陽だまりの午後に咲く恋
秋の風が柔らかく頬をなでる午後、
ラングレー侯爵家の庭園には色とりどりの花が咲き誇り、噴水の水音が涼やかに響いていた。
ミラ・フォン・リーヴァは少し緊張した面持ちで馬車を降りた。
手には小さな籠。今日は侯爵家次男・アーロンの招きで、屋敷の庭園でお茶をいただく約束をしていた。
だが、そこにはすでにレイナとエリオットの姿もあった。
「来てくれたんだね」
アーロンが微笑みながら出迎えた。淡い金髪が陽光に透けて輝く。
「お招きいただき、ありがとうございます、アーロン様」
ミラは礼をし、少しだけ頬を赤らめる。
「僕一人だと退屈だろうと思って、レイナ嬢と殿下にも声をかけておいたんだ」
「まぁ……そうだったんですね」
ミラはほっとしたように息をつき、レイナに笑みを向けた。
「久しぶりね、ミラ。今日はいい日になりそう」
「はい。……お天気も、気持ちいいですし」
レイナが軽やかにスカートを揺らすと、エリオットがさりげなく椅子を引いて彼女を座らせた。
「ありがとうございます、殿下」
「当然のことだよ、レイナ」
その優しい声に、レイナの心臓がかすかに跳ねた。
紅茶の香りが立ちのぼり、テーブルの上には焼きたてのスコーンとレモンケーキ。
アーロンは紅茶を注ぎながら、そっとミラに視線を向けた。
「リーヴァ嬢の好みに合うといいんだけど」
「……覚えていてくださったんですか?」
「もちろん。君が学園で紅茶を飲むとき、いつもレモンをひと切れ入れてたから」
その言葉に、ミラの頬が一気に赤く染まる。
レイナが「ふふ」と口元を隠し、エリオットと目を合わせた。
「彼、案外観察力があるのね」
「……俺も、もう少し見習うべきかも」
「ふふ、何を?」
「レイナの好みを、もっと知っておきたい」
その甘い言葉に、レイナはカップを持つ手を止め、恥ずかしそうに俯いた。
――アーロンはそんな二人の様子に気づきながらも、
ミラに向き直り、ゆっくりと呼吸を整えた。
「その…ずっと“リーヴァ嬢”って呼んできたけど」
「はい?」
「もし、君が嫌でなければ、“ミラ嬢”って呼んでもいいだろうか」
紅茶の香りがふっと甘く感じた。
「……え?」
「名前で呼ぶほうが、もっと……君を近くに感じられそうだから」
小さく震える声。それでも真剣な瞳。
ミラは視線をそらせず、頬を熱くしながら小さく頷いた。
「……アーロン様が、そう仰るなら……はい」
「ありがとう。……ミラ嬢」
その瞬間、アーロンが少し柔らかく微笑み、ミラの前髪を風からかばうように手を伸ばした。
彼の指先がかすかに触れると、ミラは息をのむ。
その甘いやり取りを見ていたレイナが、エリオットにそっと囁いた。
「ねえ、なんだか二人、すごくいい雰囲気ね」
「……ああ。見ているだけで、少し照れる」
「殿下まで?」
「君の頬が少し赤いのを見ると、つられてしまうんだ」
レイナが驚いてエリオットを見上げると、彼は穏やかに笑っていた。
「……今日は人の恋路を見に来たはずだったのに、俺まで心を掴まれた気がする」
「……もう、そんなこと言って……」
レイナが視線を逸らすと、エリオットはそっと彼女の手に触れた。
指先が重なり、温もりが伝わる。
「離さないよ、レイナ」
「……誰も、離すなんて言ってません」
その一言が、静かな午後の風に溶けていった。
アーロンが紅茶を注ぎ直しながら、穏やかに笑う。
「殿下、レイナ嬢。今日は来てくれてありがとう。君たちのおかげで……少し勇気を出せた気がする」
「ふふ、いいことね」
レイナがそう言うと、ミラも柔らかく笑った。
花々が揺れ、午後の光が四人の間を包み込む。
それぞれの心に、確かに芽生え始めた“恋”の花が、静かに色づいていく――。




