出会いのきっかけは、紅茶の香り
午後の日差しが差し込む学園の談話室。窓際の席で、レイナ・フォン・シュヴァルツとエリオット・フォン・アルトハイム殿下は並んで紅茶を飲んでいた。
香ばしいアールグレイの香りに包まれながら、レイナは昨日の出来事を思い出していた。
「ねえ、殿下。……ミラ嬢のことなんですけれど」
「ミラ・フォン・リーヴァのことかい?」
カップを置いたエリオットが穏やかに問い返す。
レイナは小さく頷いた。
「ええ。昨日、彼女から“好きな方がいる”と相談を受けましたの。でも、まさか……そのお相手が殿下なのかと思って、最初はとても驚きました」
「ふふ、彼女が僕を好きだと? それは勘違いだね」
殿下は微笑み、軽く肩を竦める。
「ミラの好きな相手は、確か――アーロンだったはずだよ」
「アーロン……? まさか、殿下はご存じなのですか?」
「もちろん。アーロン・フォン・ラングレー。侯爵家の次男だ。
昔から少し変わった男でね。頭は切れるし、魔術の理論研究にかけては誰も敵わない。今は王立学院の特別講師として学園に出入りしているんだ」
「まあ……!」
レイナの碧い瞳がぱっと見開かれた。
ミラが恋した相手が、そんな由緒ある人物だったとは。
すると、エリオットが紅茶を一口飲み、何気ない口調で言った。
「せっかくだし、今度三人で会ってみようか。僕が紹介してあげるよ」
「えっ……そんな急に!? まだ心の準備が……」
慌てるレイナを見て、殿下はおかしそうに笑った。
「心配しなくても、君が恋をするわけじゃない。ミラを応援してあげたいんだろう?」
「……それは、そうですけれど」
紅茶の湯気の向こうで微笑む殿下の顔を見て、レイナは胸の奥がほんのり熱くなるのを感じた。
誰かの恋を応援しているはずなのに、なぜか自分の心まで浮き立つ。
そんな不思議な午後だった。
――数日後。
学園の中庭。噴水のそばに設けられた小さなテーブルに、レイナとエリオット、そして呼び出されたミラが座っていた。
いつもより落ち着かない様子のミラが、そわそわと手元のカップを見つめている。
「そ、そろそろ……その、アーロン様は……?」
「すぐに来るよ。彼は時間には正確な人だから」
殿下がそう答えた瞬間、背後から柔らかな声が響いた。
「殿下、久しぶりですね」
振り向けば、長い銀灰の髪を後ろで束ねた青年が立っていた。
淡い青の瞳が光を受けて静かに輝く。
それが、アーロン・フォン・ラングレーだった。
「アーロン様……!」
ミラは思わず立ち上がり、顔を真っ赤にして一礼する。
そんな彼女にアーロンは柔らかく笑いかけた。
「リーヴァ嬢ですね。いつも殿下のお話に出てきますよ」
「え、えっ!? お話に!?」
ミラが慌ててカップを取り上げようとして――紅茶をこぼした。
「ああっ……! す、すみません!」
だがアーロンは落ち着いた動作でハンカチを差し出した。
「気にしなくていいですよ。服は濡れていませんか?」
その穏やかな声に、ミラはただ頷くことしかできなかった。
頬はりんごのように赤い。
テーブル越しにそれを見つめていたレイナは、胸の奥が少しくすぐったくなるような感覚に包まれた。
(……ああ、ミラ嬢が惹かれるのもわかる気がしますわ)
そんな彼女の横顔を、エリオットは静かに見守っていた。
会話は終始和やかに進み、やがてアーロンが席を立つ。
「また学園でお会いしましょう。ミラ嬢」
「は、はいっ! ぜひ……!」
彼の背中を見送りながら、ミラは手を胸に当てて深呼吸した。
殿下とレイナは、そんな彼女を優しく見つめ合い、思わず微笑む。
帰り道。
レイナはまだ少し頬を紅潮させたまま、隣を歩く殿下に話しかけた。
「ミラ嬢、本当に嬉しそうでしたね。人の恋を見ているだけで、なんだかこちらまで温かい気持ちになります」
「そうだね」
殿下は歩きながら、そっと彼女の手を取った。
「でも、僕は君を見ていると、もっと温かい気持ちになるよ」
「……っ、殿下は、そういうことを平然と言われますから……ずるいです」
レイナが顔をそむけると、殿下は小さく笑った。
夕焼けに染まる中庭。
紅茶の香りのように、ほんのりと甘く、穏やかな風が二人を包んでいた。




