第6話 ヴィーナス・シティ
翌日の金曜日、陽翔はテラフォーミングされた金星に旅客用の宇宙船でワープを使って向かっていた。テラフォーミングとは、本来人類が住めない惑星を改造して、地球人でも生息できるようにすることをさす。
金星の重力は0.9G。かつては太陽に地球よりも近いため、とてもじゃないが生き物なんて生存できない地獄のような灼熱の惑星だったが、現在は地球によく似た環境となっていた。宇宙服を着なくても、普通に呼吸ができるのだ。そうなるよう大気の成分が調整されている。
現在の金星は地球同様その見かけも、青い惑星となっていた。元々金星は大きさがあまり地球と変わらないので、外見まで青くなってしまうと、まるで双子のようにそっくりである。この金星のテラフォーミングは、火星同様自己増殖システム(SRS=Self Replicating System)が行った。
SRSは、子を産み増えるロボットだ。遺伝子に相当するプログラムと、肉体に相当する代謝システムが内蔵されている。
このSRSが月面の土を採掘して精製し電磁カタパルトで資材を運び、金星から太陽に向かって25万キロの位置に直径15370キロメートルのサン・シェードを建設した。
金星は地球より太陽に近く、過剰な太陽の入射エネルギーを浴びるので、それを拡散させるため巨大なサン・シェードが造られて、太陽光の過剰な照射を防いだのだ。SRSは1年で倍に増え、18年で月面の2%を覆ったのである。
資源精製と加工に7年、投射に必要なエネルギーを蓄えるのに10年、サン・シェードが完成するまで35年が経過した。巨大な日傘のようなサン・シェードのおかげで灼熱の惑星だった金星は冷えてゆく。
今のような青く美しい惑星になって地球のように人類が住めるまで、さらに長い歳月が流れたのである。
この金星での日風舞の人格は、驚くことに中国人を名乗っていた。名前は金若汐である。
しかもこの太陽系の第2惑星で、歌手をやっているのだった。これはびっくりする話だ。
なぜなら瀬麗音は歌が苦手だと自称していてカラオケに誘っても行こうとした時がないからだ。
そもそもあまり音楽を聴かないようで、ジャンルを問わずミュージックの話をしても乗ってきた試しがない。
それに彼女は中国に興味がなかった。
陽翔は彼の国の映画を観たり音楽を聴いたり小説を読むのも好きで、中華料理もよく食べたが、瀬麗音はそのいずれにも無関係だった。
ラーメンや餃子さえ食べず、和食や洋食や韓国料理を口にするケースが多いのだ。語学も日本語しかできない。
ここに来るに先立ってホロ動画でジン・ルォシーの歌を聴いたが、歌手を名乗っているだけあって当然上手いし、少なくとも陽翔が耳にする限りでは、彼女の使う北京語は本物の中国人が使うのと判別がつかなかった。
髪を金色に染めていたが、その唇から生まれる歌も、まるで黄金のようである。
そのルォシーは金星のヴィーナス・シティで毎週金曜ライブハウスで歌っていたのだ。
ちなみに金星の自転周期は地球時間で243日もある。今もその自転周期は変わっていない。
ではどうやって地球と同じ24時間ごとの昼夜を作り出しているのか?
それは金星から25万キロ離れた空間に固定されて設置されたサン・シェードと関係があった。
これは巨大な反射鏡ソレッタと、それを裏から支える支持ミラーから構築されている。
ソレッタは地球よりも太陽に近いがゆえに金星に降り注ぐ強烈な太陽エネルギーを遮って、この惑星を冷やしたのだ。
その後永くかかったテラフォーミングの最後の仕上げとして、金星から3万8千キロ離れた極まわり軌道にソレッタを浮かべたのである。
これは金星に24時間周期の昼夜を作るための工程だった。
243日かかる金星の自転と無関係にソレッタを使って太陽光を反射させ、明暗境界線が南北に移動する24時間周期の「1日」を人工的に作りだしているのである。
ルォシーのいるヴィーナス・シティは地球の日本時間と一致する時間帯にあった。
やがて陽翔の乗るスターシップが金星の軌道上にワープアウトした。
今や地球のように青い惑星となった金星と、24時間周期の「1日」を作りだす巨大なミラーが目に映る。
陽翔は金星行きの旅客船から他の乗客達と一緒にマイクロワープで、ヴィーナス・シティの転送ステーションに降り立った。
そして、目的のライブハウスに向かったのだ。
毎週金曜のライブはいつも満席で、日風翼にチケットを手配してもらわなければ入手は不可能だったろう。
ルォシーの歌を聴いた後で、彼女と会う約束になっていた。
成功した芸能人なので、プライドが高いのではないかという不安もある。
瀬麗音との結婚を承諾してくれるのか、いささか心もとなかった。




