった。だがな、いいことだと思う」

「……いいこと、ですか?」

「ああ。君のように穏やかで誠実な男が、心から人を想うのは、悪くない」


エリオットは少しだけ空を見上げ、淡く笑った。

「ミラ嬢は明るい。まっすぐで、どんな相手にも壁を作らない。

 君が惹かれるのも分かるさ」


「……殿下にそう言われると、少し心が軽くなります」

「ただ、ひとつ忠告をしよう」

「忠告……ですか?」

「君は考えすぎる癖がある。

 恋は理屈じゃない。思ったときに動かないと、風はすぐに通り過ぎてしまう」


「……それは……」


「今度の週末、誘え。

 “お茶会の礼がしたい”でも、“もう一度ゆっくり話したい”でも構わない。

 行動しなければ、想いは伝わらない」


アーロンはしばらく黙っていたが、やがて深く息を吸って頷いた。

「……分かりました。勇気を出してみます」

「よし。それでいい」


ふっと笑うエリオットの顔は、どこか誇らしげで――それを見て、アーロンの胸はさらに熱くなった。


「殿下、貴方は……レイナ嬢に、最初からまっすぐに想いを伝えられたのですか?」

「いや、最初は彼女に完全に見透かされてたよ」

「……見透かされて?」

「“殿下は口だけではありませんか?”って言われて、焦ったな」


その瞬間、後ろから聞こえた声が、まさに当の本人のものだった。


「まぁ、それは事実でしたでしょう?」


振り返ると、レイナが優雅に立っていた。

淡い藤色のドレスに、落ち着いた表情。

けれどその瞳は、エリオットを見るたび柔らかくなる。


「レイナ」

「殿下とアーロン様が、真剣に話しているのが見えましたので……」

「ちょうど恋の相談をされていたところだ」

「まぁ、ミラ嬢の?」


アーロンは反射的に姿勢を正した。

「し、失礼いたしますっ……!」

レイナは口元に手を当て、くすりと笑った。

「恥ずかしがらなくてよろしいのに。とても素敵なことですわ」


エリオットが小声で「ほら、応援してもらえ」と囁く。

アーロンは困惑しながらも、小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます。励まされます」


レイナは微笑みながら紅茶を受け取り、エリオットの隣に並んだ。

その距離は、誰が見ても親密で――自然に見つめ合う二人の間に、甘い空気が漂う。


「ねえ、殿下。誰かが恋をしている姿って、素敵ですね」

「そうだな。……ただ、俺はもう恋をしているけど」

「まぁ……」

「レイナ、君だよ」


その一言に、レイナの頬が一気に染まる。

「……殿下、学園の中でそういうことを仰るのは……」

「構わないさ。恋は隠すものじゃない」

「……もう、貴方という方は」


レイナは呆れたようにため息をつきながらも、視線を逸らせなかった。

アーロンはそんな二人を見て、心の奥に小さな決意を抱く。


――自分も、あのように素直に想いを伝えられるようになりたい。


エリオットが彼に目を向け、軽く笑う。

「君にも、そういう日がすぐ来るさ。楽しみにしている」

「……はい。殿下のように、堂々と想いを伝えられるよう努力します」


その返答に、レイナも優しく頷いた。

「応援していますわ。ミラ嬢、とてもお似合いですもの」


そして三人の間に、柔らかな午後の陽射しが差し込んだ。

アーロンの胸には、確かに恋の勇気が芽生えていた。


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